Before 60 Days

第24話 試験日 ~Before 60 Days~

「起きなさい、月詠つくよみカグヤ候補生」

「はい!」


 呼びかけに驚いて立ち上がる。

 同時に、天井に頭をぶつけた。


「痛たた」


 ぶつけた頭頂部に手を当てる。

 たんこぶができませんように。


「ちょっと、大丈夫」

「すいません。大丈夫です」


 声を掛けてくれた女性を見る。

 操縦者オペレーターの制服に身を包んだ品がある女性職員だ。隙がなく制服を着こなしているのが一見してすぐわかる。


「ほら、髪が乱れている」


 ポケットから取り出した櫛で髪をとかしてくれる。

 よく見ると自分も制服を着用している。


「試験の日に居眠りとは、昨日は眠れなかったのかしら」

「えっと」


 言われた言葉の意味が分からず、女性を見つめ返す。

 言葉遣いは優しいが、表情は硬く、自分の仕事を完璧に行おうする意志を感じる。

 どこかで、見覚えがあるような。


 そうだ、礼儀作法の講師だ。

 一度だけ、ルナシティに映像通信を繋いで、敬礼の仕方や制服の着こなし方を指導してもらった。

 その時の講師だ。


「もう、ルナシティに着いています。船から降りるから鞄を持って、付いてきてください」


 鞄を押し付けられ、少しよろめくが、女性の背中を追いかける。

 そこで自分が人員輸送船の客席区画にいることに気が付いた。

 頭をぶつけたのは、窓際の席で天井が低くなっている席だったからのようだ。


 船からタラップに出ると、窓から宇宙港の景色が飛び込んできた。


 大型の宇宙船が何隻も係留され、作業用の小型艇が忙しそうに飛び交っている。

 大量の照明がドーム全体を照らしており、かなり眩しい。

 採掘基地とは比べ物にならない喧騒けんそうが広がっている。


「こっちよ」


 女性職員に呼びかけられて、速足でタラップを行く。

 絶対、田舎者って思われてそう。


 女性職員の側に行くと、彼女は床から伸びた円柱型の端末を操作していた。


「はい。ここに手を当てて熱量エネルギーを供給して」


 言われるがまま、装置に手を当て熱量エネルギーを供給する。


 すると端末の液晶画面に「登録完了」と表示された。


「これでルナシティの居住システムに接続できるわ」


 脳内イメージに接続要請の文字が表示される。

 接続許可を出すと、ルナシティ管理公社から試験会場までの地図や滞在の手引きと言った冊子が送られてきた。


「接続できた?」

「はい」

「ではここからは一人で会場に向かって下さい。試験中に眠ったら駄目ですよ」


 女性職員はウィンクしながらにこやかに笑った。

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