10 - ランチデー

 中学校に入って何か生活が変わったかと言われると、実は大きく変わったことはほとんどない。

 学校に行って、小学校よりも長い授業を受けて、休み時間は友達と喋り、お昼ご飯を食べて、授業が終わったら家に帰る。変わったのは登下校のルート、制服、鞄、教科書、それくらい。

 人間関係も、話す相手や話題こそ変わったけど、本質は大きく変わっていない。小学校の時と同じく、仲間外れにされたり、いじめられたりすることも無く、クラスメイトとは適度に仲良く過ごせていた。

 とくに、千夏が同じクラスにいることは大きかった。


「ユキ、小学校の頃からめっちゃ頭いいから!」

「ホントにっ? アタシもう数学サッパリわかんなくてさー、教えてほし~」

「千夏のせいで予約つまってるから、来週の昼休みとかになっちゃうけど」

「なにそれ、ユキ先生、超人気じゃん」


 千夏がそうやって私のことを触れ回ったおかげで、私のあだ名は「先生」でクラスに浸透した。正確には本物の先生と区別するために「ユキ先生」。正直、「ガリ勉」とか「陰キャ」に比べればずっと好意的だし、悪い気持ちはしない。

 そんな「先生」は昼休みになれば千夏たちとご飯を食べて、求められれば勉強を教えたりノートを見せたりする。そうやって勉強のサポートをしていたら、自然と仲良くなる子が多かった。

 一人ぼっちでお昼ご飯を食べているわけでも、机に突っ伏して休み時間が過ぎるのを待っているわけでもない。客観的に見れば、私の中学校生活は充実している。少なくとも、人間関係の面においては。


 それでも、私からすれば一番足りないものがある。

 それも、小学校から変わっていないことのひとつ。

 りんが私の生活にいないこと。


 もう同じ学校に通っているのだから、会おうと思えばいつでも会える。小学校に比べて、物理的な距離はとても近くなった。それなのに、毎日会えるわけじゃない。小学校の時みたいに、一緒に帰ったりとか、家で遊んだりはしない。だから、私はどうしても中学校生活に物足りなさを感じてしまう。


 入学式でりんとランチデーの約束してから、最初の水曜日まであと何日か、毎日数えて過ごした。運悪く入学式が木曜日だったので一週間も待つことになった。


 最初のランチデーの日。四時間目のチャイムが鳴り終わる前に、私はおにぎりが入ったコンビニの袋を手に席を立った。


「あれ、ユキお昼食べないの?」

「あ、ごめん、今日水曜だから、ほら」

「伊咲さんデーでしょ、毎週水曜」

「あー!」


 いってらっしゃーい、と大して気にもしてなさそうな声を背に、教室を出て小走りで階段を下りていく。集合場所は入学式の時と同じ昇降口。一階に下りたら先に待っていたりんと視線が交わり、りんはにこりと笑って小さく手を振った。


「お待たせ」

「ううん、さっき来たとこ」


 コンビニの袋ひとつしか持っていない私に対して、りんはお弁当と大きめの手提げかばんを持っていた。

 校舎の外でお昼ご飯を食べる人は少数派のようで、昇降口に他の人の姿はほとんど無い。ロッカーの前で、りんは手提げかばんから外履き用のスリッパを取り出した。


「靴に履き替えるの面倒だから、外で食べる時は持ってきてるの」

「私も来週から持ってこようかな」


 昇降口から出て、正門にまっすぐ伸びる道の途中、右手の小道に入って庭園へ足を踏み入れる。そこではぽつぽつと何人かがベンチに座ってお昼を食べていた。一人で食べている人もいるし、カップルで仲睦まじく食べさせあいっこをしている人もいる。


「お気に入りの場所があるんだ」


 そう言って先を歩きだしたりんの背中に着いていく。りんは庭園の奥の方に進み、並んでいた低木の裏側に入った。表からは立ち入れるように見えなかったけど、裏側にも低木に沿ってベンチが並べられていた。ベンチの前には背の高い生垣があって、学校の敷地と外の敷地を隔てていることがわかる。見晴らしは良くないけれども、生垣のすぐ手前には花壇があり、赤色や黄色の小さな可愛らしい花が植えられている。


「ここだと人少ないし、静かで落ち着くの。夏でも涼しいしね。あと、最近そこの花壇にいろんなお花が仲間入りして綺麗になったから、それを見るのも楽しみだったり」


 りんは手提げかばんから小さなレジャーシートを取り出し、ベンチの上に広げて腰掛けた。


「どうぞ」

「どうも」


 私もりんの隣に腰掛ける。

 目の前の生垣はまるでスポンジのようで、時々外の世界から歩く人たちの話し声や車が通る音が聞こえてきた。でも、その音は決してうるさくなくて、木々のざわめきと混じって微かに耳をくすぐるだけ。

 外にいるのに、まるで世界から隔離された小さな部屋の中で二人きりの時間を過ごしているようで、不思議な心地良さがあった。


「私も、ここ好きかも」


 そう言うと、りんは嬉しそうに笑った。


「なんか変な感じ。いつもここだと一人で食べてるから」

「そうなんだ」

「うん。友達と食べるときは教室とか美術室だし、ここは一人でゆっくりしたい時に来るから」

「お邪魔してよかったの?」

「ユキならいいよ。むしろ嬉しい。ずっとこの場所を教えたかったし、一緒にごはんも食べたかったし」

「小学校は学年違うから、給食一緒に食べれなかったもんね」

「ねー」


 りんがそう言いながら膝の上でお弁当の蓋を開ける。ぱっと目に入ったのは可愛らしいたこさんウインナー、にっこりと笑ったくまの顔があしらわれた小さなおにぎり一つに、ミートボール二つ。そして彩り豊かなブロッコリーとトマトが添えられている。


「もしかしてさ」


 りんの手の中のお弁当をまじまじと見ながら言うと、りんは照れ臭そうに笑った。


「うん、自分で作ってる」

「すごっ! めちゃくちゃ可愛い」

「えへへ。ユキにも作ってあげよっか」


 いつも適当に冷凍食品を詰めたり、コンビニで買って済ませる私にとっては魅力的すぎる提案。でも、さすがにちょっと悪い気がする。


「いいよ、手間だろうし」

「そうかな、一人分も二人分も変わらないと思うけど」


 りんはそう言って、ミニトマトをかじった。


「じゃあ二年生になったら作ってもらおうかな」


 何の考えもないただの思いつきだけど、そう言ってみた。それはきっと、ずっとりんと一緒にいたいという私の願望の表れだった。


 私の言葉を聞いたりんはにっこりと幸せそうに笑って、大きく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る