第31話 セレモニー ~Before 10 Days~

 十年前の第四次小惑星群フォースインパクト迎撃作戦時、私が所属していた部隊は衛星軌道上の造船工廠ぞうせんこうしょうの防衛を任されていた。


 結果は、散々たるもの。

 作戦の序盤に部隊の対処能力を遥かに上回る敵が殺到した。

 撃退した時には部隊員の半分は死亡していた。


 そこに迎撃網をいくぐった小惑星が飛来して、造船工廠こうしょうに激突。工廠こうしょうの司令室にいた私も外に吹き飛ばされた。


 壁の亀裂から空気が漏れ出し、映画のワンシーンみたいに宇宙に放り出された。

 一緒に放り出された同僚が、瓦礫に潰される姿を見て、血の気が引いたのを覚えている。


 死をまじかで感じた瞬間だった。


 そこからは、無我夢中で活動服に熱量エネルギーを供給して、防御膜バリアを作った。

 全方位にエネルギーを放射して滞留させる防御膜バリアは、熱量エネルギーの消費量も大きい。

 だけど、人間の情緒に反応するホシクズ結晶が、死への恐怖を熱量エネルギーに変換してくれた。

 自分が生み出せる最大限の熱量エネルギーを供給したと思う。

 

 でも現実は、ちっぽけな人間の願いなんて容易に消し飛ばしていく。

 

 造船工廠ぞうせんこうしょうの一部だったもののと共に濁流にのまれ、竜巻の中に放り込まれたように視界が回った。

 その間に、防御膜バリアは何度も突き破られ、私の手足をグチャグチャにした。

 

 援軍に来た部隊に救助されたの、運が良かったとしか言いようがない。

 

 私は最寄りの星間通信センターに運び込まれて、手当を受けることができた。

 

 センター内も酷い状況で、負傷者と遺体袋が区別なく、通路に並ぶ光景は、今でも鮮明に思い出せる。一命を取り留めた私も同じように通路に放置された。

 車椅子に寝かされていたが、造船工廠ぞうせんこうしょうの司令室唯一の生き残りということで報告の為、センターの指揮所に出頭した。


 そこで、通信先から怒号を浴びせられている人物を見た。

 彼は私を救助して、星間通信センターに運んでくれた部隊の操縦者オペレーターだった。


 自分と同じく位の年頃だったので、当時で十八歳くらいだろう。

 右手で赤毛の短髪をかきながら、何度も謝罪の言葉を口にしていた。

 口調もたどたどしく、上役と話すのも慣れていない様子だ。


 私と同じように、いなくなった上官の代わりに報告しているようだった。

 通信相手の怒号は、聞き耳を立てる必要はない声量で、指揮所に響いていた。

 

 通信先は月。

 造船工廠ぞうせんこうしょうが破壊されたことで、地球は月へ航行可能な大型宇宙船を建造できる工廠こうしょうを失った。出撃していた大型艦船は敵との戦闘で全て撃沈されてた。

 

 月にあった大型船も破壊されていおり、月から地球に戻ることも不可能のようだ。地球からの支援を欲していた月の人間が、やり場のない怒りを報告者にぶつけている光景を見て、憂鬱ゆううつな気分になった。

 

 怒声は突然、鳴り響いた警報にかき消された。

 警報は星間通信センターが地球へ落下を始めたことを告げていた。

 

 約一時間後に大気圏で燃え尽きる、という知らせにセンター内は直ぐパニックになった。

 

 脱出しようとする人達に押し倒されて、私は車椅子ごと転倒した。

 床に体を投げ出すと、疲労感が全身を覆った。

 

 急に何もかもがどうでもよくなった。

 体を踏まれることにも、抵抗がなかった。

 

 家族の様に過ごした部隊の仲間はもういない。

 仲間の最後を報告しても、怒声を浴びせられる。

 

 これ以上、つらい思いはしたくない。

 それに混乱の中、今の自分が無事に脱出できるとは思わない。 


 「いっそ、このまま」

 

 そう思った時、私は月と通信していた彼に担ぎ上げられた。

 彼は混乱する私を肩に担いだまま、通路を駆けた。

 悲鳴のような絶叫を上げながら走る彼の声は、今でも夢に出てくる。


 そのまま格納庫のあった汎用人型戦闘機の操縦席に押し込められた。

 名前も知らない彼は、操縦しながら懺悔するように言葉をつづっていた。

 

 それを聞いて、私は、彼が月出身の操縦者オペレーターであることを知った。

 自分を励ますように、月にいる家族や知り合いに向けて送る言葉を口に出す。

 

 名の知らぬ彼の痛ましい姿を見て、私はどうして自分を助けたのか、と聞くことができなかった。

 終始、無言のまま体を小さくすることしかできなかった。


 彼は私を別の基地に送り届けた後、再び出撃した。


 そして帰還することはなかった。

 自分を助けた理由を尋ねることも、感謝の言葉を伝える機会も、永遠に失われた。


 その後、私は失った肉体の機能を機械で補う決断をする。

 

 細胞培養による代替臓器より、サイボーグ化した方が酸素の消費が少なく、宇宙空間に適していると聞いた。

 もし、月に行って彼の無念を晴らす機会があるなら、より宇宙に適応した体の方が良いと思った。


 私にとって今回の月探査任務は、慰霊の旅ということになる。

 過去の失敗と向き合うために、必要な祭事セレモニーだった。


 月の彼と人生が一瞬、交差してから、十年も過ぎた。

 随分と長い時間がかかった。


 人生の節目を迎えたような晴れ晴れしくも、心痛な気分が胸に圧し掛かる。


 そして、月の人間との付き合いは、これらもっと長く続いていく。

 これからの人生の時間を、あの少女の行く末を見届けるのに使うのも一興だろう。


 生体端末に通信が入る。

 接続許可を出すと、脳内イメージに兎の家政婦が表示される。


「ピーター、どうしましたか?」

「ミラ、昼食」

「わかりました。直ぐに食堂にいきます」


 通信を切ると、通い慣れた通路を食堂へ向かって歩き始めた。

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