第18話 会談 その2 ~Before 62 Days~

 月詠つくよみオキナの頭脳は歴史を想起そうきしていた。

 ホシクズの有用性が発見されたばかりの頃の争い。

 ホシクズそのもの保有量で国力を示す蛮行だ。


 争いは過激化し、操縦者オペレーターの命が失われたことさえある。

 操縦者オペレーターを兵器の材料としか見ない国もあった。

 それらの国々を相手に、月詠つくよみオキナは仲間達共に闘争を続けてきた。


「それでは歴史の逆戻りだ。まったく無意味な愚行だ」


 月詠つくよみオキナは一息ついて、呼吸を整える。

 長い闘争の果て、たどり着いたのが延命策とは、滑稽こっけいだな。

 月詠つくよみオキナは自虐的な笑みを浮かべながら、使者を見やった。


「連合国は残された資源を巡って派閥抗争、操縦者オペレーター評議会もそれに加担か。もう、地球は未来を救済することをあきらめたな」

「一つ、申し上げます」


 ミラ・サンフィールドが顔を上げ、月詠つくよみオキナに向かって吠える。


「現在、地球の各生存圏を統治するのは連合国ではありません」

「なに」

「現在は操縦者オペレーター評議会が唯一の統治体制を築いております」


 地球の使者の言葉を聞いた月詠つくよみオキナは目を閉じた。

 顔をわずかに上向かせ、歯を食いしばる。

 使者の言葉を何度も噛みしめ反芻はんすうさせる。


 やがて鼻から静かに息を出すと、眼を開き、使者に視線を向けて、問いかけた。


「評議会が武力で権力を掌握しょうあくしたのか」

「はい」


 使者の返答に、月詠つくよみオキナは沈黙した。

 自分と、仲間達が生涯を費やしてきた事業が破滅に向かっていることを悟った。


「月の賢人けんじんであれば、一部の理事国との密約による決起と伝えれば理解すると」

「誰の言葉だ」

「アミークス評議会議長です。十二星だったものしか知らないと」

 

 密約を知っている人物の名前を聞き、月詠つくよみオキナは使者に向ける言葉を失った。

 密約を知らないはずの名前が出れば、現実を拒むことができたかもしれない。


「かつての連合国統治下であれば、地球に帰還すればあなたといえども、ルナシティ崩壊の責任を取らされ、処刑される危険もあったでしょう。ですが、評議会があなた処断することはありえません」


 日方ひがたミラは言葉を続けた。

 月詠つくよみオキナに自分の知恵や経験が及ぶとはミラ・サンフィールドは考えていない。

 だがら直感的に頼った

 月詠つくよみオキナを説得するには今しかない。


流星群第四波フォースインパクト襲来の折り、月からの情報があったからこそ、地球は万全ばんぜん迎撃態勢げいげきたいせいを築けた。月の賢人けんじん月詠つくよみオキナの名に皆が敬意もって接するでしょう」


 賢人は使者を鋭い眼光で見つめる。

 その目に敵意はない。

 ただ真実を見極めようとする意志だけが宿っていた。


「このまま、月でお嬢様と二人で過ごすおつもりでしょうか。年嵩としかさのあなたはまだしも、お若いお嬢様には酷い仕打ちでしょう」


 この老人は未来を諦めていない、ミラ・サンフィールドは悟った。

 自身が背負ってきた責任を果たそうとする意志を持っている。


 それはカグヤを見ればわかる。

 そうでなければ、あんな真直ぐな子に育つはずがない。

 育てられるはずがない。


 情と理屈で訴えろ。

 目の前にいるのは、敵ではない。

 敬愛すべき偉人であり、尊敬すべきだ。


「どうか、その英知を今一度、人類の未来に貢献させてくだい」


 再びミラ・サンフィールド《使者》が頭を垂れる。

 沈黙が場を支配した。

 空調設備の音だけが室内を満す時間が流れる。


「顔を上げよ、ミラ・サンフィールド」


 視線を月詠つくよみオキナに向けると、彼は手で座席に座るよう日方ひがたミラを促していた。

 促されるままに座席に座ると、向かいの席に月詠つくよみオキナが腰かけた。

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