第12話 思惑 ~Before 64 Days~

「それじゃ、月の様子を調べるために来たんですか」


 走行車で採掘基地に向かう道中、ミラさんは来訪の目的を教えてくれた。

 ミラさんの目的は月の調査だそうだ。


 地球は十年前の第四波流星群フォースインパクトで受けた被害から立ち直りつつある。

 そこに第四波フォース以降、連絡が途絶え、状況不明となっている月を調査する計画が立ち上がった。


「私は月から地球に通信しても、返事がないと聞いています。十年間、一度も受信した記録はないのですか」

第四波フォースの直後に一度、通信した記録はあります。ただ、それ以降に交信した記録は地球ではありません」

「地球の被害が大きくて通信施設を作る余裕がないと、オキナ、私の指導役が推測していました」


 オキナの名前を出してから言い直す。

 知らない人の名前を出しても伝わらないだろう。


「指導役の名前、もしかして月詠つくよみオキナかしら」

「はい。そうです」


 なんと伝わった。

 昔は偉かった、と言っていたが地球にまで名前が知られているのには驚いた。


「ご健在なのね」


 ミラさんが一言だけ言い放つと、片手をヘルメットの口元付近に当てて考え事を始めた。

 突然、神妙な雰囲気になったミラさんに戸惑っていると、脳内イメージに通信接続の表示が現れた。

 接続の許可を出すと通信画面にピーターがひょっこりと姿を見せる。


「カグヤ、お客さん、いるか?」

「うん。遭難者を一名救助。もうすぐ基地に着くよ」

「入り口、第二エントランス。感染症、検査する」

「オキナからの指示?」

「そう。遭難者への正式な要望。体液検査、洗浄作業する」


 来訪者を基地で受け入れる前に、病原菌の検査をするようだ。

 失礼な気もするが、抗体がない病気を持ち込まれたら大変だ。


「対象者、同意、必要」

「わかった。ちょっと待ってね」


 ピーターに待つように伝えてから、ミラさんに呼びかける。


「ミラさん、すいません」

「ん、何かしら」

「基地に着いたら、感染症の検査を受けてください。基地からの正式な要望です」

「え、検査」

「どうかしましたか」


 私が要望を伝えるとミラさんは驚いた声を上げた。

 そしてうなり声を上げながら、思案し始める。

 一体、検査のどこにミラさんの疑問に引っかかったのか不思議に思いながら、返事を待った。


「一度位は受けないと信用してもらえないかしら」


 決心したように呟くと、ミラさんは視線をこちらに向けた。


「わかりました。検査を受け入れると回答してくださる」


 こくりと頷いてミラさんに返事してから、ピーターに呼びかける。


「ピーター、遭難者の了承を得たよ」

「了解、検査、準備する」


 ピーターとの通信が切れる。


「通信は終わった?」


 通信を切ったところでミラさんが話しかけてきた。


「はい」

「そういえば、救助してくれたお礼をしていなかったわ」


 活動服の腰元にある収納ポケットから薄板状の機械を取り出した。


「ありがとう。こんなものでよかったら受け取ってください」

「これは…」


 カグヤは声を詰まらせながら、手渡された機械を見つめる。

 心の中で未知のものへの好奇心が掻き立てられ、熱量エネルギーが微増する。

 掌から微弱な熱量エネルギー波を当てて、内部を探る。


「信号の発信機ですか」

「惜しい。旧式の携帯端末よ。非能力者が操縦者オペレーターの生体端末と通信するために使います」

「あ、信号を発信するのは、離れた場所にいる操縦者オペレーターに見つけてもらって、熱量エネルギー波を当ててもらうためですか」

「正解。下敷きになっていなければこれで返事ができたはずです。熱量エネルギーのほとんどは船のシステム維持に消費して、僅かに残った分も近場のエネルギー反応を頼りに走行車を送り込むのに使用していました」


 熱量エネルギー配分が絶妙だ。

 ミラさんは間違いなく操作適正持ちだ。


 装置の保有可能熱量エネルギーより多量の熱量エネルギーを供給した場合、余分なエネルギーは外部に漏れる。

 エネルギー保存の法則はホシクズの熱量エネルギーにも適用される。

 漏れたエネルギーは発光したり、周囲の温度を上昇させたりして、時には装置を破壊する原因となる。


 熱量エネルギーの細やかな操作に優れ、無駄な熱量エネルギーを供給しない操作適正持ちは、精密機器の扱いに優れている。

 さらにスタミナ配分にも卓越しており、長期間任務を担当する操縦者オペレーターも多い。


 ミラさんの場合、宇宙船を一人で飛ばしてきたから、総熱量エネルギーも少なくない。

 歴然とした実力の差を感じる。

 地球の操縦者オペレーター皆、優秀なのだろうか。

 月が劣っているのは、なんだか悔しい。


「電気か操縦者オペレーター熱量エネルギーで動きます。生体端末だけでなく、同じ種類の端末同士なら、通信できます。もう一台あるから女の子同士、内緒話をしましょう」

「ありがとうございます。えっと、うれしいです!」

「ふふ、私もうれしいわ」


 胸の中で熱量エネルギーが渦巻くのを感じる。

 ちょっと顔が赤くなっていないか心配だ。

 ミラさんが口角を上げて微笑を浮かべている。


「これって地球で取れたホシクズを使っている製作されたものですか?」

「ええ、そうよ」

「地球のホシクズって流星群由来ですよね。貴重なものを有難うございます」

「それは第四波の迎撃で砕けた小惑星の破片から採取したものよ」


 月で採掘できるホシクズは、月が誕生した四十六億年前ごろから存在していると推測されている。

 十年前に地球圏に来たホシクズと比較して、組成の違いを調べる研究ができれば、ホシクズが、宇宙のどこから来たかわかる手掛かりが発見できるのではいだろうか。


 過去に類似の研究がないか調べてみよう。

 良い物もらったと熱量エネルギーを全身に巡らせていると、走行車が管制塔に到着した。

 走行車から降りて地下階段への扉を開ける。


「こちらです」


 ミラさんを案内して階段を降りていく。

 昇降機に乗り込んで操作盤のスイッチを押す。

 行先を第二エントランスに変更して、背後振り返えると、ちょうどミラさんが昇降機に乗り込んだところだった。

 乗車よーし、と電子保管庫ライブラリーの映像記録で見た鉄道員の真似を心の中で呟きながら、操作盤のスイッチを押す。

 扉が閉まり、ガタンと音を立ててから昇降機が静かに下降していく。


「ねえ、カグヤさん」

「何ですか」

「検査で隔離されている間に時間があれば、さっきの端末に通信してもいいかしら」

「もちろんですよ」


 私は大きく胸を張って答えた。

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