第19話 会談 その3 ~Before 62 Days~


「評議会が全権を掌握したのは五年前か」

「はい」

「ならば、月のホシクズの使い道は他の未来計画の再始動か」

「ご明察の通り」


 月詠つくよみオキナの質問にミラ・サンフィールドは素直に答えた。

 だが、返答は彼女が期待するものではなかった。


「残念だが、地球と月のホシクズを合わせても、残った未来計画を再始動させるには足りぬだろう」

「そんな」

第四波フォースの迎撃で宇宙に四散した操縦者オペレーターが多すぎる。計画を縮小しても、不足を補うには個人の力量に頼ることになる。計画達成の見込みは厳しいものになるだろう」


 ミラ・サンフィールドは思わず沈痛な表情を浮かべてしまった。

 それならば人類に未来はないということになる。


「それなら、まだ私の計画の方が達成する見込みは高い」


 予想外の言葉にミラ・サンフィールドは目を見開いて驚いた。

 さらに続けられた言葉は、信じられないものであった。


「ミラ・サンフィールド、月で暮らすつもりはないか」


 予期せぬ提案にミラ・サンフィールドの頭は混乱していた。

 混乱する頭を動かして、どうにか言葉をひねり出す。


「申し訳ありません。おっしゃっているのか理解できないのですが、この採掘基地で生活するということでしょうか」

「間違ってはいない。どのみち、船が故障している以上、当面の間はそうなる」


 月詠つくよみオキナはさとすように話は続けた。

 先程とは立場が逆転して、こちらが説得されているようだ、とミラ・サンフィールドは感じた。


「地球に戻らず、ルナシティに移住するつもりはないか」

「恐れながら、私はここに来る前にルナシティに立ち寄りました。外壁は崩れ、ほとんどの区画から空気も抜けていました。人が暮らせる状態ではありません」

「その通り。君の認識は正しい。新たなルナシティは別の場所にある」

「月にまだ生存者がいるのですか」


 ミラ・サンフィールドは光明こうみょうが差した気分で問いかけた。

 しかし、月詠つくよみオキナは首を振って答えた。


 「肉体を保持しているという意味での生存者は、私とカグヤの二名だけだ」


 ミラ・サンフィールドは、ますます混乱した。


「そ、そのおっしゃり様では、肉体を保持しない生存者がいるという風に聞こえるのですが」

「その通りだ。理解が早くて助かる」


 理解を放棄したい気分になった。

 思わずこめかみに手を当てる。


「実際に目にしないと理解しにくいだろう。わしも初めはどう受け止めたらよいか困惑した」


 月詠つくよみオキナから労わりの言葉をかけられる。

 だが、脳内の混乱を収めるには至らなかった。

 目の前の人物は、先ほど聡明そうめいな頭脳で地球の情勢を洞察した人物と同一人物だろうか。


「人の感情に反応して熱量エネルギーを生み出すホシクズの力が、形になったのだろう。今は言えるのはこのくらいだな」


 ミラ・サンフィールドの様子を察したかのように月詠オキナは席を立った。


「先にカグヤをルナシティに送らねばならない。その後でゆっくり話をしよう」


 戸惑うミラ・サンフィールドに会談の終了を告げる。

 月詠つくよみオキナは部屋を出るために、歩み出す。

 ミラ・サンフィールドは立ちあがると同時に、月詠つくよみオキナの背に向かって、右腕を伸ばす。


 体内に貯めてあった熱量エネルギーを開放し、義肢の指先に集中する。

 同時に義肢の蓄電池から電流を送り、指先の熱量エネルギーに混ぜ合わせる。

 無言のまま、熱量エネルギー波を照射する。


 対人用の電気銃テーザーガンだ。

 当たれば一撃で気を失う。

 耄碌もうろくした老人に示す敬意はない。

 気絶している間に基地の権限を奪わせてもらう。


 放たれ熱量エネルギー波は、月詠つくよみオキナの背に命中する直前に消失する。

 賢人が立ち止まり、ゆっくりと振り返える。


「な」


 唖然とした声を上げるミラ・サンフィールドに向かって、月詠つくよみオキナは言った。


「便利そうだな。使わせてもおう」

 ミラ・サンフィールドの右腕が自身の首を掴んだ。

 首を締め付けるように手に握力が加わる。


 ミラ・サンフィールドは必死に生体端末を操作する。

 義肢の制御が奪われている。

 接続の気配はなく、セキュリティも作動していない。


 一体どうやって。


 「評議会の処刑人」

 「…その名で呼ばれるのは、久々だな」


 ミラ・サンフィールドの困惑は、電流が流される数秒の間、続いた。

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