生まれる前から、私たちは

ななゆき

プロローグ

1 - 幼馴染

 運命ってなんだろう。

 生まれる前から決まっている巡り合わせ。

 自分の意志ではどうやっても変えられないこと。私たちは多くの選択を自分で選びながらも、どうしても自分では変えられない運命の上で生きている。

 子供の頃はましてそう。大人たちが選んだものや、決められた道から大きく外れることはできない。


 それなら、私が幼馴染おさななじみと出会うことも、生まれる前から決まっていたのだろうか。


「運命だったのかな」

 私に肩を寄せ、手を繋いだ彼女がぽつりと呟いた。

「私たちが出会って、こうやって一緒にいることって」

 四本の指を絡ませて繋いだ手から、彼女の熱が伝わる。

 世界でただ一人、彼女だけが持っている熱。

 この手がもっと小さくて頼りなかった頃から、私はその熱を知っている。

「ユキ」

 私を呼ぶ優しい声。

 私はその声がもっと幼くて無邪気だった頃から、その響きを知っている。

「りん」

 私も名前を呼んでみると、りんはくすぐったそうに笑う。つられて私も笑って、二人でひとしきり笑ったあと、頬を寄せて、そっと唇を重ねる。


 私たちが辿ってきた道は運命だったのか、それとも、選択の結果だったのか。

 そんなことを考えながら、私はりんと出会った時のことを思い出す。


 りんと初めて出会ったのは三歳の頃だった。

 幼稚園が終わったあと、私はよくお母さんと一緒に家の近くにある「すみれ公園」で遊んでいた。小学生がおいかけっこできるくらい広い芝生と、一日遊びつくせるほどの遊具が設置されている、大きめの公園。

 お母さんは私に運動させようとしていたのかもしれない。だけど、そんなに活発な性格じゃなかった私は、ブランコとかすべり台よりも、砂場で小さなお城を作ったり、公園の隅で植物の間にいる虫を見つけては観察したりするのが好きだった。


「ねえ」


 りんが話しかけてきたのは、私が遊具から離れたところで、そのあたりに生えている草を引き抜いてよくわからない芸術作品を作っている時だった。顔を上げると、水色の可愛いワンピースを着たりんが、じっと私を見下ろしていた。


「わたしもまぜて」


 そう言って私の横にしゃがみこんだりんは、その頃からふわふわでちょっと癖っけのあるショートヘアだった。私の指に摘まれた草をまじまじと見つめる瞳は、大きくてくりくりと丸い目をしていた。私はこの得体の知れない遊びに、いきなり現れたはじめましての子をどう混ぜればいいかわからず、とりあえず草をもう一本引き抜いてりんに渡したらしい(私は覚えていないけど、後からりんにそう聞いた)。その時に何を話していたのかは忘れてしまったけど、たぶん、お互い好き勝手に作った芸術作品を見せ合ったりしていたんだと思う。


 りんと私は違う幼稚園に通っていたので、会うのはもっぱら幼稚園が終わったあと、すみれ公園で遊ぶ時だった。ある日、私が砂場で城を作って遊んでいると、りんはその城の隣に小さな家を作り始めた。りんが砂の中に手を入れた最初の一瞬だけは、自分の城が壊されんじゃないかと警戒した。だけど、私の作ったものを壊さずに黙々と建物を増やしていくりんを見て、私もつられて家やお店を増やしていった。

 夢中になっているうちに、そこそこの規模の城下町が砂場の中に建立されていた。それを見た私とりんのお母さんが二人とも、とても驚いていたことをよく覚えている。

 一通り遊び終わった後の城下町を見た私とりんは、大きな達成感を噛み締めながら笑い合っていた。


 今思えば、それが私たちの心が通じ合った最初の瞬間だった。

 その日を境に私たちは打ち解け、毎日のようにすみれ公園で一緒に遊ぶようになった。りんは遊具が遊ぶのが大好きで、ブランコの乗り方とか、ジャングルジムの面白い遊び方を私に教えてくれた。慣れてきたころには、私たちはいろいろな遊具を駆使しながら、公園全部を使ってかくれんぼや追いかけっこをして遊んでいたのを覚えている。他にも子供はいたはずだけど、なぜか私たちはずっと二人だけで遊んでいた。私たちのお母さんも、この頃にはかなり仲良くなっていたらしい。夕方になったら、手を繋いで家の近くまで一緒に帰って、「またあしたね」と言い合って、夕食を作るお母さんにりんのことをずっと話すのが、幼い頃の私の日常だった。


 もちろん、幼い頃の私たちは将来のことなんて微塵も考えていなくて、ただ毎日、当たり前のようにすみれ公園で会って、一緒に遊ぶことだけ夢中になって過ごしていた。

 それがいつか、同じ小学校に通い、ファーストキスをして、同じ中学校に進学して、いろんな人と出会い、多くの出来事と運命を辿りながら、最後はひとつの大きな選択をすることになる。


 それは他人にとっては取るに足らない小さな物語かもしれない。だけど、私たちにとってはその後の人生を左右する、あまりにも大きすぎる選択。

 そんな未来が待ち受けていることを、幼い私とりんが知るよしなんて無かった。

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