第32話 時間の価値 ~Before 10 Days~

 食堂に入るとカグヤが月詠つくよみオキナの食事の世話をしていた。

 月詠つくよみオキナは目蓋まぶたが半分下がっており、今にも眠ってしまいそうな雰囲気だ。

 その隣でカグヤが「はい、次はこれだよ」とカトラリーを月詠つくよみオキナの口に運んでいる。


 あの日、カグヤの地球行を認めた日を境に、月詠つくよみオキナは急速に老衰していった。

 睡眠時間がだんだんと長くなっており、一日の大半を眠りに費やしている。

 会談した時のような切れ者の雰囲気はもうない。


 今まで苦労を思えば、当然だろう。

 恐らく、ルナシティにカグヤを送った後、静かに息を引き取るつもりだったのではないだろうか。

 彼にとって私は、邪魔者以外の何物でもなかった。


「あ、ミラさん」


 自分の存在に気が付いたカグヤが声を掛けてくる。

 カグヤに返事しながら、二人の向かいの席に座る。


 老衰する月詠つくよみオキナをカグヤは懸命に介護している。

 四六時中、月詠つくよみオキナに付きっ切りの状態だ。

 ほとんど眠っている月詠つくよみオキナだが、目覚めているときは、覚束ない足取りで、基地を徘徊する。


 何をしているか尋ねても、返答は要領を得ない。

 活動服を着ずに外に出ようとしたこともあってからは、カグヤは月詠つくよみオキナに発信機を取り付けた。

 監視プログラムで居場所を常時、把握しているそうだ。


 カグヤは月詠つくよみオキナの介護について、事前に準備していた節がある。

 そうでなければ、監視プログラムを事前に用意はしていないだろう。

 

 地球行を決める前から、オキナを看取る覚悟をしていたのだろう。


 立派だよ、本当に。


 カグヤの地球行の意志は、あの日以降、確かめていない。

 現在の月詠つくよみオキナが地球までの航海に耐えられないのは明白だ。


「オキナを、家族を残していけません」と答えるに決まっている。

 そして月詠つくよみオキナの寿命が長くないのも明らかだ。


 楽観的に見ても一年は持たない。

 今、ここで息を引き取ってもおかしくない。


 それまで何も言わず待とう。

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