第三話 お友達

 鹿鳴館二階の舞踏室には、練習会のメンバーが集まっていた。宙子は今回で三回目の参加である。


「宙子さま、見てください。似合うかしら?」


 飛鳥井郁子がマアガレットに結った髪に、レースのリボンを結んでいた。幅広の白いリボンは、宙子が前回郁子と早紀子にプレゼントしたものだった。


 郁子はすっかり体調も回復して、頬を蒸気させている。宙子に見せたくて仕方がないのだろう。そんな郁子の横で、恥ずかしそうにしている早紀子の頭にもリボンが揺れていた。


「お二人とも、とってもお似合いですわ」


 実際、幼さが残る若い二人の容貌に繊細でロマンチックなレースは、とても似合っていた。


「今日のドレスも、素敵ですよ」


 郁子と早紀子はそろって今日はドレス姿だった。前回からダンスの練習に加わった二人は、着物では踊りにくいと早速ドレスを仕立ててきた。


 郁子は花柄の地模様が入った赤いドレス、早紀子は生成りの生地に、小花柄が刺繍されたドレス。かわいらしいドレスは、二人によく似合う。


「この間お召しになっていたドレスは大人っぽくて素敵でしたけど、今日の宙子さまのドレスはかわいいですわ」


 郁子にそう言われ、つつじ色のドレスをまとう宙子は気恥ずかしさが勝る。忠臣が宙子のドレスを見立てたいと言い出したので、二着目のデイドレスを誂えたのだが。


 忠臣の選んだ生地は、薔薇の柄の入った華やかなものだった。ちょっと、かわいらしすぎると宙子が言うと、「宙子さんは私の薔薇ですから」とわけのわからないことを言われて押し切られたのだった。


「ありがとうとざいます」


 早紀子の手前、忠臣に選んでもらったとはとても言えずにいたのだが、早紀子はにこにこと笑い宙子に話しかけた。


「宙子さまは忠臣さまのご自慢の奥さまですもの。わたくし、お友達になれてうれしいですわ」


 その言葉は決して嫌味ではなかった。早紀子を差し置いて忠臣の妻の座についた宙子のことを、快く思っていなかったのは事実だっただろう。しかし郁子の宙子に対する態度がころっと変わると、それに早紀子も習ったのだった。


 どうも早紀子は、人に流される性格のようだ。でも、素直と言えば素直な性格とも言える。


「それより、今度のバザーはどういたしましょう? 何を作るか考えてらっしゃる?」


 先ほど、練習会の代表である真壁明子から慈善バザーの話が出たのだ。宙子は初めて参加するので、要領がわからない。郁子にそのことを聞くと、説明してくれた。


「東京病院への寄付を集めるために、ご婦人たちが手作りした品をこの鹿鳴館で販売するのです。売り子にはご令嬢たちが駆り出されて、大勢のお客さまがいらっしゃるのですよ」


「では、お二人も何か手作りされるのですね」


 宙子は、バザーという新しいことに興味をそそられていた。


「わたしく、作るのはいいのですが売り子はたぶんできませんわ。父にとめられます」


 早紀子が、眉をさげて困った顔をした。


「ああ、お武家さんは、商売人の真似事って嫌がりますからね」


 公家の出の郁子が頬に手を添え困ったという顔をして、ちらりと宙子を見た。


「宙子さんは、どうかしら? 初めてですものね。できればいっしょに売り子をしていただきたいけど」


「わたしは、帰って主人に訊いてみませんと……。でも、たぶん大丈夫だと思います」


 忠臣なら否とは言わないとわかっているが、勝手に宙子が決められるものではなかった。郁子は少し安心したのか、早紀子に水を向ける。


「早紀子さんは、前と同じハンカチに刺繍をします?」


「はい。今回はどんな模様を刺繍しようかしら。刺繍は模様を考えるのが、楽しくて」


 いつも物静かな早紀子が珍しく、興奮して話している。早紀子は手先が器用なのだろう。宙子も裁縫はできるが、好きというほどではなかった。


「郁子さんは、何をお作りになるの?」


「そうですね。前回は何も作らずラムネの売り子をしていたのですが、自分で作ったものを売るのも楽しそうだったし……。巾着でも縫おうかしら」


「ラムネなどの食品も出るのですね」


 裁縫より、食べ物を作る方が宙子には向いているような気がした。


「ええ、コーヒーにお茶、お菓子などもありますよ」


 お菓子……。何がつくれるだろう。宙子は顎に指を添え考え始めていた。


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