第40話 だから、せめて微笑んで ~Before 10 Days OR One Person's Life~

 カグヤは通路を懸命に走っていた。

 監視システムを停止させた以上、計画的な行動だ。

 何か狙いがあって、あの場所に向かっている。


 嫌な予感がする。

 通路を曲がると閉鎖区域の扉が見えた。


 開放されている。


 もうオキナが中に入っている。

 駆け足のまま閉鎖区域に入り、オキナの名を呼ぶ。


「オキナ、どこ」


 治療カプセルが多いせい視界が悪い。

 走りながらオキナの名を呼び続ける。


 中央部まで来た時、オキナを見つけた。

 巨石に背を預け、片膝を立てた状態で床に座っている。


 カグヤはオキナの側まで来ると、立ち止まり、呼吸を整えた。


「カグヤか。どうした」

「どうしたじゃないでしょう。いきなり居なくなったら心配するでしょう」

「ああ、すまない。皆と話がしたくなってな」

「・・・何を話していたの」


 カグヤはオキナの隣に腰かけながら尋ねた。


 「そうじゃな」


 孫娘カグヤの質問に直ぐに答えず、老人オキナは周囲を静かに見渡した。


 「地球にいた頃の話、月に来てからの話、この十年間の話。話したいことは沢山ある。だが、死者はもう何も語ってくれないようだ」

 「・・・そう」


 孫娘カグヤ老人オキナの言葉に相づちを打った。

 和やかな時間が過ぎる。

 ホシクズの輝きが二人を優しく包む。


 このまま時間が止まれば良いのにと孫娘カグヤは思った。

 停止した時間の中で、二人で静かに慎ましく暮らしていく。

 孫娘カグヤが本当に望んでいたことは、それだけだった。


「カグヤ」


 老人オキナ孫娘カグヤの名を呼んだ。


「なあに」


 孫娘は甘えるような声で返事をした。

 老人オキナは孫娘の髪を撫でながら話す。


「地球に行ったら自分を高く売りつけなさい。そして、得た利益を他者に施しなさい。そうすれば、お前を守ってくれる味方ができるだろう。けっして一人で生きようとするな」


 話終えると老人オキナ孫娘カグヤを撫でる手を止め、目蓋を閉じる。

 そうして静かに寝息を立てて眠り始めた。


 ミラ・サンフィールドが駆け付けた時には、仲良く肩を寄せて眠る老人オキナ孫娘カグヤの姿があった。


 老人オキナが目覚めることはなかった。

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