第14話 あなたに

 上下に揺れる馬車の終着駅は大きな建物の前だった。

 昼夜問わずに走り続けて、一体どれくらいの時間が流れたのか分からない。馬車に揺られて何回めかの昼時に到着したのだ。

 乗客三名はやっと踏んだ大地の感触にホッと安堵しながら周りを見渡す。人通りは少ない。降りた場所は宿屋らしく、相乗りした女性が説明してくれる。

「ここは温泉付きのお宿でね、とってもお勧めよ?この街に一つしかない宿だから、あなた、まだ泊まる場所が決まっていないなら、ここに予約をしておくといいわ。他に行く当てがあるのなら心配しないのだけれど」

 どうやらエデンは心配されていたらしい。確かに世間知らずのエデンが旅をするのは自分でも酔狂とも思える。

「ありがとうございます。連れが先にこの地方へ来ているはずなので探してみますね」

「あら、そうなの?これも何かの縁だから、困ったことがあったら、ここの領主館を訪ねてみて。私はそこに身を寄せているの。何かあなたの力になれるはずよ」

「ご親切にありがとうございます」

 エデンが微笑むと女性は屈託のない笑顔を見せてくれる。彼女は迎えの馬車から降りてきた執事に「奥様」と呼ばれて行ってしまう。

 エデンは彼女らを見送って、それからどうしようかと思案する。

 恐らく、スカイは近くにいる。感じるのだ。しかし、会えると思うと、なんだか緊張してしまい、歩き出す勇気が出ないでいる。

 逡巡しているエデンの脇を風が通り抜けていく。

 聳え立つ山脈を間近に見る山間の街はとても美しい。カラフルな花が咲き誇り、可愛らしい建物の並ぶ街並みの中に小鳥が歌い飛んでいる。

 この街のどこかで彼は「希望」を探しているのだ。

 エデンは心を決めると一歩、また一歩と歩き出す。

 あなたに、会いに来ました。

 スカイにそう告げる為に。

 エデンはいつの間にか自分が小走りになっていることにも気が付かず、夢中で大地を駆けて行く。

 息を切らして、ただ彼のことを考えて。

 右手が熱い。

 街を抜け、緑一色の山裾が広がって見える。

 道はいつの間にか砂利道になっていて足元が危うい。

「あ」

 エデンは小石に足を取られて、つまずいてしまう。大地に両手をついて、はあはあと息を整える。

 無闇に走っていた自分がおかしい。闇雲に走り回ったとしても早く会えるとは限らないのに。

「大丈夫?」

 不意に耳元で声がした。

「!」

 パッと顔を上げると金色の混じった青い瞳と目が合う。

「エデン」

 優しく呼ばれてエデンは言葉を失う。

 ただ、ただ会いたかった。

 スカイの細長い指がエデンの髪を撫でた。

「君は少し不器用なのかな?会う時は大抵転けているみたいだけど」

 スカイが彼女を覗き込み、そしてその額に優しくキスをした。

「エデン、会いたかった」

 間近で見るスカイに赤面しながらもエデンは彼を真っ直ぐに見つめる。右手がほんのり光り、熱を帯びている。

「私もよ。スカイ、あなたに会いに来たわ」

「ああ。本当に来てくれた。覚悟はできているってことだね?私はもう君を離さないよ」

 彼の真っ直ぐな瞳にエデンは頷いた。

 スカイは微笑んで、それからエデンを抱き寄せて立たせ、怪我がないか確認する。そして右手の紋章が浮かび上がり光を放つのを確認した。

「エデン」

 スカイが嬉しそうに彼女の名を呼ぶ。そして腕の中に彼女を閉じ込める。

 色々聞きたいことはあるけれど、今はただ、この温もりの中で彼の存在を実感したかった。

 エデンが彼の背中に手を回して、ぎゅっとくっつくと彼の腕に力がこもる。

 あなたに会えて、私は息をすることを覚えたのよ。

 エデンは心の中で話しかける。

 あなたに会えて、本当に幸せなの。

 ただお互いの存在を実感するだけで、力が満ちてくる。それが不思議で愛しい。

 エデンとスカイの物語は、これから始まるのだ。


 あなたが幸せでありますように。

 彼女はそっと祈りの言葉を呟いた。



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白百合に捧ぐ物語 @nanami-tico

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