第2話 冥海高速ジェット船じごく号 (2)勤務48日目
りゅうぐう博物館というのは東京都八王子市にあった施設で、今はもう閉館しています。八王子市の檜原村側ですね。
そう、つまり山奥ってことです。
龍宮神社というのがあって、もとはその神社の宝物を保管するのが目的の博物館だったようです。この神社は二十年前から跡取り問題に悩んでいて、五年前に社務所が閉鎖になり、今は無人神社になっています。だから御朱印がもらえないんです。
拝殿は結構立派なので、参拝客はいますが、御朱印がもらえないのでコレクターからの評価が低いです。
いるでしょう? 御朱印コレクター。でも逆に、神社マニアからの評判はいいんですよ。秘境のような雰囲気があるからでしょうか。
りゅうぐう博物館は龍宮神社から五キロほどです。そう、結構、離れています。
わたしがりゅうぐう博物館のスタッフになったのは7年前です。
企画・運営担当として採用されました。
まだ二十代でした。
入って最初の二週間は受付の仕事をしました。博物館に来たお客さんのチケット切ったり、一日の終わりにチケット収入を数えたりです。
お客さんの数は、多くはありませんでした。そのおかげで仕事は暇で、とても静かで遅い時間が流れていたのを覚えています。
受付仕事で博物館の雰囲気に慣れたあとは、掃除や管理の仕事をしました。掃除や管理仕事を専門でやっているスタッフがいて、教えてもらいながらやりました。
トイレ掃除は一日に一回、モップがけは午前と午後、ケージや保管庫、機密文書庫の鍵がきちんと閉まっているか確認する作業は一日に三回、室温確認は三時間ごと。この仕事は一週間ほどやりました。
次の一週間はアルバイトの仕事をしました。展示室の端っこに座って、もし展示物に触ろうとしているお客さんがいたら注意をしたり、質問をされた時に案内をして差し上げたりする、そういう仕事です。
でも、これもお客さんが少ないので暇でした。
一日中、ただひたすら、椅子に座っているだけでした。
仕事終わり、アルバイトの学生さんとディナーを御一緒して、これほど暇な仕事が他にあるだろうかと愚痴ったりもしました。今となってはよい思い出です。
そして入職三十二日目。
わたしは館長に連れられて、それまで入ったことのなかった職員部屋に入りました。広いデスクに一人ぽっち、痩せ型の若い男性が座っていて、彼は振り返り、わたしを見てにやりと笑いました。
「へえ。館長、こいつが次の後輩? これまた、筋がありそうなの連れてきたね」
ようやっと、わたしは企画担当の先輩と顔を合わせることが出来ました。
「今、提案しようと思ってる企画がこれ」
先輩はそう言って、わたしに資料を差し出しました。表紙には企画名が大きな文字で記載されていました。
【今夏、八人の王子、八王子で邂逅する】
わたしは首を横に振りました。
「先輩、わたしの無知で申し訳ありませんが、このタイトルから、内容を想像することが出来ません」
「別に秘密文書とかじゃないからね。ページめくって中身を読んでみ」
わたしは頷き、ページをめくりました。
八王子という地名は牛頭(ごず)天皇信仰に由来する。
金烏玉兎(きんうぎょくと)集という、おそらく平安時代に成立したとされる書物の一節に、次のような話がある。
牛頭(ごず)天皇はその前の名を天刑星(てんぎょうしょう)、そしてそのまた前の名を商貴帝(しょうくてい)という。
商貴帝時代、彼は帝釈天に仕え、天界に住んでいた。それは欲とは無縁の高貴なる世界だ。そのうち、帝釈天から探題職を拝命し、欲界・色界・無色界を自在に飛び回るようになった。これが天刑星時代だ。
そして天刑星は、地に下り人間界に転生し、牛頭天皇となった。
牛頭天皇は恐ろしい牛の面相をしていたため、その姿を恐れてか、嫁の一人もいなかった。
それを憂いた帝釈天からある日、言伝があった。
沙竭羅龍宮(しゃからりゅうぐう)にいる頗梨采女(はりさいじょ)を后にするとよい、とのことであった。
牛頭天皇は三日間の物忌みで身を清めたのち、沙竭羅龍宮(しゃからりゅうぐう)へと向かった。
旅路の途中、馬が疲労困憊し動けなくなった。宿を求めたが罵倒され追い出された。
蘇民将来という、貧しいが心根の立派な者と出会い、宿を借りることが出来た。
おかげで、無事に沙竭羅龍宮へと辿り着いた。
牛頭天皇は頗梨采女(はりさいじょ)と結ばれて、仲睦まじく日々を過ごし、八人の子をもうけた。
――八王子である。
本企画では八王子の伝説を追うと共に、八人の王子を八王子の公式キャラクターとすべく、市議会や各自治体に対しても強い求心力のある高いエンターテイメントを目指す。
読み終わったわたしは、先輩に尋ねた。
「八人の王子を八王子の公式キャラクターにするのですか?」
先輩は覚悟ある眼差しでわたしを見た。
「もちろん。そのつもりだ。
第一王子はその名を一郎。またの名を太歳神(たいさいしん)、総光天王(そうこうてんのう)。繊細で生真面目な性格の持ち主。
第二王子はその名を二郎、またの名を将軍(だいしょうぐん)、魔王天王(まおうてんのう)。女と酒とギャンブルが好きな困った次男。
第三王子はその名を三郎、またの名を歳刑神(さいぎょうしん)、得達神天王(とくだつてんのう)。三度の飯よりゲームが好き、生まれながらの引きこもり。
第四王子はレイ、またの名を歳破神(さいはしん)、良侍天王(りょうじてんのう)。上の兄たちを軽蔑してやまないニヒルな精神の持ち主。
第五王子は」
「お待ちください。三郎まできて、次がレイなのですか? なぜいきなりカタカナにするのです?」
「おい新人、先輩の話は最後まで聞け」
「第五王子は」
「シン、とかですか?」
「違う。リンだ。第五王子はその名をリン、またの名を歳殺神(さいせつしん)、侍神相天王(じしんそうてんのう)。兄弟一のサイコパス。兄たちを視線で鬼殺し。
第六王子はその名を」
わたしが「キラ!」と遮ると、先輩は首を横に振る。
「違う、エドワードだ。キラってなんだ、ダサすぎて話にならない」
「エドワードってイギリス……」
「そんなの関係ない! 俺がエドワードと言ったらエドワードだ。
第六王子はその名をエドワード、またの名を黄幡神(おうばんしん)、宅神相天王(たくしんそうてんのう)。宇宙一の放蕩息子。百億光年くらい帰ってこない。
第七皇子はその名をリチャード、またの名を豹尾神(ひょうびしん)、蛇毒気神(じゃどっけしん)。得意料理はスフレパンケーキ。メレンゲ作って女子をいちころ」
「第八王子は?」
「その名をさとし」
「またの名を?」
「大陰神(たいいんしん)、倶摩羅天王(くらまてんのう)]
「世紀が生んだ稀代の末っ子、彼女とのデート代さえも兄たちの財布から」
「うん、惜しいな。デート代はパパの財布から出してもらおう。兄の財布で買うのは彼女の車だ」
「なるほど」
このように先輩と言葉を交わし、わたしは企画について理解を深めてゆきました。
その後、わたしは一週間ほど、過去の企画書を読み漁ったり、イベントを開催する時に手伝ってくれているボランティア団体の人に挨拶に行ったりして過ごしました。
そして、入職四十八日目の夕方。
わたしが定時で帰る準備をしていると、先輩に呼び止められました。
「おい、まだ帰るな。今日は――夜勤だ」
りゅうぐう博物館で働いていた時代(ころ)の話 @asuka_manba
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