外伝 バッドエンドしかない悪役令嬢になったのですけれど、推しの魔王を幸せにいたしますわ!
「陛下、マンゴーミルクかき氷、マンゴーマシマシでお願いいたしますわ」
「いらっしゃいませお嬢さま。マンゴーミルクかき氷マンゴーマシマシお待たせいたしました」
「陛下のミルクはいつ頃いただけますでしょうか?」
「何度言ったら分かるのかな! 君、その下品な口を閉じないとマンゴーを丸ごと口に詰め込むよ!」
「なるほど、陛下はお口でするのがお好き」
「そんなこと一言も言ってないでしょうがあああああああああ! 営業妨害だよもう帰ってくれないか!」
「陛下におかれましては、いつ頃になればわたくしを陛下の寝室へお招きいただけますのでしょうか」
「招かないよッ!」
「では寝室ではなくてもよろしゅうございますので、いつか島へお招きいただけましたら甚だ幸いにございますわ」
「……まぁ、それは考えておこう」
そういえばあの島、陛下にわたくしとアホ殿下の婚約破棄のために尽力していただいたお礼としての購入時に名前を見たのですがパイズーリ島と申しますのよ。
「陛下はお尻や足派であらせられますか。それとも胸派であらせられますでしょうか」
「君そんなのうっかり答えたら腕に胸を押しつけたり後ろから抱きついて背中に胸を押しつけたりする気だろうチョロい童貞をナメるなよ、そんなんされたら惚れてしまうぞ」
「なるほど、胸派であらせられますのですわね」
「うぐっ……。ち、ちがうもん……」
「おっぱいがお好きですのね?」
「おっぱいは童貞のみならず男なら誰でも好きでしょうが! だがご令嬢がおっぱいとか往来で口にしてはいけませんッ!」
陛下は相変わらず、怒ってもキャラが崩壊しても顔が大変よろしくていらっしゃいますわ。見惚れながらかき氷を口にいたしますと、ただのかき氷が何万倍も美味しくいただけるのでございます。これこそ推しが現世に実在する幸せというものでございますわね。ただいかんせん、わたくしの想いが陛下にどうもうまく伝わっていないようなのでございますの。
「陛下、親指と人差し指をこう、交差させていただけますかしら?」
「何だ一体……こうか?」
「ええ、ええ、さすが陛下。飲み込みが早くていらっしゃいますわ。陛下のハートマーク網膜に焼きつけましたわ」
「訳が分からない。本当に、営業妨害だから帰ってくれ……」
ぐったりと項垂れながら額を押さえた陛下のおくれ毛、ばっちり網膜に焼きつけましたのですわ。尊いの権化ですわ。わたくしを邪険にしながらも言われたことは素直にやってしまう陛下、かわいらしゅうございますわね。皆様もそう思いませんこと?
「陛下、わたくし思い付きましたの」
「なんだ」
魔王陛下であらせられます、エイン様のおっしゃることには魔界で人型の魔物は希少だそうなのですわ。わたくし先日、インキュバス三兄弟のお名前を伺った折に腹筋がよじれるのを堪えたのは近年で一番偉かったと思っておりますの。
だって、長男がナオシタ・イ・チンポジーで次男がサダマラナ・イ・チンポジーで三男がサリゲナ・イ・チンポジーだったのですわよ。チンポジくらい勝手に直してくださいませなのですわ。名前が過分にアレだというのに、三人とも芸術の神に愛されたような美青年でございました。眼福ですが、やはり陛下のご尊顔には及びませんわ。
「このかき氷屋台は見目麗しい男性が店番をしていると有名ですのよ」
「……そうなのか」
「ええ。ですので、店番の男性と記念の肖像画を描けるというスペシャル特典を一ドエロー金貨で受け付けるというのはいかがでしょうか」
「一……ドエロー……金貨……」
「時間がかかって回転数が稼げなくとも、おそらく貴族令嬢に大人気になりますわ」
ちなみに我が家は陛下へ料理顧問として年間二十ドエロー金貨をお支払いしておりますのよ。一ドエロー金貨は百エロイ銀貨と同等ですわ。帝国最高の名誉を賜るアナルローズ帝国騎士団の騎士は最低でも二十エロイ銀貨の月収がございますから、庶民が一生かかっても目にすることのない金額ですわね。
「一時間一枚として……一日六枚程度を見込むと……六ドエロー金貨……」
陛下は顔が世界遺産並みによろしいのですが、お金はお持ちではございませんの。ですからお金の話には敏感でございますのよ。それから股間と童貞のお話にも敏感ですわ。ですからきっと、色んな所が敏感だと推察できますのよ。敏感な陛下。素晴らしいですわね。敏感な陛下という語感だけで白米が三杯はいただけますわ。けれど残念なことに前世の知識からおそらく中世ヨーロッパ風のこの世界に、白米はございませんの。白米を求めていざ、大航海……は陛下の神聖な股間の魔王を美味しくいただいてからにしたいと目論んでおりますのよ。美味しい旅のお供は陛下ですわ。
「シリトア」
「はい、陛下。御前に」
「急ぎ絵を描くのが得意な者の中から特に、絵を仕上げるのが早い者を連れて来るように」
「かしこまりました」
さすが陛下、お金になると見込んだら行動が早いのですわ。そんなところも素敵ですわね。わたくし、早漏でも回数が見込めれば問題ありませんわ。陛下の陛下を見つめ、強く頷きましたの。陛下にもわたくしの気持ちが通じたのか、にっこり微笑んで頷いてくださいましたわ。
「礼を言うぞ、シリアナ嬢。しかし紳士の股間をじっくり眺めながらかき氷を食べるのは止めたまえ。それから帰ってくれ」
つれないところもまた陛下の魅力ですのよ。わたくしは渋々立ち上がって陛下へ手を振りましたの。きちんと手を振り返してくださるのが、陛下のおかわいらしいところですわ。
ドエロイゾ川沿いの大通りシリエロイ通りはドエロミナ城まで続くドエロミナの目抜き通りですの。普通の公爵令嬢ならば共も従者も連れずに一人歩きなど以ての外ですが、わたくしは少し普通とは事情が違いますのよ。
そう、わたくしには前世の記憶があるのです。前世でわたくしは「日本」という国で会社員という平民の暮らしをしておりましたの。まぁ、前世では大体の人間は平民なのですが。
そして前世でよくある異世界転生をしていると気づいたのは、わたくしが五歳の頃でございましたのよ。オシリスキナ公爵家では五歳になると東の森にあるダンジョンで腕試しをするのですが、そこでこの世界が乙女ゲーム「恋と魔法と精霊の約束」通称「こいまほ」の世界だと気づいたのでございますわ。そう。ゲームオタクなら見慣れたステータス画面がダンジョンへ入るなり現れたのです。
「マジ?」
その驚きと言ったら、思わず前世の口調で呟いてしまうほどでございましたのよ。公爵令嬢にあるまじき口調ですの。お恥ずかしゅうございますわ。
「こいまほ」はソーシャルゲームが主流の現代に於いて今どき珍しいオンラインゲームで、乙女ゲームでありながらバトルシーンにも手を抜かないことが売りでございました。メリバ万歳の万人受けするゲームではありませんでしたが、コアなファンが付いていることで有名でしたの。もちろん、わたくしはコアなファンでございましたのよ。このゲームの攻略対象は五人。けれど、二周目限定の隠し攻略対象が存在するのです。
その方がわたくしの最推し。
賢明な皆様はもうお分かりですわね? そう、魔王アナルパァル。エイン・ナゾルト・カイカーン陛下ですのよ。もうこの際、このゲームのキャラクターの名前がクソなことはここでは申し上げません。脚本家いい加減にしろ。アナルパールで会陰をなぞると快感ってどういうことだってばよ。尻とアナルでイクも大概だけども、ヒロインの名前からして三こすり半でイかせるとかどんだけだ。悪役令嬢の名前が尻穴ってどうなんだふざけてんのか。ただでさえ転生して戸惑ってるのに名前を毎回尻穴尻穴言われる身にもなってみろ。
失礼いたしました。少々取り乱しましたわ。そんなこんなで、わたくし最推しに会うために努力に努力を重ねて強くなりましたのよ。つまりわたくしの努力はすべて、陛下のためなのですわ。
ひとえに、推しを幸せにするために。
城門をくぐり、自室へ入ると天蓋付きベッドの脇へ置かれたフランベルジュを手に取りましたの。このフランベルジュには光の精霊王が宿っておりますのよ。本来ならばヒロインと契約するはずの精霊なのですが、何故かわたくしの剣に宿っておりますのよ。何故……、そう。この光の精霊王が殴られて喜ぶド変態だからでございますわ。
「鍛錬か? 鍛錬するのか? シリアナよ。我を思う存分打ち付けるがいいぞ!」
黙れド変態と言いたくなるのをぐっと堪えることができるわたくしはできる子ですわ。そう、やればできる。やればできる子なのです。いつか陛下もヤってしまえばこちらのモノですわ。そのためにも鍛錬は欠かせません。それにわたくしは、ヒロインよりも陛下よりも、誰よりも神よりも強くならなくてはなりませんの。
陛下を、幸せにするために。
「イチ。あの方は今、どうしておられますか」
「……調子、悪いようじゃぞ」
先ほどまで饒舌だった光の精霊王が何とも歯切れの悪い様子ですの。どうにも「あの方」について聞かれたくないようですわね。けれどわたくし、前世でこのゲームをディスクが擦り切れるまでプレイした女ですのよ。隠しキャラを含めてシナリオは全て攻略済みなのですわ!
「小娘」
「何ですの、ド変態王」
「ぐぬ……。おぬし何故、闇の精霊王より先にワシと契約したのじゃ」
ド変態ということに異論はないのですわね。光の精霊王がド変態だなんて、誰が想像できたでしょうか。ド変態ですけれどもこの光の精霊王、顕現すると金髪碧眼のなかなか美形ですのよ。このゲームのキャラクターで変態ではない人物など魔王陛下以外に居りませんでしたわね。納得でございますわ。
「あの方に会うためですわ」
「……おぬしでは、まだちとあの方には届かぬぞ」
「分かっていますわ。それでも、あの方を止めなければ陛下は幸せになれない」
シリアナ・ス・バラシーク・オシリスキナ。このゲームの悪役令嬢。ヒロインの邪魔をし、ヒロインと攻略対象の絆を深めるためだけの存在。そもそも悪役令嬢であるシリアナは聖女ではありませんが、悪役ゆえに戦闘能力は弩級チートで最強なのですわ。二周目で魔王陛下がヒロインと共に倒すラスボスはシリアナですの。
ラスボスのくせに、陛下を幸せにするために強くなるとは何事か、でございますか? そこですわ。ラスボスがわたくしということは、陛下とは逆の属性でなくてはゲームバランス的におかしいのではなくて? シリアナは、ヒロインという聖女が現れたにも関わらず聖女候補からなぜ、外されなかったのか。
明敏な皆様は、大体予想がついておられますわね?
それでも神を屠るには、届かない。
ゲームでは用意されていない、未来を陛下に。
けれどもわたくし、この世界に転生したと理解した時からそれだけを目指してまいりましたの。
そのためだけに、己を鍛えた。そのためだけに、陛下に会った。そのためだけに、ヒロインの邪魔をした。そのためだけに。
「わたくしの願いはただ一つですの」
陛下の願いを叶える。ただそれだけ。
「そのためには、光の攻撃魔法を使う聖騎士団と戦って実戦に備えられればいいのですけれども」
「聖騎士団に喧嘩を売る気か」
「光の精霊王のあなたが、光の神ドライオル・ガズムを信奉するデラエロイケツ聖騎士団と戦うのはいかがかしら?」
「……めちゃくちゃ興奮しますっ!」
「……その己の癖に全力投球な姿勢、正直ドン引きですわ」
けれどヒロインと光の精霊王が契約してしまえばドライオル・ガズムの力が上がると予想されるからには、わたくしが先に契約してしまうのが一番ですわ。徹底的にヒロインの邪魔をする。それがわたくしの願いを叶えるために必要なのです。血の滲むような努力の結果、わたくしは闇と光の精霊王と契約を叶えたのでございますの。あとは、陛下の知らぬところで速やかに実行するのみ。
都合のよいことに陛下は魔物たちを東の海にある孤島へ移住させるため、大変お忙しくていらっしゃいますの。きっと気づかれませんわ。ラストダンジョンもなくなった今、わたくしは毎日ドラゴンの巣へ赴き鍛錬を欠かさぬ毎日でございますのよ。
「ラストダンジョンも制覇したので、もうそろそろ光のドラゴンが現れてもいい頃ですのに……」
「魔王が討伐されてないからなぁ」
「陛下に刃を向けるなんて、わたくしとてもできませんわ」
「代わりになるような闇の存在を討伐すれば、あるいは」
「……」
「……」
イチと同時に視線がわたくしの尻の下で恍惚の表情を浮かべるド変態精霊王に注がれましたの。
「……! 魔王の代わりに、我を討つ気か……!」
「陛下に刃を向けるわけにはいきませんでしょう?」
「我には刃を向けていいのか! 外道め!」
「大丈夫ですわ。ダンジョンボスも倒しても何度でも復活しておりましたもの」
「簡単に言うな!」
「お好きでございましょう? そういうの」
「んんんん好きぃぃぃぃぃぃ!」
大変気持ち悪うございますわ。微塵も迷いなく討伐できます。ありがとう、ニイ。ド変態闇の精霊王。あなたに勝てないわたくしが、あの方に勝てるはずもありませんものね。正直、どれだけ外見が美形でも触りたくありませんが仕方ありませんわ。
「けれどわたくしの部屋を破壊するわけには行きませんわ。陛下に気取られないよい場所はないかしら」
「あるぞ、よい場所」
フランベルジュからトコロテンを押し出すようににゅっと上半身が出ている美形というのは、なかなかにシュールなものがございますわね。フランベルジュと繋がっている見えそうで見えない下半身のソレを、切り離してしまいたい気持ちをぐっとこらえて尋ねましたのよ。
「どこですの、イチ」
「ドライオル・ガズムが初めに降り立った地の神殿だ」
「……そこは法王直轄ではなくて?」
ミナエロイ大陸の中央に女王が治める技術大国ケツナメル王国。お父さまの祖国ですわね。その北西に建国神話でドライオル・ガズムから『この地を治めよ』と聖剣エスジケッチョウを渡された皇王の子孫が治めるエロスキーネ神皇国。エロスキーネ神皇国で広められている教義は大変厳しく、エロアーナ教の中でも区別してエロアーナ教クンニ派と呼ばれますのよ。南西に多民族国家であるカ・ツヤクキィン共和国。一部近海の島ではシャーマニズム信仰が盛んでメチャケ・ツエロイという森林の精霊を崇めているのですわ。森の精霊であるメチャケ・ツエロイと交信することができるシャーマンをムチャエ・ロイと呼ぶんだそうですわよ。獣人が多く暮らす国ですわね。ケモ耳好きにはたまりませんの。北東に神聖メ・スイキ法王領。エロアーナ教の主神であるドライオル・ガズムが初めて降り立った地、デラエロイケツを守る法王インランド・ヘンターイを主とした宗教国家ですのよ。そして南東のここがアナルファック帝国ですわ。
純然たる日本人の皆様におかれましては、ここまで説明したら発狂しそうなわたくしの気持ちがお分かりいただけるかと思いますのよ。そう、この世界人名だけではなく地名もクソでございますの。新しい地名や都市の名前を聞くたびに新鮮に脚本家への殺意が芽生えますわ。
話が逸れましたわね。つまり、ドライオル・ガズムが初めに降り立った地というのは、メ・スイキ法王領の聖地デラエロイケツということになりますのよ。
「あなたがおっしゃるのはドライオル・ガズムが初めて地上へ降り立った時、大地を踏みしめた神の足跡『ゼッチョウ・コウ・コツ』のある場所のことですわよね? 警備が厳重なのではなくて?」
「我が居れば神の足跡から隠しダンジョンへ行ける」
「そういえば、ゲームでラスボスのシリアナが居たダンジョンは『神の足跡』から繋がっていましたわね……」
法王領へは毎年、ドライオル・ガズムが初めて地上に降り立ったとされる六月九日、お父さまに連れられて祈りを捧げに行きますの。ええ。シックスナインですわね。ここまで来るとシナリオライターの執念を感じずにはいられませんわ。
「ではニイ、今日から毎日『神の足跡』で修行ですわ!」
「わしの意見など端から聞く気のないその意気や良し! それでこそ我が主んんっふうぅぅぅぅぅ!」
ニイの耳を引っ張って早速移動いたしますわ。光陰矢の如し、少年やおい易くアナル濡れ難しよく解す攻めの描写腐女子大喜びですわ。ゲームで何度も攻略しておりますので、隠しダンジョンへの侵入経路および手順は攻めをその気にさせるよりも簡単ですわ!
「お覚悟なさいませ!」
当然ですがこのダンジョンのラスボスはわたくしですので、今は誰もいない空間ですの。ドーム型の天井。広々としたつるんと無機質な白い空間。まさに何とかドーム一つ分の部屋へ、早速ニイを適当に転がしますわ。
「ああんっ! 雑な扱い最高ぅぅぅぅんっ!」
「リジェネレーション! 蘇生の魔法を先にかけましたので、一度死んでも復活するはずですわ。闇の精霊王に光属性の蘇生魔法が攻撃になるかきちんと蘇生されるかは謎ですけれども」
「待て待て待て待て!」
「ホーリー・レイ!」
イチの精霊魔法を遠慮なくお見舞いいたしますわ。悪役令嬢としてチート級の強さの上に魔力も底なし。魔力切れとかございませんので、一撃目から光の上級攻撃魔法フルスロットルでございますのよ。
「ホーリー・レイ! ホーリー・レイ! ホーリー・レイ!」
「んああああ! 容赦ない攻撃きぼちいいいいい!」
「ドン引きですわ」
「ドン引きだな」
「しびれるぅ……」
光の精霊王、イチが宿ったフランベルジュを構えますわよ。光の精霊王が宿っているから、聖剣だと陛下がおっしゃっておられましたわね。
「乱れ突き!」
「んおほおおおおお!」
「嬉しそうで大変不愉快ですわね」
「同感じゃ」
「貴様にだけは言われとうないわ! 光の!」
「ホーリー・メテオ・フォール!」
「ちょ、それ聖属性魔法ではないじゃろうがんぎゃああああああ! 正直これはアリ寄りの死ぬうううううううううううう!」
あああああ……。恍惚の表情を浮かべて、消えて行くニイの姿が目に焼き付いて早く陛下の美貌を拝んで目の穢れを祓いたい気分でいっぱいですの。そうですわ。陛下のお部屋に潜んでお待ちしましょうそうしましょう。
お母さまからお許しが出たので、城の者にはわたくしが陛下の純潔を狙っていることは周知されておりますわ。皆が応援してくれるお陰で、陛下のお部屋にも簡単に忍び込めますのよ。
「ふう、今日は疲れたから少しだけ寝ようかな……って君は何度言ったら僕のベッドに潜むのを止めるんだッ! いい加減にっ! したまえよッ!」
陛下のお元気な怒鳴り声を聞いたら魂が浄化されましたわ。疲れた体を癒そうと陛下の小さくかわいい引き締まった臀部へ手を伸ばしたら、容赦なく手を叩き落されましたの。
「そんなつれない陛下もわくわくアドベンチャーですわ!」
「勝手に人でわくわく大冒険しないでくれないかっ!」
「陛下の臀部でケツドラムしたらきっと至上の音楽が奏でられますわ!」
「ケツドラムがなんなのか全く分からないけどろくでもないことだけは確か! 君は! 僕を! 憤死させる気か!」
「陛下のご尊顔は世界遺産に登録決定ですわ! うっすら涙を浮かべて怒鳴る陛下も大変にお顔がよろしくていらっしゃって尊いが極まりますのよ!」
「そんなに僕の顔が好きか君は! だけど絆されないからねっ! 寝なさいよ君は! 令嬢よい子だねんねしな! スリープ!」
大変残念なことに今回も陛下の魔法で眠らされてしまいましたの。不覚にもニイに部屋へ運ばれてしまったようですのよ。蘇生魔法は有効であることが確認できましたわね。大変遺憾ですわ。
「ニイへの蘇生魔法が有効であることが確認できましたので、これから『神の足跡』での鍛錬を日課といたしますわ」
「ちょ、ちょ、ちょ……あふぅんっ!」
かつて闇の精霊王であったド変態をオットマンチェア代わりに踏み付け、ソファへ深く腰掛けましたの。貴族令嬢としてあるまじき態度でございますわ。でも自室にはド変態精霊王ズしかおりませんので、セーフということでよろしいのではなくて?
「毎日がご褒美ですわね?」
「死ぬかもしれないがこれもまたイイ!」
「わしも貴様を突くため、雑に扱われるのがイイ!」
「……」
喜ぶ変態たちを眺めると僅かに暗い気持ちになりましたが、これも陛下を幸せにするためですわ。けれどもわたくしにもご褒美がなくてはなりませんね。そうです。わたくしへのご褒美と申しましたら、何といっても陛下ですわ。睡眠はお取りにならずともよいそうですが、お疲れの時は陛下もドエロミナ城の部屋でお休みになられるようですのよ。朝、起き抜けの陛下の色気が天元突破でここが天国かでございますわ。
「陛下におかれましては今朝も大変にご健勝であらせられまして、わたくし喜びに打ち震えております」
「……僕の股間を陛下と呼ぶのはやめたまえ。息がかかるほんと君やめたまえ童貞暴発してしまったらどうするんだやめたまえ君が思うより数倍は童貞動揺しているから本当にやめたまえ」
動揺する陛下も非常に麗しゅうございますわね。これほどに成功した実写化なんて前世ではお目にかかれませんでしたわ。転生万歳でございますのよ。
「お目覚めになったばかりでわたくしを股間に見つけぐったりなさった陛下とは打って変わってこちらの陛下は威風堂々と
「朝は仕方ないんだよっ! オトコノコだもんっ! 僕の魔王に触れようとするのはやめたまえっ! 股間とか言わないのはしたない! 君、本当に公爵令嬢か! 恥じらいを! 持ちたまえよ! もう恥を捨てて言うぞ! 頼むから! これ命令とかじゃなくて懇願だから! お願いします!」
「なるほど陛下は恥じらいつつ股間を握られるのがお望み」
「誰もそんなこと言ってないでしょ! 人を変態みたいに言わないでくれないか!」
変態は精霊王たちだけでお腹いっぱいでございますわ。けれど陛下が特殊な癖をお持ちならばわたくし、精一杯精進する所存でございますのよ。
「僕はそんな特殊な癖は持ち合わせてないッ! 多分ッ!」
完全否定しないところが陛下の慎重なところでございますわね。そう、人とは常に変化する生き物でございますもの。
股間へじっくりと語りかけたわたくしを、陛下は優しく抱き上げて廊下へ追いやったのでございますわ。女の子には絶対に酷いことをしないのが、陛下が真の紳士である証でございますわね。本日も陛下のご尊顔を拝謁いたしましたので、さっそく闇の精霊王をぶちのめしに参りますわ。朝の軽い運動は健康に良いものですわね。
「精霊王の健康にとっては最悪だが、癖的にはイイッ!」
もうそろそろニイがラスボス化するとか、新たな闇の魔物が生まれるとかこの世界に何らかの変化があっても良さそうなものですのに困りましたわ。陛下を討伐したことにならないとやはりダメなのでしょうか。陛下の童貞を美味しくいただいたら陛下を攻略したことになりませんでしょうか。
傷だらけになって横たわり、うっすらと恍惚の笑みを浮かべるニイを踏みつけながら思案いたしましたの。すでにわたくし、原作を大幅に改変しているのでございますわ。ですから「あの方」の出現条件も変化しているのかもしれませんわね。
「こうなれば、わたくしが魔王として人間界を侵略する外ありませんかしら」
「やめろ、誰も勝てぬぞ」
フランベルジュからイチが答えましたの。ニイは「神の足跡」で討伐された後、蘇生されてリフレッシュしたのか大層充実したという表情でわたくしの椅子になっておりますわ。
「あら。陛下ならば小娘一人くらい、造作もございませんわ」
「あやつが女子に手を上げるわけがなかろうが」
「ですので、女の子に手を上げないという矜持を守り切るためにガラ空きになった陛下の初めてを奪ってしまえばよろしいのですわ。一応わたくしが討伐というか征服されたという形になりませんこと?」
「それは女子に手を上げられず倒されるよりダメージがデカいからやめてやれ。あと単純にお主は何を考えておるのだ到底貴族令嬢の言うこととは思えぬ」
こらえ性のないニイがゆらゆらし始めたので乗馬用の鞭で尻を叩きましたの。
「そうですわ、イチとニイを混ぜ合わせて新しい魔物が作れませんかしら。そんなゲームありましたし」
「精霊王を魔物扱いするな」
「我はッ! どんなに傷ついても雑に扱ってもらえればイイッ!」
気が狂いそうですわ。この思いの丈を込めてこのド変態精霊王どもをひとまとめにして斬り刻んでしまいたいのですわ。蘇生魔法をかけておけば死なないのですから、試しにやってみてしまえばよいのでは? よいですわよね。イチもニイも酷い扱いをされて喜ぶド変態ですもの。
「えいっ」
魔力を込めてパン生地を捏ねるイメージでド変態二人を叩きつけて丸めてまとめて伸ばして叩きつけて伸ばして捏ねて丸めて伸ばして叩きつけて丸めて伸ばして叩きつけて丸めて、「神の足跡」へ叩き込みましたの。元々ド変態同士で親和性が高かったのか、案外簡単に一つにまとまってしまいましたのよ。
「我々の扱いが雑過ぎやしないか。だがそれがイイッ!」
右半分が光の精霊王、左半分が闇の精霊王。ゲームでもよくある、融合しても半分半分融合元のビジュアルが残っている類いですわね。質量的にも初めて対峙した時より僅かに大きくなったかしらといったところですわ。
「本当にド変態が一つにまとまっただけですのね……」
しかしこれはなかなかどうして困りましたわ。すでに大きく原作から剥離してしまったシナリオのせいでございましょうか。いささか分が悪いかもしれませんわ。ド変態でも精霊王。混ぜ合わされた光と闇の精霊王は予想外に厄介な雰囲気を醸し出しておりますのよ。
けれど、わたくしはやらねばなりません。陛下をお慕いしております。その心に偽りはございません。しかしわたくしは陛下への愛のためなどとおこがましいことを宣う気はございませんの。ええ、わたくしは、わたくしの魂のために。
「行きますわよ、イチ、ニイ」
「我らを倒せねば、あの方には届かぬ」
「承知いたしておりますわ!」
光の精霊魔法と闇の精霊魔法の同時発動。なるほどこれは煩わしいですわね。同時発動で相殺されるかと思いきや、乗算で無属性ともまた違う新しい魔法が発動しておりますわ。イチが宿ったフランベルジュを陛下が聖剣と呼んだのも納得ですわね。イチの加護は宿っているものの、今までとは違いますわ。剣先が鈍うございますの。こちらが削るより、削られる方が多いのですわ。
僅かな時間、光と闇の属性が入れ替わる隙を狙って魔法を打ち込む。両方の属性で攻撃されている間は斬撃で徐々に削る。大技を食らう前に回復をして持ちこたえる。ひたすらこの繰り返し。その間に有効な策を探りながらの防衛。
ここまで苦戦したのは久しぶりですわね。懐かしゅうございますわ。陛下と出会うことだけを目標に己を鍛え始めた頃は、こんな風に毎回死の恐怖と戦っておりましたわ。死より陛下をお助けできないことの方が恐ろしいなどは、と申しませんわ。どちらも恐ろしゅうございます。だってわたくしは弱虫ですもの。
人はいつ、死ぬのでしょうか。肉体の死イコール死でしょうか。人は、精神的な死をも克服できませんわ。ですから、わたくしにとって陛下をお助けできないことも、肉体的な死もどちらも死ですのよ。
だからどちらも諦められない。今のわたくしを作ったのは、陛下に出会って陛下を推すことで生きたわたくしですもの。
「ああああああ!」
踏み込め。前へ、前へ。獣のように咆哮して剣を振り下す。体に染み込んだ動作で連続突きを繰り出す。歩みを止めた時、わたくしは死ぬのでしょう。
イチとニイの融合体が同時に魔法を放つモーションが、やけにゆっくりと目路に映る。光と闇。相殺できる魔法をわたくしは持たない。避けることはできない。ならば。
「空間転移!」
「!」
座標はどこへ設定すればいい? これだけの魔法を放っても、被害を出さずに済む場所は。浮かんだのは、たった一つ。陛下のお元気な怒鳴り声が聞こえて来るようで覚えず笑みが零れましたわ。それから景色は白く染まり、ただ目を焼く痛いくらいの静寂だけが眼前に在り――。
わたくし、前世の記憶は段々薄れておりますの。自分の名前も思い出せないほどですわ。けれどその感情だけは鮮やかに刻まれておりますのよ。
そこでは、わたくしは三十をいくつか過ぎた「普通の」会社員でしたの。特筆することなど何もございません。大学時代から付き合った交際相手の居る、ありふれた、私。
愛があったかと問われれば返事に窮するでしょう。ですが愛はともかく、自分にも相手にも情はあっただろうと思われますのよ。三十を過ぎ、他に新しい出会いがないのだからそろそろこの相手との結婚を考えねばならない。お互いそういう、消極的な選択肢でしかなかったことは確かでございますわね。
そんな中で出会ってしまったのですわ。
彼に。そう、陛下に。ただのキャラクター。だたの平面に過ぎない存在だとしても、彼の言葉がただの綺麗事だとしても、それは私にはないものでございましたの。失い続けて流され続けた私の、空洞だった体と心の真ん中に芯が通った心持ちでございましたのよ。「彼」という、彼の言葉という、綺麗事が私のそれまで空っぽだった芯に、信念を作ったのでございますわ。生きる指針、とでも申しましょうか。
「それでも僕は、弟を害するくらいなら僕が引きこもった方がマシだと思ったんだ。それすら消極的な選択をした言い訳だとしても」
ああ、陛下。お優しすぎるあなた。
大げさだと、笑うなら笑えばいい。ただ、この世界に転生して真っ先に思い浮かんだのは。
「あなたを助けられる」
私に、わたくしの魂にあなたというプライドを齎したひと。愛なんて薄っぺらな言葉では表せない。あなたはわたくしの全て。人生の指針。優しいあなたを、わたくしが救うから。
「ようやく繋がった。君、うっとおしいよ。兄さまに図々しくくっついてさぁ。目障りなんだよね」
近い。咄嗟に横へ飛ぶ。ようやく戻った視界は上下左右、全てが白い空間で足場すらあるのかないのか分かりませんのよ。ただ、真っ白な空間に髪も瞳も白い少年が立っておられましたわ。年の頃はそう、陛下よりも二つ、三つ下でしょうか。わたくしと同年代か、一つ二つ年上と思しきその少年は。
胸を張り、腰を突き出す姿は支配する側のもの特有の尊大さを漂わせておられますわね。
「初めまして、いと気高き光の神に拝謁賜り恐縮でございます」
じろり、と眼球だけで見下したわたくしと背丈の変わらぬその少年を、わたくしはよく存じ上げておりますの。ことさら丁寧にゆったりとした所作で片足を後ろに引き、膝を曲げカーテシーをいたしますわ。これから倒すべき相手だとしても、最上級の礼を尽くさねばなりませんの。だって、この方は。
「原初の神、ドライオル・ガズム様」
「ぼくを、ぼくだと知った上で戦いを挑むんだね? 小娘!」
手を横に薙いだだけで、光の矢が飛んできましたわねなにこれあっぶね。でございますわ。
「あなたに、これ以上あの方を傷つけさせるわけには行かないのですわ! ごめんあそばせ! イチニイ!」
「おうよ」
「精霊王使いの荒い娘め!」
イチとニイはまだ融合したままの姿で現れましたのよ。驚きですわね。こんなの、ゲームでは見たことがございませんことよ。イチが防御力強化と攻撃力強化、攻撃無効と魔法無効の呪文を唱えると同時に、ニイは闇魔法を放っておりますの。ただのうんざりするド変態精霊王かと思っておりましたが、イケるかもしれませんわ。
「兄さまを、返せ!」
「嫌ですわ!」
手のひらの動きに合わせて光の矢が降り注ぐ。避けたところへ光の柱が下から突き上げる。魔法攻撃はノーモーションだなんて、聞いてませんわ!
「そもそもあなたのおっしゃる返すって、魔界にですの? そんなのごめんですわ!」
「うるさいっ!」
けれどわたくし、「こいまほ」をディスクが擦り切れてパソコンから取り出せなくなるまでプレイした女でございますのよ! ドライオル・ガズム様の動きは、ゲーム二周目のラスボス、シリアナとそっくりですわ! 今はまだ、物理攻撃が通りませんの。存じておりますわ。だから今は自分に回復魔法をかけつつ、闇魔法で地道にヒットポイントを削りますわ!
「ダーク・アロー!」
ニイの魔法に、ドライオル・ガズム様は抗えませんの。だからわたくしは、無慈悲に闇魔法を撃ち続けますわ。
だってそれは、たった一人のひとと分けたものですもの。闇と光。兄と弟。精神と物質。何もかもが正反対の、けれど互いを愛した心だけは同じ。
「どうして陛下が魔界に引きこもってしまわれたか、誰よりもご存知でございましょう!」
「――っ!」
闇魔法を纏った斬撃を飛ばす。光の矢を掻い潜り、ドライオル・ガズム様の懐へ潜り込み、鋭い突きを繰り出す。深々と突き刺した剣から、赤い雫が零れ落ちると堰を切ったように原初の神から後悔とも懺悔ともつかぬ悲痛な思いが溢れ出したのでございますわ。
「だって、だって兄さまはぼくだけを愛してくれなきゃダメなんだ!」
ドライオル・ガズム様が叫んだ途端にお姿が崩れて溶けて、ドロドロとした黒い塊になって流れ出しましたのよ。それは果てのない空間を埋め尽くさんと広がり続け、叫び続けたのですわ。
だってにいさま、ぼくを褒めてくれなくちゃ。だって兄さま、何が兄さまを悲しませているのかぼくには分からないんだ。だって嫌なんだ醜いものをこのぼくが生み出したなんて兄さまに知られたくないんだ見られたくないんだよ。兄さま、兄さま、どうしてそんな目でぼくを見るの? ぼくが生み出したものだよ、気に入らなければ処分してもいいでしょう? 兄さまに褒めてほしいんだ、醜いものなんて愛せないよだって兄さまには褒められたいんだものどうして、どうしてそんな醜いものを愛するのぼくだけを愛してはくれないのどうして!
「ぼく以外のものを、滅ぼせばぼくだけを見てくれるでしょう? 兄さま」
そう呟いて笑ったドライオル・ガズム自身も、吹き出した黒い粘着物に覆われつつある。黒くてらてらと湿度を含んだ物質の間に、鈍い光を宿した瞳が片方だけ見えた。
「お優しい陛下はそんな世界を、あなたがそんなことをすることを、望まないことがなぜお分かりにならないのですか」
どんなに言葉を尽くしても、心を割いても届かなかった。だから陛下は、ドライオル・ガズム様が自ら創り出した異形の者たちを率いてこの世界を去った。
「殺すことも殺されることも望まなかった陛下のお優しさは、愚かでしょうか。わたくしはその優しさがただ悲しいのでございますわ」
イチの光魔法を纏い、黒い粘着物の中へ手を差し伸べましたの。震える少年の肩を探り当て、抱きしめたのでございますわ。
「そうだ……兄さまはいつでも優しくて……なのに、ぼくが失敗作を壊したらとても悲しそうに泣いていた……」
――こんなことをしてはいけない、オル。創造主である君は、誰よりその子たちを愛さねば。
「分からないよ、どうしてダメなの兄さま。兄さまには、きれいなものだけ見てほしいんだ。だからぼくはきれいなものしか生み出したくないんだ。失敗作は見られたく、なかっただけなのに……!」
ああ。陛下はこの人に語る言葉を持たなかったのでしょう。ただ一言、それでもあなたの生み出したものが愛しいと伝えれば良かったのかも知れませんわね。
「陛下にお会いしたくありませんか、ドライオル・ガズム様」
「でも……兄さまはきっと、ぼくと会ってくれない……」
そう漏らして目元を拭ったドライオル・ガズム様は、さらに幼い姿に変化なさっておられましたの。今はどう見ても五歳くらいの子供に見えますわ。こちらが本来の姿なのかも知れませんわね。
「わたくしがご一緒いたしますわ」
もじもじと両手を後ろへ回して唇をへの字に曲げたドライオル・ガズム様からは、すっかり黒いドロドロが引いておりましたのよ。わたくし、跪いてドライオル・ガズム様のお顔を覗き込みましたの。
「このシリアナ・ス・バラシーク・オシリスキナが保証いたしますわ。陛下もドライオル・ガズム様に会いたがっておられますのよ」
「……ほんと?」
「ええ」
ぷう、と頬を膨らませ足元の何もない空間を蹴ってみせてドライオル・ガズム様は体を左右に揺らしておられます。こうしていると、ただの小さい子ですわね。
「兄さまがぼくと会いたくないとか、怒ったらお前のこと、許さないからな」
「ええ。その時はもう一度、お好きなだけこちらでお暴れになってよろしゅうございますわ。わたくし、お付き合い申し上げますので」
「じゃあ、早く兄さまんとこ連れてけ!」
「事後承諾になって大変申し訳ございませんが、お体に触れてもよろしいでしょうか」
「いいよ」
ゆらゆらと体を肩から左右に揺らす仕草は幼子そのもの。わたくしより少し小柄な体を抱え上げ、転移魔法をかけようとして気づきましたわ。
「ドライオル・ガズム様」
「なに?」
「わたくし、他人を連れて空間転移するのは初めてでございまして」
「怖っ! ぼくがやるから君は兄さまの居場所をイメージするだけでいいよッ!」
ドエロイゾ川沿いの大通り。ドエロミナの秋はまだまだ陽射しが強うございますのよ。その川縁でいつものようにかき氷屋台で御自ら店番をする陛下の前にドライオル・ガズム様を抱えて宣言いたしましたの。
「陛下、認知してくださいませ!」
「いつかやるだろう、いつかやるだろうとは思っていたがシリアナ嬢……一体誰をミンチにして来たんだ……」
「ミンチではございませんわ、認知、認知ですわ! このわたくしと陛下の愛の結晶である子供を認知してくださいませ! ご安心くださいませ! 責任を取って結婚いたしますのでこちらの書類へご署名ください!」
「愛を結晶化した覚えもないものを認知などできるかッ! それは書面にサインなどしてしまったが最後、っていう詐欺の手口だろう! 恐ろしい手法を使うな君、それでも本当に公爵令嬢か! それにその子は僕の弟だ!」
「兄さ……パパぁ~!」
何事かしばらく考え込んだドライオル・ガズム様は、陛下へ向かって両手を差し出したのでございますわ。意外とノリがよろしくていらっしゃいますわ。さすがラスボス原初神ですわね。
「オル! 君まで外堀を固めようとするのはやめないか! 久々に会った兄への仕打ちがこれか!」
「あなた、さぁ我が子を抱っこしてくださいませ」
「パパ?」
道行く人々が陛下とドライオル・ガズム様、それからわたくしを交互に見やり、口を揃えますの。
「抱っこしてやんなよ、旦那」
「めんこい子じゃねぇの」
「きれいな嫁さんもらってアンタ幸せもんだ」
「~……!」
真っ赤になった陛下も大変にお顔がよろしくていらっしゃいますのよ。さすが世界遺産級のご尊顔でございますわ。
「僕は! まだ! 童貞だああああああああああ!」
皆さま覚えておられますでしょうか。イチニイと戦った時、最後に受けた攻撃魔法をわたくしが空間転移したことを。ラストダンジョンの魔王の間へ空間転移された魔法のせいで、ラストダンジョンが崩壊したことを陛下が知るのは無事婚姻届けを提出した後のことでございますわ。わたくしの前世の世界では、大抵の物語はこう締めくくりますのよ。
そして魔王様と悪役令嬢とラスボス原初の神と人々は、末永く幸せに暮らしたのでございますわ!
バッドエンドしかないとかいう悪役令嬢とやらに初めてをもらってくださいと言われた魔王だが聞いてほしい 吉川 箱 @yuki_nisiyama
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