第十四話 地中には

 忠臣は奥に残っていた女中に古賀を呼んでくるよう命じ、人払いをする。何が出てきても外に漏れぬようにしたのだ。


 呼ばれてやってきた古賀の手には、踏みすきが握られていた。忠臣も庭に降り古賀を手伝い、地面を掘り進めていく。小黒は二人の傍から離れず作業の様子を伺っていた。しばらくして、古賀のうめき声が廊下で作業を見守っていた宙子の耳へ届く。


「なんだこれ! 死んでる……。女中のようですよ」


 忠臣は顔をしかめ穴の中を確認すると、こちらに駆け寄ってくる。


「叔母上、あの女中は何者ですか」


「あれは、由良の女中のお玉だ」


 隣で聞いていた宙子は、目をむいた。


「お玉は、病になり実家に帰ったと聞きましたよ。そんな、ここで亡くなっていたなんて」


 小黒が宙子の元へ帰ってきて、膝に飛び乗る。


「あれは、使い魔が入っていた入れ物だな。生霊を払った時にいっしょに使い魔も消えた。で、入れ物は元の死体に戻ったってわけだろ」


 玄生は猫を殺し、その霊を人間の死体に入れて使役すると以前小黒が言っていた。その使い魔が、郁子を操り生霊として宙子を襲わせたということか。生霊を払えば、それを操っていた使い魔も消えた。


 ひょっとして、こっくりさんの時に聞いた不気味な声もその使い魔だったのかもしれない。


「叔母上が知っていることを、すべて話してください。いったいこの奥で何が起こっていたのですか」


 忠臣の追及に、信はがくりと肩を落とし重い口をようやく開いたのだった。




 信が嫁ぎ先から離縁されてこの嵯峨野家に戻ってきた時には、姪の華江が亡くなったばかり。それ以前から体調を崩していた母親の由良はますますふさぎ込み、弥生は稔侍仏に一心不乱に手を合わせる日々だった。唯一、幼い正臣だけが凶事におののく奥で、元気に育っていた。


 信も正臣と弥生のことが気にかかり、たまに二人の元を訪れていた。そんなある日の夜のことだ。夜中にふと目を覚ました信は、どこからともなく忠臣の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


 その声は弥生のものだった。弥生は庭に降り、ふらふらと何かに誘われるように歩いている。信がその視線の先を見ると、黒い人型の影がうごめいていた。信には黒い影にしか見えないものが、弥生には忠臣の姿に見えているようだ。


 弥生がとうとうその黒い影に追いつくと、影は獣の姿に変わり……。




「やめてください! それ以上、聞きたくない」


 忠臣がたまらず信の話を遮った。無理もない。弥生は、忠臣の姿をした化け猫に誘い出されて食われたのだ。最愛の姉が最後に見たものが、自分の偽物だった。


 泣き叫びたい気持ちを、なんとか飲み込んでいるような忠臣の震える背中を宙子はさすることしかできない。


「あの、ではどうして稔侍仏を叔母さまがお持ちだったのですか?」


 宙子の問いに、信は一瞬答えを渋るように口を堅く結ぶ。


「わたくしは、弥生が庭に誘い出されたのは稔侍仏から遠ざけるためだったのではないかと思い。すぐさま、弥生の居間へ向かい厨子の中から稔侍仏を自分の懐に入れた」


 うなだれていた信は、手をつき忠臣に向かって平伏する。


「本来なら、正臣に持たせるべきだった。化け猫が嵯峨野家を呪うのなら、一度家を出たわたくしより男子である正臣を狙うはずなのに……。わたくしは自分かわいさに、幼い甥よりも……。申し訳ない。申し訳ない」


「叔母上、稔侍仏をあなたが持っていても、正臣は無事だったのですから。どうか、頭をお上げください」


 忠臣の慰めにも、信は頑なにこうべを垂れたまま激しく頭を振り出した。


「いいや、いいや。やはりあいつは、正臣を狙っておったのだ。現に今日、正臣を迎えに帰って来た」


「おい! いったいあいつって誰だよ。はっきり言え!」


 小黒が痺れをきらし、猫の鳴き声で信を威嚇した。その刹那、怯えるように信の体はびくりと硬直する。


「叔母さま、正臣さんは今学校でしょ。誰も迎えになんか行っていませんよ」


 宙子は信を落ち着かせるために言ったのだが、今まで黙って聞いていた古賀が青い顔をして口を開く。


「大奥さまが、大磯から朝お戻りになり、正臣さまを学校まで迎えに行くと……」


「何? では、我々が帰ってきた時に見かけた人力車に乗っていたのは、義母上だったのか」


 信は何もかもぶちまけるがごとく、まくし立てた。


「化け猫の親玉は、由良だ。化け猫は弱っていた由良を一番に食い、華江や弥生を襲ったと言った。あいつはわたくしが稔侍仏を持っているのを知って、恐ろしい形相で己の正体をばらしたら正臣どころか、父上もどうなるかわからんと脅してきて……」


 忠臣が刀を持ちすばやく立ち上がる。


「正臣が危ない。学校にはもうすでに行っているだろう。いったいどこに行ったのか」


 総門で人力車を見かけてより、時間が経っている。


「あいつは、正臣が天子さまを見下ろしてみたいと言うておったと、わざわざ奥に来てわたくしに言ったのだ」


 天子さま? つまり、今上陛下のことだ。宙子の中で何かがつながりそうだった。しかし焦って思いめぐらしても、答えにたどり着けない。


「ニコライ堂のことか。建設中のニコライ堂は背が高く、皇居を見おらして不敬だという声が出ているとか」


 忠臣が宙子より早く、答えを出した。湯島に言った時、坂の上から見下ろした木でくみ上げられた足場に覆われているニコライ堂の姿を宙子は見ていた。


「わざわざそのようなことを言い残すってことは、そこに来いってことだろうな」


 小黒が忌々しげに吐き捨てると、忠臣は古賀に命じる。


「馬車の用意を。これからニコライ堂へ行く。このことはくれぐれも内密に」


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