第13話 再会への道のり

 緑濃い葉を茂らせた街道の木々の中を走り抜ける乗合馬車の後ろの席でエデンはだんだん遠ざかる景色をぼうっと見ていた。

 不思議とどこへ行けばいいのか分かる。

 街道の拠点であるマシムの総合駅で馬車を乗り換え、遠くにそびえ立つアルカイナ山脈の方へ向かう予定だ。温暖な地域のせいか、目に眩しい強烈な色彩を持つ花々が咲き乱れる街道の景色はエデンがまだ見たこともない土地を予感させて心が躍る。

 誰もがエデンのことを元王宮暮らしの姫君だと知らない。ただのエデンとして旅ができるのは新鮮な経験だ。そして。

 旅の目的地には彼がいる。

 早く会いたい気持ちと、会って本当に受け入れてくれるのかという不安がせめぎ合う。離れていた時間の分だけ忘れられていたらどうしようと気が気ではない。

 エデンは馬車から見える景色が変わってきたことに気がついた。

 山裾に広がる野生の百合が目に入ってきたからだ。王宮に育っていた大きく匂いの強い百合ではなく、小さく風に揺られている可憐なものだ。

 あの百合をスカイも目にしただろうか。

 エデンは自分を孤高の白百合と表現したスカイの言葉を思い出す。彼はあの野に咲く百合を見て自分を思い出していてくれていたら嬉しいと、そう思う。

 馬車がゆっくりマシムの駅舎に停まる。

 屋根のある広い駅舎は各方面ごとの停留所案内があり、それにより乗り場が分けられていて、奥には休憩できる待合所も作られている。案内人も多く、困ることはなさそうだ。

 エデンは乗り換えの馬車を探して、アルカイナ山脈の停留所の名前を確認して馬車を乗り換えた。こちらの馬車は乗客数が少なく、座席もベンチ式ではなく個々の椅子になっている。不思議に思っていると案内人が料金を徴収しにやって来た。

「お嬢さん、この馬車は初めてかい?」

「はい。どうしてこの椅子なのか理由があるのですか」

 エデンが財布から紙幣を出して渡すと、それを数えながら案内人は笑顔で答える。

「山脈の方は道が整備されていなくて揺れるんだ。少しでも快適に乗ってもらえるように柔らかいクッション張りの椅子にしているんだ。それにこちら方面は乗客数は少ないがお忍びの貴族みたいな上客が多いんでね。文句を言われないように予め良いものを用意してるって訳だ」

 案内人はお釣りの硬貨をエデンに手渡してウィンクしてみせた。

「それじゃ、楽しい旅を、お嬢さん」

 案内人は馬車から離れて、入れ替わりに大柄の御者が馬車を点検して席に着いた。御者というよりも兵士というイメージがピッタリだったが、エデンは乗客に因縁を付けられても困らない人材を選んでいるのだと悟った。

 しきりにこちらを見てくる御者と目を合わせないようにしながら、エデンは緊張しながら出発の時を待つ。

 しばらくして発車を知らせる鐘の音が鳴る。慌ててこちらの馬車へ向かってくる身なりの良い女性と小姓の二人連れが乗り込んでくる以外は他に乗客がいない。ゆったりした旅ができそうだとエデンは安堵した。

 馬車が出発し、花々の咲き誇る街道を走り出す。

 乗り合わせた女性が小姓の男の子に花の名前を説明している。

 微笑ましい光景に頬を緩めながら、エデンは遠くそびえるアルカイナ山脈を見やる。

 先ほどの案内人が言っていた通りにだんだんと馬車が揺れるようになってきた。座り心地の良いシートのお陰で苦痛はないが、あんまり揺れると気分が悪くなりそうだった。

 ふと視線を感じて景色を見ていた目を前に向けると御者がエデンを気にかけているようだった。傍目にも気分が悪そうだったろうか、と反省していると馬車が街道の脇に寄って停車した。御者がゴソゴソとカバンの中身を探っている。忘れ物だろうか、とエデンがぼんやり見ていると、彼は何かを取り出してエデンの元へやって来た。

「これを。前に乗ったお客さんがね、とびっきりの美人がいずれこの馬車に乗るから、これを渡してくれって頼んでいったんだ。まさか本当に乗ってくるとは思わなかったけど、渡せてよかったよ。酔い止め効果のあるラムネだよ。この馬車に乗る人はだいたいこれの世話になるから」

 ニコニコと手渡してくれたのはラムネ菓子の入った瓶だった。リボンにスカイよりとインクの滲んだ字が書かれてある。

「ありがとうございます」

 受け取って礼を言ったエデンに彼は微笑んで業務へ戻っていった。

 エデンは一つ取り出して口の中に入れてみる。

 ハーブが入っているのだろうか。すっきりした爽やかな味が口の中に広がる。エデンの手元を見ていた小姓の男の子と目が合って、エデンは彼と女性にお裾分けをして、瓶を大切にハンカチに包んでカバンにしまう。

 スカイが先を見越してこれを用意してくれていたのが感動するほど嬉しかった。彼の気配りに、彼が側にいてくれているかのように感じられて心が温かくなる。

 早く、会いたい。

 エデンは右手の甲がほんのり光りを帯びていることに気が付いて胸の前で両手を握りしめる。期待に胸が躍ってしまうのを止められない。

 もうすぐ、会える。

 そう思うだけで、頬が熱くなるのだ。

 こんな顔は見せられないから、冷静になろうと思うのだが、すぐにスカイのことを考えてしまい、考えれば考えるほど、もう自分では止められないくらい彼のことで頭がいっぱいになってくる。

 これはもう病気だわ、と諦めたエデンはニマニマと緩む口元を隠せずに、流れていく景色を眺めていたのだった。

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