第17話 会談 その1 ~Before 62 Days~

 椅子にもたれかかりながら、日方ひがたミラは思考していた。

 

 向かいの空席に、月詠つくよみカグヤの姿を思い浮かべる。

 屈託くったくのない笑顔、会話に不慣れな仕草。

 明らかに世慣よなれていない、箱入り娘だ。


 彼女は私に対して警戒感を抱いていない。

 彼女から月の現状を聞き出せればそれでよい。

 賢人けんじんの考えがどうあれ、このまま二人で月に居続けることを良し、とはならないだろう。


 船の修復に協力してもらって、共に地球に帰還すればいい。

 そうなれば自分の目的も叶うはずだ。


 さて、そろそろ連絡が来ても良い時間帯だ。

 こちらから連絡してみるか。


「そっとしておいてくれないか」


 部屋の入り口から呼びかけられた。

 一瞬、体を硬直させ、閉じた扉を見る。


「あの子なりに思案して、学習している最中だ。正しい徳を積もうしている若者を誘惑せんでくれ」


 扉が開いた。

 老人が一人、立っている。


 頬はやせこけ、濃い髭面と顔の皺が老人の積み重ねてきた苦難を表している。

 年齢は七十歳を超え、肉体が衰えているように見えるが、肉食獣のような鋭い眼光をこちらに向けている。


 敵意だ。


 あの眼光がんこうは敵を見定めるようとする目だ。


「ご尊顔そんがんはいたてまつるる機会を頂き、光栄こうえいに存じます。月の賢人けんじん月詠つくよみオキナ」


 席から立ち上がり、床に片膝をつき、こうべれる。

 彼と自分は対等ではない。

 それを態度で示す必要がある。


操縦者オペレーター評議会の末席まっせきを預かる、ミラ・サンフィールドと申します」

「地球が今更、月に何用なにようか」

「評議会から月の現状調査を命じられております。第四波流星群フォースインパクトから十年が経ち、地球も落ち着きましたので」

世迷言よまいごとを申すな」


 月詠つくよみオキナは吐き捨てるように、日方ひがたミラの言葉を切り捨てる。


「月から地球の様子は見えている。生存圏の一つを放棄したのが、復興への道筋か」

「恐れながら、住民はみな、移住しております。命を粗末そまつにしておりません」

「生存圏の拡大を辞め、守勢に転じたところで先は見えておろう」


 月詠つくよみオキナは地球の為政者いせいしゃの行いを非難した。


「もう地球にはないのだろう。新たなホシクズが。放棄された中米生存圏ちゅうべいせいそんけんは地球に残された最後の鉱床だった」


 やはり月詠つくよみオキナはこの十年間、月から観測できる機器で地球上の動きを探っている。第一波流星群ファーストインパクト以降、多発する自然災害によって、人間が居住できる地域は減少し続けている。

 だからこそ、月の開発計画や他の計画が推進されてきた。


「今の地上は、かつての未来計画で予測された中でも最悪の部類だ。いずれ、統治機構が崩壊し、人類は揺るやかな絶滅に至る」


 日方ひがたミラはわずかに身体を硬直させた。

 それを月詠つくよみオキナは視覚ではなく、使者の雰囲気で察した。

 雰囲気を偽るには、まだ若過ぎる。


「貴様が命じられたのは、調査ではなく月のホシクズを回収することだな。それでいくばくかの延命を図るつもりなのだろう」

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