タイムカプセル

@sikanokodekanoko

 

「ろっくー、そっちおわったー?」

みーくんが箒をかけながら僕に声をかけた。僕らはただ今部室の掃除中である。特に押し付けられたわけではない、なんとなくやってみようかとなっただけである。

「そのろっくっていうのやめない? 恥ずかしいんだけど」

僕は返事の代わりに文句を言った。

「いいじゃん、6月9日生まれでろっく。ぴったりだと思うけど」

みーくんはまるで良いことをしたとでも言いたげだ。正直、ろっくなんて大それた名前、呼ばれるだけで寿命が縮まる思いなのだ。

「そうだそうだー!」

一緒に掃除をしていたせいちゃんが楽しそうに横槍を入れてくる。

「ええ、せいちゃんまで……。みーくんに加勢しないでよ」

「そろそろ観念して受け入れるべきだね、ろっく」

にやにや笑ってせいちゃんが言う。完璧にからかっているときの顔だ。僕はふいと顔を背けて掃除に戻る。その時だった。

「うわあああああああ」

みーくんの叫び声とともにドサドサと何かが落ちる音がした。埃っぽいにおいが一瞬にして部室の中に広がった。

「どうした!?」

「みーくん、大丈夫!?」

急いでみーくんに駆け寄る。こんなことが起きてしまう位には我が軽音部の部室は汚い。

「だ、大丈夫。ちょっとホコリが…… 多いな」

ゲホゲホと咳をしながらみーくんは答える。昔使ったらしい大量の楽譜や模造紙、何に使ったのか分からないような人形まで様々なものが落ちてきていた。

「ん? なんだこれ」

僕はみーくんの足元に転がっている何かを手に取った。何故とったのかなんてことは聞かないでほしい、ただ目についただけなのだ。それはピンク色のキャンパスノートだった。

「やせいのしいたけがしょうぶをしかけてきた……?」

せいちゃんがノートをのぞき込むようにしながら、表紙を読み上げた。

「なにそれ、どういう意味?」

「さあ、昔のゲームとかのオマージュじゃない?」

僕に聞かれたってわかるわけもなかった。僕らの中ではせいちゃんの知識量が一番だ。

「ねえ、ちょっと中身見てみようよ」

そう言ってせいちゃんが僕の手からノートを取ろうと乗り出してきた。興味がわいてきたらしい。

「わ、分かったって。分かったから急かさないで!」

せいちゃんに取られまいと急いでノートを開く。そこにはなんて事のない部活での出来事が綴られていた。新曲が完成したとか、大会に出たとか、ライブが楽しいだとか、引退したくないだとか。ネタがなくなったのか、きゅうりとタコのぶつ切りにキムチ鍋のもとをかけた料理がおいしいだとか、そんな情報も書かれている。そんな記述に対して、赤ペンでコメントが付いていた。走り書き過ぎてところどころ読むのが難しい。おそらく顧問の先生が書いたのだろう。交換ノートみたいだ。ノートの中には「ごめんなさい」といった謝り文句や反省の様子も書かれていた。というかそれが半分以上である。それなのに部活が心底楽しくてしょうがないとこのノートが訴えてくるのだから不思議だ。思わず顔がほころんでしまうのはなぜだろうか。

「ふーん、なんか不思議な感じ。私の知らない軽音部だ、時代を感じる」

せいちゃんがぽつりと言った。

「確かに」

僕も同意する。

「おい、俺をハブって楽しそうにしてるなよ。俺にも見せろっ!」

さっきまで座り込んでいたみーくんが急に話しかけてきたと思ったら、僕に向かって手を伸ばしてきた。勢いよく向かってきたみーくんをかわし切れず、ノートを取られてしまう。

「うわっ、強引にとっていくなよ。破れたらどうするんだよ」

「そこまで強く引っ張ってないだろ……ってあれ?」

ノートを持って行ったみーくんから表情が消える。

「これ、俺の従妹のねーちゃんがいる……」

普段のみーくんからは想像もつかないような小さな声だった。

「「えええええええええ!」」

僕らは驚きのあまり叫んでしまう。

「やだ、世間って狭いのね」

おちゃらけた様子でせいちゃんが言う。しかし、顔は本気で驚いていた。

「まったくもって同意見」

「うわー、ねーちゃんには黙っておこう……」

みーくんは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。その様子に僕らは苦笑いをするしかなかった。

「でもあれだな、昔も今もライブとかで感じることって変わんねーのな。意外」

ノートをぱらぱらとめくりながらみーくんは言った。確かに、それは僕も感じたことだ。このノートが最後に書かれてから十年近くたっているはずなのに、共感できることはかなり多かった。

「そうでもないんじゃない? 古典作品と同じでさ、昔も今も人間の感じることなんて変わらないから千年後にも残ってる、ってのと同じ理屈なのかもよ」

せいちゃんがもっともらしいことを言っている。こういう時は大体誰かの言葉の受け売りだ。

「つまりこのノートは軽音部の古典作品だと?」

僕は尋ねる。

「そういうこと」

せいちゃんはにやっと笑って言った。正解らしい。

「いや、ねーちゃんまだ生きてるからな」

みーくんは呆れたように突っ込む。

「とりあえず、みーくんがまき散らしたホコリ何とかしないとね」

せいちゃんは服に着いたホコリを払いながら言った。

「箒持ってくる」

僕もホコリを払いながらロッカーに向かう。

「ええー、俺のせいなの?」

みーくんは不服そうに唇を尖らせた。兎にも角にも、感傷に浸る時間はもう終わりである。僕らは古典にあふれた部室の掃除を再開した。

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