11 - 部活動
私たち二人のランチデーは、毎週水曜日に何事も無く繰り返されて、そのたびに私の心を少しずつ満たしてくれた。最初はお昼休みになったら「今から行くね」と律儀にメッセージを送っていた。それも数回続けるうちに、事前に何も言わなくても昇降口で落ち合うようになっていた。私もりんと同じように外に出るためのスリッパを持ってきて、すぐ外に出られるようにした。
お昼を庭園で食べる人こそいても、奥にある低木の裏側はいつも私たちのために予約されているかのように空いていた。解放感も無く眺めも良くないので、きっと人気が無かったのだと思う。でも、お花と青い空が見られる小部屋みたいな雰囲気を、私たちは気に入っていた。
りんが私に部活のことを聞いてきたのは、三回目のランチデーの時だった。
「部活、結局どこにしたの?」
ちょうどその前日のホームルームで、部活の希望調査があった。はがきサイズの希望調査用紙が配られ、学生番号と名前、そして部活の名前を第三希望まで書くことになっていた。その紙を受け取った時、私は記入欄の下に小さく書かれていた文言を無意識に読んでいた。
”入部を希望しない場合は無記入で提出すること”
この数週間は体験入部期間が設定されていて、新入生は気になる部の活動を見学し、体験できるようになっていた。千夏はバレー部とバトミントン部を見に行ったと言っていた。美術部も五、六人が体験入部に来たとりんが言っていた。
私は、どこにも行っていない。
興味が無かったわけじゃない。だけど、どうしても、他の誰かとチームを組んで何かをするような、そんな活動の中に自分がいる姿を想像できなかった。
入部を希望しない場合。その文言を、何度も繰り返し目で追って読む。
私のまわりの子たちは、すでに入る部を決めていてさっさと書き終えた子もいれば、他の子と「えー、迷うー!」と話しながらなかなか書けない子もいた。人気の部活は人数調整のために抽選になることもあるらしい。たぶん、バレーボール部とか吹奏楽部とか、そのあたりだろう。そうなると、第一希望で抽選漏れしたら、第二希望とか第三希望になる可能性だってある。三年間という中学校生活の長さを考えると、その結果はなかなか大きな分かれ道を運命に任せることを意味する。
りんと会うためだけに「美術部」と書くことも考えた。だけど、小倉先輩を見て、そんな私的な理由であの美術室に毎日足を踏み入れるのはさすがに忍びないし、そもそも自分に美術のセンスがあるとも思えなかった。
「そろそろ集めるぞー」
先生の掛け声に、みんながペンを急いで動かし始める。
結局、私は何も書いていない希望調査用紙を提出した。
「白紙で出しちゃった」
私が言うと、りんが、えっ、と驚いた声を上げた。
「入らないの?」
「なんか、あんまりああいうの得意じゃなくて。みんなで集まって何かするとか。一人でするのは好きなんだけど」
「じゃあ放課後何するの?」
「勉強。授業、けっこう楽しいし」
「えぇ……」
まるで奇妙な生き物を見るような目付きでりんが私を見る。
入学してすぐの頃、放課後は図書館で勉強して、部活終わりのりんと一緒に帰ることができないかと目論んでいた。だけど、放課後の図書館は私の想像以上に人が多く、しかもマナーを守らず騒ぐ男子生徒と見て見ぬふりをして(最悪の時は一緒になって騒いでいる)図書委員がいたりして、私の計画は早々にとん挫した。教室も暇を持て余した生徒の溜まり場になっていたりするし、放課後に一人で黙々と勉強して過ごせる場所はなかなか見つからなかった。
結局、潔く家に帰って自分の部屋で勉強するのが一番効率が良いと気付くまで時間はかからなかった。
「中学校から授業難しくない? 全然ついていけないんだけど」
「予習して、授業を聞いて、宿題と復習したら余裕でしょ」
「だからー、それが難しいんだってばー」
どちらかと言えば、りんみたいな感覚が一般的なのだろう。だからこそ、私みたいな人間に「先生」なんてあだ名がつくのだと思う。
「受験生になったらユキに勉強教えてもらお」
「わかるわけないでしょ」
そうツッコミながらも、受験生、という言葉を私は心の中で繰り返した。
小学校は、六年間。でも、中学校は三年間しかない。さらに、りんと同じ学校に通えるのは、たった二年間だけ。そのうち一年間、りんは高校受験の勉強に時間を割かないといけない。
そうすると、私たちはあとどれだけここで一緒にいられるのだろう。あと何回、こうやって一緒にお昼ご飯を食べられるだろう。そんなことを無意識に考えてしまう。
予鈴のチャイムが鳴り、食べ終わったお弁当とレジャーシートを片付けたりんが立ち上がる。
「あっ、そうだ!」
おにぎりのごみをまとめていると、りんが声を上げた。
「忘れてた。あのね、今週末、美術部のコンテストの展示があるの。よければ一緒に行かない?」
「春休みに話してたコンテスト?」
「そう。賞はもらえなかったけど、展示はしてもらえるから」
「じゃあ、りんの絵、見れる?」
「もちろん」
りんが胸を張る。入学式の日からずっと気になってたりんの絵が見られるなら、断る理由なんて無い。
「行く、行きたい」
「オッケー、じゃあ土曜日の九時に駅の改札集合で」
午後の授業の時間が近づき、私たちは足早に庭園を抜けて校舎へと戻る。
「電車で行くの?」
「そう。吉崎駅のとこの文化会館」
吉崎駅は私たちの自宅の最寄から一駅。私たちが住んでいるところが住宅地で、吉崎は街の中心部。ちょっとした商店街とかイベントホールがある。ということを知ったのは少し後になってからのことで、この時の私は吉崎のことなんて全く知らなかった。
昇降口で上靴を履き、階段を上る。二階まで駆け上がったところでりんは手を振った。
「じゃあ、また土曜日ねっ」
私も手を振り返して、三階への階段をのぼる。
席に着いてすぐにチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきて午後の授業が始まる。さっきまでのランチデーが夢だったかのように、私の中学校生活は急に現実に引き戻される。
(土曜日、九時、駅の改札)
私はまるで、朝目覚めた時に見ていた夢を忘れず書き留めるように、ノートの隅にメモを走り書きした。
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