第9話 生存者 ~Before 64 Days~

「ありがとう。もう大丈夫よ」


 酸素の注入を始めてから数分。

 あの世に片足を突っ込んでいた彼女の言葉に従って、酸素注入を弱める。


 顔色はまだよくないが、呼吸は落ち着いている。

 次いで、彼女の指示で走行車から作業機を運んでくる。

 作業機から延ばしたケーブルを、彼女の活動服に接続する。


「よし、離れて」


 指示に従って、通路の脇に移動する。

 彼女は自力で倒れていた円柱型の物資保管カプセルと瓦礫を持ち上げた。


「肝心な時に電池が切れるなんて。船への熱量エネルギー供給を優先して電動式の義肢にするんじゃなかったわ」


 立ち上がりながらぼやくのが聞こえる。

 どうやら活動服の中は生身の肉体ではない部分があるらしい。


 そういえば、熱量エネルギーによって稼働させる義肢があると教材で紹介されていた。

 自分の熱量エネルギーで稼働させるので操縦者オペレーターにとっては扱いやす半面、熱量の総量が減るので好まない操縦者オペレーターもいる。

 目の前にいる彼女は、任務の性質に合わせて義肢を使い分けているようだ。


「さっきは怒鳴って、ごめんなさい。私はミラ・サンフィールド。あなたはプラトン基地の操縦者オペレーターかしら?」

「はい。月詠つくよみカグヤ候補生です」


 私は右手の握り拳を心臓に当て、「希望を胸に」を意味する評議会式の敬礼をしてみせた。

 生存者、ミラ・サンフィールドも評議会式の敬礼を返してくる。


「他にも人間はいるの?」

「私の指導役がいます」

「…救助方法について苦情を申し入れてもよいかしら」

「やめてください。叱られます」

 

 私が裏返った声を上げて慌てると、彼女は顔の輪郭を崩して微笑を浮かべた。

 からかわれているのだろうか。

 初対面の人と接するのは難しい。


 こういう時、どういう対応するのが正解なのか。

 礼節の教材に載っていた応対事例を頭に思い浮かべるが、使えそうなものが見つからない。

 救助マニュアルの方を参考した方がよいかと思い始めたところで、気が付いた。

 

 周囲の安全確認ができてない。

 この船の状況を次第では、爆発の危険性もある。

 それに彼女以外にも乗員いるかも調べないといけない。


「えっと、ミラ・サンフィールドさん」

「ミラでいいわよ」

「では、ミラさん。他に乗員はいますか」

「いえ。この船の乗員は私だけです」

「安全の確保のため、船を出てミラさんをプラトン採掘基地にお連れします」

「船を離れる前に船体の確認をさせてもらえないかしら」

「酸素の残りが二人合わせて約一時間です」


 ミラさんの要望に首を横に振りながら答えた。

 

 作業しながらだと、酸素の消費量も増える。

 往路に走行車を使って十数分かかったことを考えると、作業に使える時間は長くても三十分程度だ。

 

 基地で準備してから戻ってきた方がよい。

 私の考えをミラさんに伝えると、彼女は渋々と言った風にうなずいた。


「十分だけ時間を頂戴。それで最低限度の処置を済ませます」


 そう言うと彼女は格納庫の方へと歩き始めた。


「確か、ここからでも操作できたはず」


 後ろからついていくと私を気にすることなく、ミラさんは隔壁のコントロールパネルに手を当てる。

 脳内イメージに「休眠モードに移行します」と表示が出る。


「さあ手伝って。大きな破損個所に保護シートを張るよ」


 ミラさんが振り向くと私に向かって言い放った。

 それから二人でシートのロールを担ぎながらハッチから船外に出た。

 

 動力部に近い外壁にシートを張り付ける。

 宇宙線や紫外線による劣化を防ぐためのシートだ。

 

 縁に粘着材が塗られているので、保護帯を剥がせばすぐに使用できる。

 野外の施設を補強する時に、採掘基地でも使用しているタイプだ。


 使い方の説明はなかった。

 もし説明をされても、今の私では緊張で頭に入ってこないだろう。

 オキナ以外の人間と初めての共同作業だ。


 ホースの長さの都合上、距離を取ることができない。

 常に相手の顔が見える距離で作業するせいか、少しで表情に動きがあると、自分の手際が悪いのかと思ってしまう。

 オキナに見張られている時とは、違う緊張感に戸惑う。


 さっさと作業を進めなければ、酸素の残量が危うくなるとわかっているが、隣にいるミラさんの顔をチラチラ見てしまう。


 ブロンドの髪に、シャープな顎が顔の造形を引き立ている。

 特徴的な深い蒼の瞳に視線が吸い込まれ、見惚れてしまう。

 街を歩いていたら男が振り向く美人、というのはミラさんのような人の事をさすのだろうか。


「どうしました」

「ひゃい。なんでもありません」


 突然、話しかけられて変な声を出してしまった。

 慌てて否定するが、ミラさんの風変わりな物を見る視線が突き刺さる。


「その、奇麗な顔だなって、つい、見ちゃって」

「ありがとう。あなたも可愛いわよ」

「そんな、私は童顔ですから」


 作業をしながらカグヤは返事をする。

 オキナとピーター以外と雑談をしたことがない。

 自分の話し方に自信が持てない。


 私、変な子って思われてない。


「これで、動力部は大丈夫。残りの区画はブロック式だから、次の機械に区画毎に調べて保護します」


 隣にいるミラさんの声が耳に入る。

 ぼんやりしていた頭を覚醒させて、目の前にいる来訪者と向き合う。


「走行車で基地まで案内してくださる」

「はい。ご案内します」


 教材の例題集通りの返答をして、走行車の側まで歩いていく。

 このまま基地まで案内して責任者であるオキナに引き継げばいい。

 後のことは、オキナが判断するだろう。

 

 走行車の前方部にそれぞれ順番に乗り込む。

 ミラさんが操作盤に手をかざすと、「む」という声が響いてきた。


「どうしましたか」

熱量エネルギーの残りが、出発する前とほとんど変わっていないのはなぜかしら」


 ミラさんが首を捻りながら頭に疑問符を浮かべている。


「供給しておきました」


 私はすかさず答えを返した。

 すると、ミラさんは視線をこちらに向けた。

 基地に戻るのには十分な量だと思うが、二人乗っていると足りないのだろうか。


「カグヤさん、あなた走行車の供給をした後に、隔壁を焼き切る熱光線を使ったということ」

「はい。そうです」

「高出力適性の持ちなのね」


 保有熱量エネルギーの総量が多い操縦者オペレーターを高出力適性持ちと言う。

 大型装置の稼働に重宝される一方、繊細な操作が必要となる遠隔操作系には適していない。

 少ない熱量エネルギーで走行車や作業機を操作していたから、ミラさんは遠隔系の操縦者オペレーターなのだろう。


 もしや、候補生向けの電子雑誌のバックナンバーに載っていた「能力系統別の派閥」の話だろうか。

 操縦者オペレーターは、自身の能力と同じ系統の操縦者オペレーターで連帯意識を強めやすい傾向にある。

 連帯意識が高まりすぎて、排他思想に陥り他者に対して攻撃的な言動を行うケースがある、と書いてあった。


 ミラさんも能力の違いを気にするタイプだろうか。

 ここで警戒心を持たれたら、基地まで気まずい。


「あ、あの」


 とりあえず声を出してみたが、何も考えていない。

 そうだ、共通語の教材になら丁度いい問答集があるかもしれない。

 頭を捻って、思い出せ、私。


 「私、熱量エネルギーの多さには自信があります」


 両手で作った握り拳を胸の前にかざして前のめりになる。

 ライブラリーの映像作品で見たガッツポーズだ。

 それを見たミラさんは首を傾げながら、目を瞬いている。

 

 絶対、間違ったこといった私。

 一体どうしたらいいのかわからず固まってしまう。

 

 助けて、オキナあああ。


「あなた、本当にかわいい子ね」


 私が心の中でオキナに助けを求めているとミラさんが、笑い声を上げた。

 嬌笑を浮かべるミラさんを見て、なぜか私も表情を綻ばせた。

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