第38話 恐れでないで ~Before 10 Days OR One Person's Life~

「最終的に、非能力者の半分が離脱か。都市運営に必要な人数は確保できそうだな」

「月の食料生産能力を考えると、まだ多い位です」


 報告をしてきた補給廠の担当官は肩をすくめながら返事をした。

 神経質そうな細目を眼鏡で隠しているわりには、ボディーランゲージが多い奴だ。


「月開発が始まった当初と違い、地球の生存圏も拡大してます。望郷の念を抱いて、出身国に戻りたい者には渡りに船だったのでしょう」

「それにしても操縦者オペレーターの離脱者がゼロとは、同調圧力が強いのではないか」

「地球に戻る理由がある者は最初から月に来ません。地球が嫌になって月に来たやつばかりです」


 眼鏡を指で上げながら補給廠の担当官は答える。

 会議室にいる一同を見渡すと、何人かが同意の反応を返した。


「それより、生産設備は予定通り運ばれてきたのですか」

「問題ありません。今日、入港した離脱者を乗せる船が運んできました。事前のリストとも一致しています」


 港湾を担当する女性管理官の報告に、補給廠の担当官は胸を撫でおろした。

 月では鉱物資源の採掘は可能だが、加工するための生産設備は不足している。

 これからは生産設備を自作するための研究開発も必要になる。


「それと今日、入港した船に移住希望者が二十名、乗船していました。代表者が月詠司令に対面でご挨拶したいと仰せです。外でお待ち頂いてますが、ここに呼んでもよろしいでしょうか?」

「ん、移住者の話は聞いていないぞ」

「持参した移住許可証は紙及びデータ共に正規のもので理事会とアミークス議長の署名入りです。地球にも確認の連絡をしましたが、間違いないそうです。後程、書類を回しますので決済をお願いします」


 若手の有望株である女性管理官は、すでに裏取りを済ませたと報告する。


「受け入れに問題は」

「二十名程度でしたら、問題ありません。すでに住居の準備も完了しています」


 補給廠の担当官が答える。

 先に情報を共有していたようだ。


「わかった。通してくれ」


 二人が視線を合わせる。

 その姿に違和感を覚え、問いただそうとしたが、会議室の扉が開く音が聞こえたので、開きかけた口を閉じた。


 視線を扉に向けると一人の女性が入室したところだった。

 女性を見て、オキナは閉口した口が開きそうになった。

 女性はゆっくりと歩みを進め、月詠オキナの目の前に立った。


「なぜ、ここにいる」

「なぜ、ですか」


 問われた女性、セレーナは片手を頬にあてて首を傾げた。

 会議室内の視線が二人に集まる。

 空調の音だけが室内に響く。


 心臓の鼓動が大きく鳴ったのを覚えている。

 永遠の様な一瞬が過ぎた後、彼女は朗らかな笑みを浮かべて言った。


「物わかりの悪い未来の夫を平手打ちにしに来た、と言うのはいかがですか」


 直後に衝撃が左頬を突き抜けた。

 次いで胸倉を掴まれ、引き上げられる。


「逃げるな」


 セレーネが眼前で叫ぶ。

 

「幸福になることから、逃げるな。必死に生きてきた人間が幸福になれない世界のために、私達は命をかけて戦ってきたわけではない。そうでしょう」

「な、なにを」

「必死で生きてきたあなたには、幸福を得る資格がある。少なくても私達は、そう願っている。どうか、あなたを信じて、慕ってきた人達から逃げないでください」

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