Day.7 市販のものと組み合わせて作る生チョコタルト

PM11:30

隣で眠る隼人の顔をじっと見つめる。

「寝た…よね?」

規則正しい寝息を確認し、「よし!」と果穂はベッドから抜け出した。


パントリーの奥に隠しておいた、板チョコ、生クリーム、タルト台をキッチンに並べる。

「まずは、板チョコ200gね…」

スマホでレシピを確認しながら、大きめのボウルに板チョコ4枚を細かく割りながら入れる。

パキパキと軽快な音が耳に心地よい。

「次に、無塩バター40g…ってどのくらいだ?」

秤にかけながらバターを細かく切っていく。

「やべっ、43gになっちゃった!…ま、いっか」

この3gが仇とならないことを願いながら43gのバターを、割ったチョコレートが入ったボウルに入れる。

「生クリームが130gね」

こちらも秤にかけながら130gきっちり入れた。

微妙に残ってしまった生クリームは、オムレツか何かに使ってもらおう、と思い冷蔵庫にしまった。

「ボウルを湯煎にかける…のね」

フライパンでお湯を沸かし、沸騰したところにボウルを入れてヘラでゆっくりかき回す。

「全然溶けていかないけど大丈夫これ?」

下の方からすくうように何度も混ぜていると、急にチョコレートが溶け始めてきた。

「おお、突然きた!」

生クリームとチョコレートが分離してる気がして焦ったが、何度も丁寧にかき混ぜていると、無事一体になり柔らかくとろみのある生チョコレートが完成した。

「ここまで来れば完成したもんよね」

それから市販のタルト台を取り出し、まだほかほかに温かい生チョコレートをタルト台にゆっくり流し入れる。

ヘラに付いたチョコレートをぺろりと舐めてみると、馴染みのある甘さが口いっぱいに広がる。

「不味いわけないよね、溶かしただけだし」

まだ柔らかい表面にドライフルーツとナッツをトッピングし、最後に粉砂糖を振りかけた。

「これで冷やせば完成!」

平らな場所にタルトをそっと置き、そっと冷蔵庫の扉を閉める。

洗い物を済ませ証拠隠滅し、果穂は静かにベッドに戻った。


AM5:00

アラームで隼人よりも先に目を覚ます。

足早に洗面所に行きコンタクトを装着してから、隼人よりも先にキッチンに向かい、冷蔵庫を開けてタルトの様子を確認した。

「お、固まってるー!!いいじゃんいいじゃん」

冷蔵庫から取り出し、綺麗めなガラスの皿に移した。


「あれ?果穂早いね」

眼鏡姿の隼人が寝室から出てきた。

普段は自分より先に隼人は起きている為、寝癖の付いた可愛らしい前髪はレアだ。

「隼人くん、ハッピーバレンタイン!」

なんとか形になった生チョコタルトをテーブルに置いた。

「おおー!今日バレンタインか!てかいつこんな凄いの作ったの!?」

「昨日の夜。タルト台は市販だけどね」

「タルト台果穂が作れるようになった俺の出番がなくなるよー。めっちゃ美味しそう、早く食べよ!」

ただチョコを溶かしてまた固めただけだけど、喜んでくれる隼人の表情がとても嬉しい。

「私コーヒー淹れておくよ」

「ありがとう。コンタクト入れてくる」

タルトが甘いから、きっとコーヒーはブラックの方が合うだろう。

可愛い取り皿と、ブラックコーヒーを2杯用意しテーブルに並べた。


朝食、と呼ぶには変だがたまにはこんな日もあっていい。

コンタクトを装着し戻ってきた隼人が席に着く。

ケーキ用の小さく鋭い包丁でそっと切れ込みを入れ取り分ける。

しっかり固まってくれているおかげで、断面も綺麗で安心した。

「「いただきます!」」

華奢なフォークで一口食べる。

昨晩チョコだけを味見した時は甘ったるさだけが残ったが、ざっくりとしたタルトが合わさると食感の差がちょうど良く、とても美味しかった。

「果穂!めちゃめちゃ美味しいよ!」

「良かったー。お菓子って最後の最後まで上手くいってるか分からないから不安だったんだよー」

「分かる。お菓子作りってそれが難しいよね」

ブラックコーヒーをお供に、取り分けたタルトはあっという間に無くなった。

「もっと食べたいところだけど…残りは今晩のデザートにしよう」

「そうだね」

「果穂、本当ありがとう。お陰で今日は頭ガンガン冴える気がする」

「朝からしっかり糖分とったもんね」


AM7:00

食器類を下げ、それぞれ仕事の支度に取り掛かる。

今年のバレンタインも無事終えられて良かった…果穂はそう思いながら化粧をした。


出会った当初は市販のチョコを渡していたが、手作りにチャレンジしてみようと思い、そこから3年ほど見事に失敗が続いた。


マシュマロをチョコと合わせるために電子レンジで溶かしていたら、ぶくぶくと泡立ち電子レンジ内にマシュマロが充満し大変になったこと…

生チョコを作るつもりが分量をどこかでミスし、永遠に固まらなくなり結局チョコレートフォンデュになったこと…

チョコレートクランチを作るつもりが、これもどこかでミスをしコンクリートのように固いチョコレートバーが出来たこと…


記憶が蘇り、アイラインを引きながら思わず笑ってしまった。

ここ最近は成功が続いているが、未だに隼人の口に入るまで不安な心境は変わらない。


AM8:00

「じゃあ行ってくるね!」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

隼人が作った弁当の入ったランチトートを忘れずに持ち、果穂が玄関を出る。


近所の河津桜が少しずつ開花し始めた。

「もうすぐ春かぁ」

新生活とはもう縁遠い年齢だが、毎年この時期は春の訪れを日に日に感じ、妙にそわそわする。

1週間前には雪も降ったし、まだ寒い日もあるが何だか日差しが柔らかい気がする。


思いっきり深呼吸をすると自分からチョコの香りがした。

美味しい美味しいと言ってタルトを食べてくれた隼人の顔を思い出し、果穂は駆け足で駅へと向かった。



To be continued...

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