5 - 一年遅れ
りんが中学校に入学してから、私たちが会う頻度は目に見えて減っていった。
平日はまったく会わなくなった。りんは美術部に入り、放課後は部活があって帰るのが私よりずっと遅くなるから、家に遊びに来ることもなくなった。土日はたまに会って遊んでいたけど、りんが中学校で友達を増やすにつれて、私と遊ぶ機会は徐々に減っていった。りんが「ごめん、その日は友達と約束があって」と言う時は、いつも心の底から申し訳なさそうにしていた。私が小学生だから、遅い時間に遊んだり遠くに出歩けないことも、大きな理由の一つだった。
それでも、私たちの関わりが薄くなったわけじゃない。土日でりんの都合が合いさえすれば、すみれ公園に行って遊んだり、どちらかの家でいつもと変わらずにお喋りをしたりして過ごしていた。小学生と中学生の隔たりなんて、私たちには関係なかった。
りんの話題はもっぱら中学校のことだった。小学校よりもずっと広いグラウンドのこととか、授業が難しいこととか、新しくできた友達のこととか、美術部で出会った同級生や先輩のこととか。学校以外にも、まだ私が行ったことがない人気スポット、中学生の間で流行っている漫画や小説などなど、りんは自分の身をもって体験し、手に入れた知識を、一言一句漏らさず私に話した。中学生は楽しいということを、とにかく私に伝えたくて仕方が無かったんだと思う。
私はというと、正直、りんの話にあまり現実味を持てなかった。放課後にみんなで学校に残る部活動、とか、知らない町にある知らない駅の、知らないゲームセンターのこと、とか、それは頭で理解できても、自分の実感に全く結びつかない。口頭で伝えられるりんの話は、まるでどこか遠い国で生まれたおとぎ話のように思えた。自分とは全く違う場所、全く違う世界で生活しているりんの身に起きた出来事。りんの言葉だけを頼りに情景を思い描くには、私の想像力はあまりにも未熟だった。
「中学校、楽しい?」
とりあえず一通り話を聞いたあと、私はいつもそう聞いた。そうすると、りんは決まって満面の笑みで頷き、こう言った。
「ユキも早く来てほしいな」
小学校最後の夏休みを終え、秋が過ぎ、冬休みを迎える頃になると、いよいよりんとはめっきり会わなくなった。りんは毎年春頃にある美術部コンテストに向けて作品を完成させるために、土日も含めて毎日ずっと美術室に籠りきりになっていた。年末までに会ったのは本当に月に一、二回程度で、冬休みは一度も会わなかったと思う。
早々に冬休みの宿題を終わらせて手持ち無沙汰になった私は、一人ですみれ公園へ遊びに行ったりもした。でも、一人でブランコを揺らしてみたり、ちょっと鉄棒を触ってみたりしても、ほんの十数分で飽きてしまう。幼い頃は一人で遊んでいたはずなのに、私の横に誰もいない公園がこんなに退屈になるなんて、想像もしていなかった。
りんは私に会えない代わりに、スマホのメッセージで学校の様子を伝えてくれた。メッセージは一日の終わり、夜に送られてくることが多くて、寝るまでに十通ほどやりとりするのが私の日課になった。
『今日先生に怒られちゃった……』
「珍しい。何しちゃったの?」
『絵のこと考えてたらつい夜更かししちゃって、授業中寝ちゃった』
「それはりんが悪い」
『そうだけど、寝たつもりなかったんだよー! 気付いたら意識失ってたっていうか』
そんなやりとりをした後、りんはいつも、同じメッセージを送ってきた。
『そっちは何か楽しいことあった?』
純粋に私の話を聞きたかったのか、あるいはもしかしたら、私のことを気にかけてそんなことを言っていたのか、それはわからない。りんがいない日々に楽しいことなんてほとんど無かった私は、そんなりんの気持ちも考えずに「とくにないかな」と正直に送ったりしていた。そしたら、りんは決まって『中学校に入ったら楽しいよ』と返してきた。
正直、その言葉を信じていたかというと、かなりあやしい。
りんと一緒に居られれば、きっとまた、毎日が楽しくなるかもしれない。だけど、りんは今、現在進行形で、私が居なくても毎日を楽しそうに過ごしている。もしかして、りんと一緒にいたいと思っているのは、本当は自分だけなんじゃないか。そんな疑念が、じわじわと私の心に生まれ始める。
そんな私の疑念を無視して、時間は進んでいく。
中学校の制服はお母さんと二人で買いに行った。りんが着ている制服と同じ、地味な紺色のセーラー服に青い三角スカーフ。あの時と同じ、裾は数センチ長くて、私の手のひらをすっぽりと覆っていた。鏡で制服に身を包んだ自分の姿を見たとき、りんと違って、全く似合ってないように見えた。心も体も小学生で子供なままの自分が、罰ゲームか何かで中学校の制服を着せられているような気分だった。
気が付いたら迎えていた小学校の卒業式は、あまり何の感慨も無く終わった。中学校への入学は、むしろ、不安と焦りのほうが大きかったように思う。
いよいよ、りんと同じ中学校に行ける。
もちろん、それはとても嬉しい。だけど、それは一年遅れだということも事実。りんは私のいない間に、一年多くの時間を中学校で過ごしている。その一年の差が、私たちの関係にどれだけ大きく影響するのか、わからない。
だけど、私はそんな不安を胸の奥に押し込んで、大丈夫だと信じることにした。
一年の差なんて、大したことない。きっと全部うまくいく、と。
そう信じていた。
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