第16話 期待 ~Before 62 Days~

 仕事を速攻で終わらせて、自室に飛び込む。

 昼食のサンドイッチをかじりながらログの精査をしたら、ピーターに「行儀、悪い」と怒られたが、些末な問題だ。


 配水網もこの前、壊された扉以外は問題なし。

 扉の鉄板も補給の申請をしたから、届き次第、付け替える予定だ。


 物資とエネルギーは二日前から、減少量が増えているが微量だ。

 ミラさんの分だろう。


 もう少し経過を見る必要があるが、食料の生産計画を変更するほどではない。

 動力炉にも多めに供給しといたので、大丈夫だろう。

 それより資材関連の欠乏が心配だ。


 最近、ルナシティから来る無人船の頻度が少ないからしかないけど。

 まあ、それはオキナが考えることだ。


 私は報告書を上げておけばそれでいい。

 さて、椅子に座り、デスクに置かれた汎用通信端末と向き合う。


 通信記録を立ち上げると、日方ひがたミラという名前が画面に表示された。

 これを押せばミラさんと通信が繋がる。

 心拍数が異様に上昇する。


 脳内イメージに着信の表示が出てくる。


 驚いて後ろに仰け反る。

 生体端末の方に通信の連絡が入ったようだ。


 椅子から落ちそうに体勢を立て直しながら、通信接続の許可を出す。

 脳内イメージに現れたピーターに要件を尋ねる。


「ピーター、どうしたの」

「ルナシティから通信あり。オキナ、出れない」

「わかった。こっちに転送して」

「了解」


 脳内イメージに新しい画面が現れる。

 現れた画面にはいつものルナシティの担当官が現れた。


 眼鏡をかけた初老の男性は、レンズの奥から神経質な視線を向けている。

 背筋を伸ばしてから「この人、苦手だな」と失礼なことを思いながら返事をする。


「こちらプラトン採掘基地、月詠カグヤ候補生です。上役に代って要件を伺います」

「こちらルナシティ補給廠です。申請があった物資の補給について伝達します」

「はい。お伺いします」


 いつもルナシティから伝達事項は通信文を送ってきて終わりだ。

 今回はどうしたのだろうか。

 疑問に思いながら伝達事項を聞く。


 しかし、要件は物資の内容確認と、基地への到着予定についてだ。

 物資もいつも送られてくるものと変わりはない。

 特別、変わった内容はない。


「最後に、月詠カグヤ候補生が来月、ルナシティに出頭する際の特別便のスケジュールをお伝えします」


 内心で首を傾げた始めたところで驚ろかせれた。

 出頭の為だけに船が用意されるとは思わなかった。


「頑張ってください。それでは失礼します」


 通信が切れた。


 最後に励まされた。

 淡々と伝達事項を述べるだけと思っていた。

 予想外のことを言われて、脳が硬直してしまった。


 全身にむず痒い感情が走る。

 熱量エネルギーも微増している。

 応援されたのか。


「予習の続きをしよう」


 通信端末を机の端に追いやる。

 何故かはわからないが、そうしなきゃいけない気がした。

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