2 - 小学校

 小学校に入学したあたりから、りんとの思い出の解像度は一気に高くなる。


 同じ校区に住んでいた私とりんは、一緒の小学校に通うことになった。りんの学年は私のひとつ上だから、同級生になることは絶対にない。それでも、私たちはまるで姉妹のように毎朝一緒に学校へ行って、一緒に学校から帰っていた。

 授業が終わる時間は学年ごとに違って、当然、上級生であるりんの学年のほうが私よりも遅い。だから、私はいつも学校が終わったら、正門から出てすぐのところにある花壇に座りこんで、教科書を読み直したり、好きな小説を読んだりしながら、りんの授業が終わるのを待っていた。

 りんの授業が終わる時間になり、チャイムが鳴ってからしばらくすると、上級生たちがぱらぱらと校舎から出てき始める。それからほどなくして、りんがぱたぱたと駆けてくる音が聞こえてくる。男子生徒のダッシュと違い、どこか可愛くてリズミカルな足音なので、いつも足音を聞いただけでそれがりんのものだとわかった。


「おまたせっ」


 息を切らしながら飛び出したりんは、迷いなく花壇に座る私に声をかけた。


「そんなにいそがなくていいのに」


 そう言いながら立ち上がり、衣服のお尻についた砂を払う。


「だって、ユキちゃんとはやくいっしょにかえりたいから!」


 りんはいつもそう言って、楽しそうに笑っていた。

 それから私たちは手を繋いで一緒に帰った。すみれ公園で遊び終わった後、一緒に帰るときみたいに、私たちにとって手を繋いで帰るのは普通のことだった。小学校に入ってすぐの頃は通りすがりの男子にからかわれたりもしたけど、時間が経つにつれそういうことも無くなっていた。


「そういえばこの前、ろう下でユキちゃん見かけたよ」

「うそ、ぜんぜん気付かなかった、声かけてよ」

「だってすっごく遠かったから。二階のはしっことはしっこくらい」

「遠っ。りんちゃん目良いの? よく見つけたね」

「ユキちゃんはどこにいても見つけられるもん」


 りんはお喋り好きで、その日あった嬉しかったこととか、面白かったこととか、楽しかったことをよく話してくれた。もちろん私の話もよく聞いてくれて、嬉しかったこととか、腹が立ったことを話す時、りんはまるで自分のことのように、一緒に喜んだり、怒ったりしてくれた。りんが切ない顔で押し黙っている時は、私も手をぎゅっと握って一緒に悲しんだ。私たちはまるで鏡のように、互いの感情を自分の中に反射させていた。


「算数の小数、ぜんっぜんわかんない」

「あの『ご、てん、よん』みたいなの?」

「そう! ユキ、よく知ってるね」

「まだ習ってないけど、教科書のうしろの方に書いてあったから。りんって算数苦手だよね」

「あれはね、先生が悪いと思う。やなぎだ先生の説明、わかりにくいもん」

「あー、まあたしかに、あんまり教え方うまい先生ではないかも」


 家のすぐ近くまで、通学路のほぼ全てをりんと一緒に帰っていたし、すみれ公園に寄り道して遊んで帰ったり、親の帰りが遅いときはどちらかの家に行くこともあった。家では一緒に宿題をしたり、テレビを見たり、お互いの持っている漫画を交換して読んだりしていた。

 別に他愛もない、小学生なら誰でも経験していそうな、とりとめのない毎日。それでも今思い返せば、あの毎日は私にとってかけがえのない大切な時間だった。


「ユキ、いつもありがとう」


 ある日の帰り道、すみれ公園に寄り道してブランコで遊んでいた時、不意にそう言われた。


「なにが?」

「一緒に遊んでくれて」


 私はりんのその言葉の真意が理解できなくて、どう返事しようか迷った。


「こちらこそ、いつも一緒にいてくれてありがとう」

「えへへ、照れるね」

「急になに」

「ん-ん、なんか、ユキと一緒にいられてよかったなって、そう思っただけ」


 りんはそうやって、何者でもない伊咲りんとして、私の人生を形作る存在として、ずっと私のそばに居続けていた。

 友達、親友、幼馴染。

 私たちの関係はいろいろな言葉で当てはめられるけれども、そのどれも、私にはしっくりこない。もしかしたら、あの頃から、私はりんとの関係性に何か特別なものを感じていたのかもしれない。

 二人きりの帰り道、つないだ小さな手のぬくもりを思い出すたびに、私はそう思わずにはいられなかった。

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