Before 64 Days OR Before 18,250 Days

第10話 過ぎ去りし日々は美しく ~Before 64 Days OR Before 18,250 Days~

「おい、起きろよ、オキナ」


 目を開けると友の顔があった。

 木漏れ日の下、自分の顔のぞき込む青年。

 青い瞳を輝かせ、自慢げに指を、高い鼻に当てる姿があどけない。


 ああ、またこの夢か。


 まだ地球の養成所にいた頃。

 もう半世紀も昔になる。

 極東の島国がホシクズを発見して、活用方法を模索していた時代。


 自分は新エネルギー開発機構に設けられた訓練所の候補生だった。


「お前、今日は動力炉への供給当番だろう」

「残量は把握している。すぐなくなる量ではない」


 あくびを噛み殺しながら立ち上がる。

 活動服を格納庫に収納した後、運動場の隅で眠っていたようだ。

 動力炉がある実験棟に向かって歩く。

 青年も歩き出し、隣に並ぶ。


「上の連中は不安なんだよ」

「政治家の不安を解消させるためだけに、供給量を増やすのは無益だ。それより自身の鍛錬に熱量エネルギーを使いたい」

「で、訓練に疲れて眠っていたと」

「流星群の第二波セカンドインパクトまで後一年だ。もうすぐ俺達も宇宙に上がる」


 小惑星群の第一波ファーストインパクト、たった数個の小惑星が落着したことで地球環境は激変した。

 

 世界中で異常気象が多発し、先ず主要な穀倉地帯が壊滅した。

 食糧危機により、各地の紛争が激化する中、インドシナ半島で発生した新型感染症が、パンデミックとなり、世界経済を停滞させた。

 国際機関が対立する国々を取り持って、紛争と感染症の抑え込みに奔走している。


 ニュースで難民と紛争について、報じられない日はない。


 自分も機構に拾われるまで、飢えに苦しんだ。

 養成所に入る前は悲惨だった。


 最も古い記憶は、誰かに手を引かれる記憶だ。

 人混みの中で、幼い自分の手を引く女性。

 それが母親だったのか、わからない。

 

 繋いでいた手は人の流れで、押しつぶされ、気が付いた時は一人になっていた。


 一人で何日過ごしたか、わからない。

 空腹に耐えきれず、雨水をすすって、しのいでいた。


 遂に動けなくなって、廃墟の軒下に座り込んでいると、通りかかったトラックが停車した。

 運転手によって荷台に放り込まれ、そのまま施設に連れていかれた。

 文字通り、俺は機構に拾われた。


 トラックの荷台には、自分と同じような浮浪者達が何人もいたのを覚えている。

 全員、無気力に虚空を見つめていた。


 施設に到着するとすぐに、ホシクズの移植手術を受けさせられた。

 手術の後に、湯で薄めた粥が、一杯だけ、与えられた。

 他の者に奪われないように、急いで食べた。


 施設には、ホシクズの移植手術を受けさせられた老若男女が集められていた。

 高い塀で囲まれた施設で、学校と言うところだろうかと思った。

 今思えば、刑務所だったのだろう。

 

 外部に続く扉は施錠され、自動搬送車が物資を運ぶ時だけ、開けられた。

 そこは地獄だった。

 

 ホシクズの力で突然、体が輝き消滅する者。

 目覚めた力で暴力を振る者。

 そして、食料の配分を巡って、生き残った者同士が集団をつくり、つぶし合う。

 

 扉を壊そうとする者もいたが、頑丈で破壊できなかった。

 破壊を阻止した者に、食料が多く配給されてからは、誰も壊そうとしなくなった。


 二週間が過ぎた頃には、二百人はいた避難民が数十名まで減っていた。

 職員は生き残った避難民を順番にどこかに連れて行った。

 自分が生き残ったのは、単に一番弱かったからだろう。


 あまり動くことができず、寝そべっていることが多かったから、死体と思われていたかもしれない。


 配給の争奪が終わった後、床に散らばった配給米を集めて粥をつくった。

 中庭で見つけた食用向きの草を入れて、少しでも腹が膨らます。

 食用に向いているかわからな木の葉は、虫が齧った跡のあるものを食べた。


 小説に載っていた昔の兵隊の真似だ。


 しばらくして、施設の職員がいる外の区画に出された。

 そこからは検査と勉強の日々だ。

 

 ホシクズの研究を手伝い、空いた時間で読書をする。

 配食の時に「飯が食いたければ今日読んだ本の内容を教えろ」と毎日、食堂の職員に詰められ必死に本を読み込んだ。


 我ながらよく生きていたと思う。


 だが、自分だけが不幸に遭遇したとは思っていない。

 ホシクズの適性を認められた自分の待遇は、職員達より優遇されていた。

 

 食事も、寝床も、教育も。

 自分はホシクズという、地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴んだ。

 

 そして、もっと辛い未来が近づいていることは、理解していた。

 けれども、この時は研鑽の合間に、仲間達と他愛もない話ができる。

 小さな幸福を喜べた。

 

 思い返せば、贅沢な時間だ。


「ホシクズは有限のエネルギーだ。言われるままに浪費していては、自己研鑽にならない」

「確かに俺達は奴隷じゃない。たまたまホシクズの適性があって避難民から選ばれた。ほかに稼げる仕事があればやっている」

「貧乏人はつらいな」

「手ぶらで養成所に出頭したお前ほどじゃないさ」

「必要なものはここに詰め込んできた。どうせ、死んでも解放されない身だ」


 額を人差し指で叩きながら友を茶化す。


操縦者オペレーターの死体は生体パーツの材料だからな。揺り籠から墓場を通り過ぎて復活後まで、手厚い福利厚生だ」

「最後の審判を下す。汝、復活後も人類に奉仕すべし」

「永遠の命を授かった後のことを考える必要はないとは、恐れ入るよ」

「死してなお、我らは楽園に誘われず。雇用条件の再交渉はできますか」


 返事をする代わりに掲示板に貼られたポスターを指さす。

 機構への無償奉仕を賛美するスローガンと共に、操縦者オペレーターの自己犠牲に感動した民衆が操縦者オペレーターを激励し、操縦者オペレーター熱量エネルギーが増加する、という似非科学的なサイクルの図が描かれていた。

 性善説で救える世界ではないだろうに。


「報酬は名誉のみ」

「名誉で腹は膨れん」

「死人にパンは必要なし」


 ゲラゲラ笑い合いながら実験棟に入る。

 セキュリティカードをかざして、扉を開けながら実験棟の通路を進む。


「いっそ、俺達でつくるか」


 突然、友が言った。

 時折、取り留めもなく発言するやつだ。

 これでは返事のしようがない。


「アミークス、何をつくるんだ」


 友の名を呼びながら、問い直す。


「楽園だよ。俺達にとっての楽園。機構から与えられる報酬だけでなく、俺達が本当に満足できる場所」


 したり顔で、白い歯を見せながらこちらを見ている。

 以前からこいつはバカと思っていたが、やはり底なしバカだ。

 だが、どこか憎めない所がある。


「二人だけじゃな」


 肩をすくめて、会話に合わせて冗談に乗った風を装う。


「同志の獲得に打ってつけの機会が今夜ある。お前も来いよ」

「なにがあるんだ」

「機構の交流会。女子寮も参加するってよ」

「…別の思惑を感じるのだが」

「どんな崇高の目的があろうとも、今が楽しくなきゃ損だぜ。同志」


 自分の肩に手を置きながら、彼は楽しそうな笑みを浮かべた。

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