第3話 小惑星の脅威 ~Before 65 Days~

 懐かしい思い出に浸るのは、いい気分だ。

 だけど仕事を忘れるわけにはいかない。


「いつでもいいよ」


 私が返事をすると、オキナは視線をややそらした。

 生体端末で接続状態を確認しているようだ。


「よし。アンテナを稼働させる」


 オキナが言い終わるのと同時にアンテナが回転を始める。

 私は生体端末に指示を出して、管制塔の制御システムと自身の生体端末を接続する。

 

 自分の体が急激に膨らむ感覚が脳に走る。

 頭の中で膨らむ風船の衝撃が全身を広がっていくのに、思わず目を見開く。

 私は今、船外活動服とケーブルを通して、管制塔とシステム的に一体となった。


 グッと握り拳を作って、肉体から管制システムの稼働に必要な熱量エネルギーを送り込む。

 制御システムと自身が一体化する感覚を確かめながら、システムに不具合がないか調べていく。

 同時に管制システムを経由してアンテナとの情報伝達の速度をチェックするが、どれも異常はない。


「始めるよ」


 オキナに声をかけると、私は送り込む熱量エネルギーを増加させた。

 巨大な生体センサーであるアンテナが人間の五感では捉えきれない情報を観測して、生体端末に送り込んでくる。

 生体端末では情報を脳が認識できるように変換して、周辺の空間を立体的なイメージとして脳内に投影する。


 仕組みは活動服と同じだが、情報量が圧倒的に違う。

 代り映えしない月面と黒物質に満ちた宇宙との境界線から、接近してくる人工物を細部に至るまで捉える。


 月の低軌道を回る索敵衛星だ。


「目標発見。三時方向で固定、仰角プラス十二度」


 生体端末を通して指示を出しながら、衛星の状態を確認する。

 本来、月面側に備えられている通信アンテナが天頂方向を向いている。

 衛星が逆立ちしている状態で、肝心の索敵レーダーは月面を向いてしまっていた。


「やっぱり、姿勢がずれている。これで警戒網に穴ができたんだ」


 アンテナを固定させると、更に供給する熱量を増加させた。

 索敵衛星に熱量のエネルギー波を送り、通信接続を確立させる。

 接続が確立するとすぐに人工衛星の制御システムを掌握する。


 エネルギーの残量をチェックするが、予想通り空っぽだ。


 索敵衛星には衝突回避プログラムが組み込まれている。

 デブリとの衝突を回避した後、姿勢を戻すだけの推進力がなかったのだろう。


 電気で稼働する予備の推進装置もあるが、こちらも充電切れだ。

 太陽光パネルが割れていないので、電気系統が故障している。


「電気部品を持ってきてないけど、どうする」

「ふむ。姿勢だけ戻して、熱量エネルギーだけ充填しておくしかあるまい」

「りょーかーい」


 オキナの指示に従って、私は索敵衛星に送る熱量エネルギーを増加させた。


 推進装置を作動させると、脳内イメージの索敵衛星がゆっくり回転していく。

 タイミングを見計らって逆噴射をかけ、索敵衛星の姿勢を安定させる。


 突然、甲高い警報音が脳内に響く。

 慌てて制御システムが送り込んでくる情報を脳内イメージで確認する。

 小惑星が一つ、索敵網の中腹辺りから月面への落下コースを辿っている。


 落下コースの終着地点には、操縦者オペレーターの現在位置を示す人型マークが二つ。


「ふむ。ここに落ちてくるな」

「なにゆえ!」


 状況を端的に解説してくれたオキナに向かって、振り向きながら叫ぶ。

 振り向かなくても通信で聞こえるが、振り向かずにはいられなかった。


 どうして急に小惑星が索敵網の内側に現れたのか、疑問に思って情報を精査する。

 観測データの送信元が姿勢を戻したばかりの索敵衛星だ。


 どうやら、他の索敵衛星ではカバーできていない宙域から、接近してくる小惑星を捉えたらしい。

 今日、衛星を整備する予定でなければ、二人とも黄泉よみの国に旅立っていたかもしれない。


「迎撃する。索敵網の権限を委譲しなさい」

「了解」


 衛星の制御をオキナに託す。


 アンテナを小惑星が飛来する宙域に向けながら、反射鏡の縁同士が近づくように稼働させる。

 開花直前の蕾のような形にアンテナが変形したところで、エネルギーの照射方法を収縮に変更する。

 

 私はアンテナの射撃体勢が整うのを見ながら、息を吸い込んでお腹に力を込めた。

 体内に溜め込んだ熱量エネルギーを開放して、アンテナに熱量エネルギーを充填する。


 活動服とケーブルが青白く輝き出し、パチパチと閃光が走る。

 大昔の科学者が、原子炉のチェレンコフ放射光に例えた青白い閃光だ。

 この閃光が出ているのはホシクズ熱量エネルギーが大量に供給できている証拠だ。

 

 索敵衛星に微弱なエネルギー波を当てた時と違い、今から放つのは、充填したエネルギーを一点に向かって解き放つ破壊光線だ。

 集約して熱量エネルギー密度を上げるほど威力は増すが、接触する面積は狭まり、小惑星は砕けてしまう。


 破片が衛星や施設に当たるのを防止するには、高熱量のエネルギー波で包み込んで消滅させるしかない。


 脳内イメージで小惑星の大きさと相対距離を確認する。

 歪な楕円形の小惑星が脳内イメージに浮かぶ。

 

 全長は約二百メートルだが、月側に向いている前衛部分の直径は五十メートル位だ。

 照射範囲内に小惑星が収まるように相対距離を計測し、アンテナの蕾をわずかに開花させる。


 制御プログラムが照射に最適なタイミングを表示してくれる。


「準備完了、照射まで三十秒前。最終確認を願います」

「射線上に障害物なし。他の衛星も退避済。警告も各所に発令した。オールクリア」

「了解。十秒前からカウントダウンを開始します」


 脳内イメージに現れたタイマーを見ながら、時間を数える。

 タイマーがゼロになった瞬間、私は一際、大きな声を出した。


「照射」


 放たれた熱量エネルギー波が小惑星に向かって一直線に飛んでいく。

 私は熱量エネルギーが途切れないように必死に供給を続ける。

 せめて小惑星に接触するまでエネルギー波を保たないと、無駄打ちになる。

 

 二回も照射する元気はないぞ。

 指先が冷たくなっていくのを感じながら、心の中で叫ぶ。

 脳内イメージ上の熱量エネルギー波の動きを注視する。


 接触までの数秒がとても長く感じる。

 熱量エネルギー波が接触した瞬間、小惑星が崩れていき、脳内イメージから消え去る。

 念のため、完全に消え去ってから五秒間、熱量エネルギー供給を続けた。


「目標の消滅を確認。索敵網に危険オブジェクトの反応なし」


 オキナが索敵結果を報告してくれる。

 これで問題はないだろう。


 身体に押し寄せる疲労感に抗わず、私はその場に座り込んだ。

 突発的に大量の熱量を使用したのだから、消耗が激しい。

 活動服を包んでいた輝きも消失している。


「よくやった」


 ヘルメットの頭頂部にオキナが手を置く。

 頭をなでるのは、教育課程の試験で満点を取った時くらいだ。

 素直にうれしい。


「どんなもんだい。これからはもっと私に仕事を振っていいよ」


 私はちょっと顔が赤くなるのを自覚しながら、胸を張った。

 いつもなら「まだ早い」とか「背伸びせず」と返される所だが、オキナは考えるように視線を伏せている。 


 一体どうしたのだろうか、とオキナを見上げながら首をかしげる。

 するとオキナは意を決したように一度、頷いた。


 いつもと違う展開に私は目を瞬きながら驚く。

 だが、オキナは私の様子を気にする素振りを見せなかった。

 そして、膝を折って、私と視線を合わせ、突きつけるように言った。


「来月の誕生日、ルナシティに出頭して正規ライセンスを取得しなさい」

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