第14話 月の賢人 ~Before 63 Days~

 私が地球を旅立つ前に知り得た、月詠つくよみオキナの概略は英雄と言って差し支えない。


 彼の名前が歴史に初めて登場するのは、流星群第二波セカンドインパクトの迎撃作戦だ。

 崩壊寸前の防衛線を支えた十二星の一人として賞賛され、ホシクズ熱量エネルギー技術の有用性を世界に知らしめた。


 その後、他の第一世代操縦者オペレーターと同様に、連合国による秩序回復作戦に従事し、数々の戦場を潜り抜ける。

 主に現地で誘拐された適性者の救出、彼らへの教育を受け持った。


 他の十二星らと共に、操縦者オペレーターの地位向上を求める連帯運動を始めた際は、敵対組織の武力行使からメンバーを警護する傍ら、訓練方法の研究に取り組んだ。

 この時、確立された訓練方法や能力傾向の判別方法は、現代でも使用され続けている。


 操縦者オペレーターの権利を擁護する操縦者オペレーター評議会が結成されると、同じ十二星のアミークス議長の要望で、副議長に就任する。


 アミークス議長が表の指導者として、運動理念の提唱、連合国との交渉、世間対策を行う一方、月詠副議長は、騒乱状態になった加盟国の治安回復活動、評議会内の粛清など汚仕事を一手に引き受けた。


 流星群第三波サードインパクトの迎撃作戦では前線部隊の指揮官として参戦。

 人類生存圏への小惑星落着を阻止するという歴史上初の戦果を挙げる。


 月に新たな人類生存圏を建設する「月の楽園計画」が連合国総会で採択されると、計画の統括司令に任命される。

 月面都市「ルナシティ」の建設に専念するため、副議長を辞職した後も評議会の動向に強い影響力を有した。


 長年の功績を評価され、操縦者オペレーター評議会から「月の賢人」の称号を贈られる。


 才能と活力に溢れた英傑の一人。

 操縦者オペレーターの教育方法を確立し、操縦者オペレーター評議会の礎を築いた黎明期の生きる伝説だ。


 十年も音信不通となった現在でも、地球で月詠つくよみオキナの名に畏怖の念を抱く人は多い。

 地球の各生存圏が、第四波フォースの被害から十年程度で復興の道筋をつけたのも、月が前線基地と被害を受け止めたからだ。


 月に来て激しい戦いの痕跡は多く見た。

 打ち壊された都市の外壁。

 

 限界を超えて照射し続けた結果、アンテナが融解した熱光線の放射装置。

 デブリとなった戦闘艦の中には亡骸も残っていた。

 未だに稼働する迎撃衛星に攻撃されたときは、執念に感服した。


 どれだけの熱量オペレーターが、都市を守るために注がれたのか。


 どれだけの無念があったのか。


 あの子、月詠つくよみカグヤと名乗ったあの少女は、本当の歴史を知っているのだろうか。

 知っているなら、あんなに真直ぐな性格には育たない。

 賢人がすべて隠し通している。

 

 感染症を理由に隔離されているが、実際はカグヤとの接触を防ぐのが目的かもしれない。


「現状、あの子しか突破口はないか」


 恩を仇で返すようだが、私にも使命がある。

 地球の未来のために、たった一人で月まで来た。

 打てる手は打っておこう。

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