第7話 異常の原因 ~Before 64 Days~

 管制棟から外に出た私は、足早で駆け出した。

 二、三歩助走をつけた後、足裏に力を込めて月を蹴る。

 

 体が浮き上がると、活動服背部への熱量エネルギー供給を増やす。

 背部から噴射される熱量エネルギー量を調整する。

 目的地に体を向けた瞬間、私は思わず両目を見開いた。


「なんだこれ」


 見慣れた、正直言うと飽き飽きしている月面の風景に、見慣れない人工物が一つ。

 上半分が切り取られた箱の中に座席があり、下側の四隅付近に付けられた円形の部位が月面に接して、箱そのものは浮いている状態だ。


 ライブラリーの画像でしか見たことがないが、走行車ではないだろうか。

 ちょうど、配水網を管理する小屋の前に停止している。


「外部からの訪問者は規則で事前連絡がある」とオキナから教えられている。

 今まで、訪問者が来たことはない。

 来るのはルナシティから資材を運んでくる無人船だけだ。


 こんなことは初めてだ。

 カグヤが戸惑いながら、走行車の正面に着地する。


 走行車の周囲を観察すると、走行車からケーブルが伸びていることに気が付いた。 

 ケーブルの先にはタイヤと同じサイズの履帯式の作業機ドローンがあり、アームを使って小屋の入り口に空いた穴にケーブルを送り込んでいる。

 別のアームでは、先端のドリルを使って、穴を拡大している最中だ。


 使用者の姿が見えないので、遠隔操作されているのは間違いない。

 状況から察するに異常の原因はこいつらだ。


 カグヤは進入路の拡張工事を続ける作業機ドローンに近づく。

 右手で作業機に触れると熱量エネルギーを送り込む。

 

 熱量エネルギー波を通じて生体端末と作業機ドローンとの通信を確立。

 制御装置を掌握して、ドリルの停止を命ずる。

 ケーブルから、走行車の制御装置に侵入する。

 

 やはり、どこかと通信が繋がっている。

 だが走行車には通話用の発信装置の類は装備されていない。

 命令を一方的に受信して作業する単純な機能しかない。


 小屋に開けられた穴を覗くと、ケーブルが内部の蓄電機に繋がれているのが見えた。

 水が月の重力で落下する際、タービンを回して発電した電力を貯めて、水を汲み上げるポンプを動かしている。


 ポンプに電気が行き渡らず、配水が止まったのだろう。

 異常の原因は間違いなく、こいつらだ。

 何とかして、この作業機ドローン操縦者オペレーターを見つけて、盗電をやめさせなければならない。


 カグヤが思案していると走行車が新たな命令を受信した。

 小屋の中に入っていたケーブルがシュルシュルと巻き取られていく。

 ケーブルの端がすぽっと小屋から抜け、作業機ドローンが走行車に向かって動き始める。


 突然、動き出した作業機ドローンに驚いて、カグヤは手を引っ込めた。

 作業機ドローンが走行車の後部座席に乗りこむと、走行車は数メートル、後方に下がった。


 カグヤが一連の動作をあっけにとられていると、走行車は再び、後方に下がり、停車した。

 どうやら、主の所に案内しようとしているようだ。


 居住区の管理システムを確認すると、配水管の監視センサーから信号が復活していた。水の流れも正常で、異常警報も解除されている。


「わけがわからないよ」


 相手の意図が読めず、困惑した。

 オキナに報告するべき状況かもしれない。

 通信でオキナを呼ぶが、繋がらない。


「本当に、年寄は」


 悪態をついていると、走行車がカグヤの側に近づいてきた。

 早く来い、と催促しているのだろう。


「取り敢えず、行こう」


 開き直りに近い決意をカグヤは口にして、通信の呼び出しを止めた。

 走行車の側面に近づき、前部の座席部へ足を踏み出す。

 カグヤが座席に腰を掛けると同時に走行車は走り始めた。

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