Before 64 Days~後半~

第11話 過ぎ去りし日々には届かない ~Before 64 Days~

 肩に強い衝撃が走った。

 耳に甲高い警告音が響いている。

 上半身を起して、視線をベッドの脇に向けると、ピーターがいた。

 肩を叩いたのはこいつの仕業のようだ。


「オキナ、緊急事態」


 壁際のスイッチを押して、警告音を止める。

 顔をピーターに向けて、報告を続けさせる。


「カグヤ、地球の使者と接触」

「はあ」


 すっとんきょうな声を上げてしまった。

 すぐに生体端末を居住区の管理システムに接続する。


「こちらの救援要請に応えずに、十年。音沙汰もなく、突然、使者を送り込んできたのか」


 ルナシティで管理している月全域の索敵システムの記録を確認する。

 昨日、カグヤの試験中に宇宙船らしき反応を数秒だけ捉えている。

 反応があった場所は索敵網の最外縁部。


 監視用の自動判別プログラムもデブリの可能性を考慮して断定を避けている。


「外縁部から警戒網の隙間を抜けてきたか。監視に人員を配置してなかったのか」

「試験のために、一時的にそちらで監視するとのことでしたので」


 突然、流調に話し始めたピーターを見つめる。

 あちらの者が乗り移ったか。


「終了後に権限は戻しただろう」

「索敵を担当していたヘルゼーエンが意識を完全喪失しました。業務の引継ぎと人工知能への切り替えで、索敵記録の精査は後回しです」


 地球方面の索敵は優先度が低い。

 数少ない索敵衛星は、外宇宙方面から飛来する小惑星の監視に当てられている。

 現状では、トラブルが無くとも、察知できたのか怪しい。


「それより、もうすぐカグヤが使者を連れて戻ります」


 丸い瞳が、オキナを詰問するように見上げる。


「計画の前提が崩れました。どうするおつもり」

「…問題ない。地球との関係は、そっちに行った後に学習させる予定だった」


 顎髭に手を当て、思案する。

 まだ接触したばかりなら修正は可能だ。

 カグヤが不審に思わない程度に、急いで進めるしかない。


「使者を隔離して、計画はこのまま続行する。感染症対策用の第二エントランスに案内させろ。望むなら、その使者もルナシティに向か入れてやろう」


 指示を聞いたピーターは踵を返して部屋を出ていった。


 生体端末で再び経過を確認して肩を落とす。

 警報が鳴ってから一時間以上が経過している。

 それなのに奴に叩かれるまで眠っていたのか。


 自身の衰えに嫌気がさす。

 衰えた肉体は思うように動かない。

 意志だけでは、解決しない現実が迫っている。


 残された時間も熱量エネルギー少ない。

 だがそれは十年前から変わらない。

 僅かに残った命を未来に繋げると決意したあの日から。


「やってみせるさ。たとえあの子に憎まれようとも」

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