第4話 未来を操る者 ~Before 65 Days~

 人間の感情や精神、ともかく形而上けいじじょうの活動を糧に熱量エネルギーを生み出すホシクズは、肉体に相応の負荷をかける。

 任務中に操縦者オペレーターの気力が尽き、倒れるのは珍しくない。中には熱中し過ぎて、肉体まで熱量エネルギーに変換して消滅してしまう者もいる。


 熱量エネルギーの操作に失敗して暴走状態になった時、鎮めることができるのは、より熱量エネルギーの操作に優れた者だけだ。


 そこで操縦者オペレーターを育成する操縦者オペレーター評議会によって、能力の扱いが未熟な者は、指導役の監督下に置くことが義務づけられている。

 指導役が「技能及び心身に問題なし」と推薦した者にのみ、操縦者オペレーター評議会から正規ライセンスが与えられる仕組みだ。


 正規ライセンスを与えられた者は、操縦者オペレーター評議会の末席に名を連ねる。

 つまり、私は指導役のオキナから一人前のお墨付きを貰えたということだ。


 カグヤは頬を軽く緩ませながら、管制塔の地下階段を降りていく。

 ケーブルを撤去して、片づけをしている間もにやけ顔が止まらなかった。


 このプラトン採掘基地に来て、オキナと出会って十年。

 日々の努力がやっと向かわれたのだ。


 階段を降りた正面にある扉を開けて、昇降機エレベーターに乗り込む。


「認定試験に合格する必要がある。気が早いぞ」


 後ろにいるオキナの呆れた声が響く。

 オキナが昇降機エレベーターに乗り込んだことを確認してから、操作盤のスイッチを押す。

 扉が閉まり、昇降機エレベーターが静かに下降していく。


「試験って言っても学科だけでしょう」


 オキナに叩き込まれた内容だ。

 今更、落第点を取るとは思えない。

 私が余裕でしょうと笑みを向けると、オキナは肩をすくめた。


「試験の範囲を転送しておくから復習しなさい。それと適性試験もある」


 適性試験ってなんだ。


 操縦者オペレーターは赤ん坊の頃にホシクズの適性を調べられている。

 適性の無い人間では能力が発現しない。

 適性がありすぎても、能力を発現した瞬間に肉体が熱量エネルギーに変化して消滅する。


 創成期の頃は、人外の姿になってしまう者もいたらしい。

 程よい適性を持った者を割り出すために、科学者達は人体実験まで行ったと歴史の教材に書かれていた。


 操縦者オペレーターは全員、適性があるから操縦者オペレーターだ。

 今更、何の適性を試験するのだろうか。


 疑問に思った私は首をかしげていぶかしんでいると、昇降機エレベーターが停止した。

 歩き出したオキナの背中を追う。


 昇降機エレベーターの搭乗口が、隔壁で閉鎖される。

 次いで正面の壁が左右に割れてエントランスホールが現れた。

 オキナと共にホールに進むと自動的に壁が閉じていく。


 ホールの中央に置かれた円筒にオキナが手を触れ、熱量エネルギーを供給する。

 照明が点き、発生した人口重力の作用で体が重くなる。

 同時に空調も始動し、ゴゴゴと爆音を響かせながらホールに空気を充填していく。

 

 十秒ほど爆音が響くと、ホールの壁に備えられたランプが赤色から青色に変わる。

 空調の作動音がおさまると、私はヘルメットを脱いだ。大きな深呼吸を繰り返して空気の味を噛みしめる。


 格納箱に活動服を部位ごとに収めながら、オキナに尋ねた。


「適性試験は何をするの」

「配属先を決める試験だ」


 意味が分からずオキナに視線を向ける。

 オキナは背中を向けたまま、活動服を脱いでいる。


「配属先って、私の所属はこのプラトン採掘基地でしょう。この基地以外で暮らすつまりはないよ」


 オキナの背中に向かって問いかける。

 背を向けたまま、オキナは格納箱に自分の活動服を収めている。

 私は無言で返事をする背中を睨らみつながら言い放った。


「嫌だよ。ずっとここでオキナと生活してきた。これからもそうする」

「カグヤ、そんな我儘が通らないことくらい、もうわかるだろう」

「ここはオキナと二人で暮らしてきた家だよ。だから私は小惑星を蒸発できる高熱量エネルギーを発現させることができる。ほかでうまくやれる自信はないよ」

 

 ホシクズの熱量エネルギー操縦者オペレーターの情緒によって左右される。

 簡単に言えば、本人のやる気次第で供給できる熱量エネルギーが変化する。

 無理やり熱量エネルギーを上げるための増幅薬を使う手もあるが、反動で脱力状態に陥る。


 できれば自分の意志でやり遂げるのが一番良い。

 活動服を収めたオキナが背もたれのないベンチに座った。

 背中を向けたまま表情が見えない。


「ここで採掘しているホシクズの鉱石だが、今、採取を試みているので最後だ」

「それって」

「今日のような衛星の整備は他の拠点でもできる。他の作業も遠隔管理が可能だ。原石の採取ができないなら、貴重な操縦者オペレーターを配置する必要はない」


 オキナは視線を上げて、静かに息を漏らした。

 達観したようなオキナの態度にカグヤは思わず唇をかんだ。


「もうじき、ここは閉鎖だ」


 カグヤは思わずオキナに駆け寄り抱き着いた。

 鼻孔にオキナの汗臭い臭いが充満する。


「大丈夫だ。お前ならどこでもやっていける」

「今やっている採掘は、オキナがやらせてくれないから、わかんないけど、本当に最後なの」


 泣きそうになっているのを誤魔化そうとして、口籠りながら尋ねる。

 オキナは返事をするように静かにカグヤの頭に手を置いた。


「何度も確かめた。間違いない」

「昔は偉かったんでしょう。どうにかできないの」

「昔の話だ。今はただの老いぼれだ」


 苦笑が混じりの声でオキナが答える。

 私は鼻先をオキナの背中に押し付けながら赤ん坊のように顔を振る。


「カグヤ、操縦者オペレーターの使命を復唱しなさい」


 オキナの言葉にカグヤは顔の動きを止めた。

 ゆっくり顔を上げて、オキナを見上げながら口を開く。


操縦者オペレーターは我欲を自制し、自身の知恵と勇気を操り、人類の未来に捧げる。我ら操縦者オペレーターは未来を操る者なり」


 オキナから教わった言葉だ。

 操縦者オペレーターにとって最も大切な心構えとして、訓練の度に口にしてきた。


「そうだ。ホシクズは人間の願望を熱量エネルギーに変換する。自分の我欲を世界に貢献する形に変換しなければならない」


 カグヤの頭に置いた手を動かしながら、オキナが話を続ける。


「お前は熱量エネルギーの使い方は十分に学んだ。地球の連中にも引けを取らないだろう。他人と触れて、自分と世界を学びなさい」

「オキナが教えてよ」

「私に教えられることはもうない。できるのは場所を用意するまでだ」


 カグヤが頬を膨らませて抗議すると、オキナは彼女の膨らんだ頬を指で突く。

 プスプスと突いてくる指をカグヤが払いのける。


「カグヤ。お前は私の教え子の中で最も熱量エネルギーが多い。自慢の愛弟子だ」

「本当?」

「本当だ。カグヤのホシクズを輝かせてきなさい」


 軽快な口調で話すオキナは、慈愛がこもった明るい表情をしている。

 本心から出た言葉と感じたカグヤは、首を大きく縦に振って答えた。


「わかった。ライセンスを取得してくる」

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