第8話 難破船 ~Before 64 Days~

 丘陵を登っていく走行車の操作盤に手をかざす。

 少量の熱量エネルギーを供給しながら、月詠カグヤは緊張で身を縮めていた。


 プラトン採掘基地を出発して十分が過ぎた。

 酸素は二時間分も積んできたので、心配はいらない。

 いざとなれば自力で戻ればいいのに、妙に落ち着かないのは、無断で採掘基地を離れからだろうか。


「もしかして、家出ということになるかな」


 指導役に無断で外出宿泊することを家出という、と教材で読んだ気がする。

 明確に覚えていないので、自分には関係ないと読み流したと思う。


 一人での外部調査は何度も行っている。

 ピーターに伝言を残しているので、大丈夫だ。

 オキナから叱られることはない。


 自分で結論を出すと、走行車がガクンと揺れた。

 丘陵を登りきって、景色が変わる。


 代り映えしない月面に、地割れの様な直線ができていた。

 平原の彼方にあるクレーターの縁から、丘陵の麓まで地割れは続いている。

 そして丘陵側にある地割れの先端に、管制塔より大きな人工物が横たわっていた。

 人工物は宇宙船のようにみえるが、カグヤは即座に判断できなかった。


 自分が知っているどの宇宙船にも似ていない。

 推進部の形状が化石燃料由来の旧型のノズルでも、熱量エネルギーを使ったホシクズ機関の噴射型でもない。


 船体が破損しているように見える。

 不時着したのだろうか。


 通常なら索敵網が機影を捉えて、基地の警報が鳴っているはずだ。

 昨日の小惑星のように索敵網の隙間を抜けてきたのだろうか。

 走行車は宇宙船に向かって走っている。


「遭難しているのか」


 すぐに熱量エネルギー波を宇宙船に向けて送る。

 わざわざ走行車だけを基地に送り込んできたのだから、動けない状態のはずだ。


 相手が波長を合わせれば、生体端末で通信ができる。

 だが、相手から熱量エネルギー波を送り返してくる気配はない。

 熱量エネルギーに余裕がないのか。


 もしかして、生命の危機に陥っているのではないか。


 走行車が進行方向を少し右に傾ける。

 宇宙船の後部、隔壁が開いたような穴がある場所に向かっている。

 おそらく船外活動用の作業機が出入りするハッチだろう。


 あそこから中に入れる。


 座席から立ち上がる勢いを利用しながら、足裏から熱量エネルギーを放射した。

 宙に浮かびながら宇宙船に向かって飛翔する。

 ハッチに飛び込むと、足裏以外の全方位から熱量エネルギーを放射して急制動をかけた。


 ゆっくり降下しながら床に足をつける。

 ヘルメットのライトを作動させて周囲を見渡す。


 作業機械のアタッチメント工具が、コンテナから飛び出て散乱しているのが目に入った。

 ほかにも船体の保守に使用するための長方形や棒状の資材が散らばっている。

 ここは格納庫兼資材の保管庫といった区画のようだ。


 宇宙船の前部方向を照らすと、崩れた資材の向こう側に、隔壁が降りていた。

 解放すれば先に進めるが、生存者が宇宙服を着用していない可能性もあるので、うかつに操作できない。


 遭難救助訓練でオキナに教わったことを思い出す。

 遭難現場では、救助する側も危険にさらされている可能性がある。

 周囲の状況をよく見て、危険がないことを確認する必要があると、何度も注意された。


「まずは船内の状況把握をしないと」


 ゆっくりと、崩れた資材の間を通り抜けて隔壁の前まで移動する。

 隔壁のコントロールパネルに手を当て、熱量エネルギーを供給しながら、生体端末を宇宙船の制御システムに接続する。


 試作方舟号しさく ほこぶね ごうという深い意味がありそうで、なさそうな船名と一緒に、制御システムが脳内イメージに現れる。

 環境維持システムから入手した船内図を表示させる。


 船内図には隔壁が降りている箇所や通電していないエリアが表示されていた。

 船内の機能はかろうじて健在のようだ。


 カグヤが侵入した格納庫前の通路は空気がない。

 そして通路の中ほどに、乗員の位置を示す赤丸が点滅している。


「生存者がいる」


 通路にあるカメラの映像が送るよう、環境維持システムに命令する。

 映像は真っ暗。

 不時着の衝撃で壊れている。


 生存者の状況は不明だが、動けない以上、怪我している可能性は高い。

 安易に隔壁を開けて命を危険にさらすことは避けたい。


 手がかりはないかと思案しながら隔壁を探ると、端の方にドリル跡があった。

よく見ると貫通している。穴の大きさや隔壁に残った傷が、小屋の穴と似ていた。


 走行車に積んでいた作業機で、隔壁を破壊しようとしたのだろう。

 しかし、ドリルを動かす電気が足りなくなって、小屋で充電していた。

 小型の作業機までホシクズ仕様にするのはもったいない、と船の運航責任者は考えたのだろうか。


 大体の事情は推測できた。

 隔壁を破壊しようとしていたなら、少しだけ隔壁を開けて様子を見る位は大丈夫だろう。

 思い切って、隔壁の開閉を命じると、環境維持システムから警告が返ってきた。


「優先割り当て中?」


 脳内イメージに現れた警告表示によると、非常事態につき環境維持システムの中でも重要な装置にエネルギーを優先的に供給しているらしい。

 優先順位を変えるには管理者権限が必要だ。


 私を管理者として登録できるか試してみるが、セキュリティに阻まれる。

 隔壁を力技で破ることもできるが、通路にいる生存者を巻き込む可能性が高い。


 どうにかして隔壁だけに熱量エネルギーを供給できないか、熱量エネルギー供給口を探すが、見当たらない。

 もう一度、隔壁の稼働を命じてみるが動く気配はない。


 ならば、やるしかない。


 活動服への熱量エネルギー供給を増やす。

 増加させた熱量エネルギーを右手に集約させる。


 実行する前に、熱量エネルギー波を飛ばす。

 通路の中ほどの床付近から跳ね返ってくる熱量エネルギー波が他と比べて早い。

 何かに遮られているような感覚がある。


 左手で隔壁を大きく叩く。

 返事はないが、気が付いてくきれることを願うしかない。


「聞こえてないだろうけど、床に伏せて、頭を下げてね」


 右手を前に出して溜め込んだ熱量エネルギーを照射する。

 四角い扉を描くように腕を動かし、隔壁の一部分を切り取っていく。

 光線が隔壁を貫通してしまわないように、供給量を調整する。


 腕が一周して四角形が完成したところで、照射を停止した。


 隔壁から距離を取ると、ピーターのようにぴょんぴょん飛び跳ねる。

 着地のタイミングで屈み、前方へバネの様に飛び跳ねる。

 空中で両膝を抱えるポーズを作ってから、隔壁に描いた四角形の中心に足裏を叩き込む。


「よいしょ!」


 掛け声と共に隔壁の一部が通路の奥へと飛んでいく。

 純粋な質量攻撃のわりには、切断面は綺麗だ。

 熱量エネルギーの消費を抑えながら活動する訓練が思わぬところで役に立った。


 私は自分の技量に満足しながら、体操選手みたいに両手を上げながら着地する。


「さて、生存者さんは」


 隔壁の穴から中をそっとのぞき込む。

 通路に真ん中に倒れている円柱が多数。

 そして円柱に、押しつぶされている人影が一つ。


 下半身が円柱に挟まれて右腕も瓦礫に挟まれている。

 私が片手を振ると、下敷きになっている活動服も左手を上げて、自分のヘルメットの後頭部を叩いた。


 無事だ、よかった。


 私は切り取った隔壁を通り抜けて、下敷きになっている活動服の側まで近づいて屈む。

ヘルメットの後頭部から通信ケーブルを引っ張り出す。

 

床で下敷きになっている活動服も、自分のヘルメットの後頭部を手で叩いている。

 私は手で叩かれた所にあった穴にケーブルを差し込んだ。


「ちがーう!」


 聴覚に共通語の甲高い叫びが刺さる。

 同時に生存者が頭を上げて、カグヤのヘルメットに衝突した。

 のけぞりながら頭がクラっとしそうになるのを必死に耐えてカグヤは問いかけた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、違う。へルメットを叩いたのは通信じゃなくて、かすったから。破片が!」


 語尾を強調しながら生存者が叫ぶ。

 ヘルメットの頭頂部を何度も叩きながら生存者が必死に主張する。

 よく見ると、ヘルメットの叩いている辺りに融解の跡と細かい傷がついている、


「えーと、すいません」


 想像の三倍は元気な生存者に安堵と戸惑いを覚えながらカグヤは返事をした。

 生存者は、カグヤの返事に満足したのか、叫ぶのを辞めて、はあはあと息を切らし始めた。


 通信画面に映った大人の女性は、凛としたまつ毛の下にある蒼の瞳で、私をにらんだ。

 鋭い眼力に、突然、鏡を見せられたような感覚を覚えておもわず視線をそらす。

 いや、怯えている場合じゃない。酸素の残量には限りがある。


 なんとか勇気を振り絞り、顔色を窺うように、おそるおそる視線を合わせたところで、違和感を覚えた。


 叫んだとして息切れが激しすぎる。

 唇も薄紫色だ。


そこで遭難救助訓練でオキナに教わったことを思い出した。

 生存者を発見したら、最初に怪我をしていないか確認する。必要なら手当をしなければならない。

 そして通信画面に映っている生存者は、どう見ても健康な顔色ではない。


「酸欠してるじゃないですか!」


 慌てて、生存者の活動服をまさぐって、酸素供給口を探し出す。

自分の酸素タンクにホースを繋いで、酸素を生存者のヘルメットに注入し始める。


「酸素が尽きそうで、諦めかけていたら、急に隔壁の破片がかすめて、目の前が真っ黒に」

「本当に、ごめんなさい。深呼吸して。お願いだから深呼吸してください!」


 涙声で心境を吐露する彼女の背中をさすりながら、カグヤは必死に深呼吸を促した。

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