もどきのきもち ~誓いと幸せ~


 コホコホと可愛い咳払いで誤魔化すフィオナが、愚かな獲物に見え、笑いが込み上げる。


「ふっ……ふふ……ふふふ」


 立ち上がり、一歩踏み出しただけで容易に彼女の前へ立つと、柔らかい腰を引き寄せた。ふわりと鼻腔をくすぐる石鹸の香り。

 身体の芯から放たれる熱に、さっきまでの涙が、ヒリヒリと刺激を伴いながら蒸発していく。その刺激が、自分を“男”から、更なる何かへ変えた。


「ああ……そうだな。俺はもう怖くない。だけど……」


 腰を曲げ、唇がほんの少し掠める絶妙な距離で、弱点へ囁く。

「フィオナは怖いんだろう? ……か・み・な・り」


 顔を赤く染め、ぶるっと震える彼女。耳を塞ごうとするその手首を、ガシッと掴んだ。


「寝てやるよ……一緒に」


 小さな身体をそのまま神官のベッドまで引きずると、柔らかい布団の上に落とし、上に覆い被さる。

 ……なんて簡単なんだろう。雨で濡れた草の上を、両手で必死に引っ張ったあの頃が嘘みたいだ。


「なっ……何言ってるの! 聖女様に怖いものなんて、ある訳ないでしょっ」

「……じゃあ何で、普段は煩いのに雷の日は静かなんだよ」


 ……知っていたよ。雷が鳴ると、すぐに部屋中のカーテンを閉めて大人しくなること。「大丈夫よ!」なんて俺の手を握りながら、自分の方が震えていたことも。寝る時だって、布団に顔を埋めて、自分の方からくっついてくるんだ。

 だから俺は、雷の日が好きだった。……フィオナのプライドを守る為に、気付かないフリをしていたけどな。


 何か言おうと開きかけた彼女の口を、自分のそれで塞いだ。

 薄くて、柔らかくて……とにかく優しい。

 ぽかんと開いたままの扉から、更に深い場所に侵入し、有り余る熱で口内を燃やしていく。熱くて甘くて熱くて……舌が熔けてしまいそうだ。


 彼女の鼻からふがっと出た変な音に、思わず唇を離し笑った。


「……色気ないな」

「いろっけって……あっ……あんた……子供のくせに!」


 ……馬鹿だなあ、フィオナは。今、こうして向き合う俺達には、歳なんて関係ないのに。対等……いや、俺の方が少しだけ優位だ。

 はあはあと息を切らす彼女の姿に、限界が近付く。


「子供じゃなくて……もう大人の男女なんだろ?」


 濡れた唇をペロリと舐め、甘い余韻を楽しむと、視界を隠す邪魔な銀髪を後ろに掻き上げた。

 この期に及んで身体を起こそうとするフィオナに、体重をかけ、ぐっと押さえつける。柔らかい彼女と密着したことで、痛みすら伴う身体の一部に感動を覚えた。


 フィオナの顔が、赤から青に変わる。可哀想な程震える口から、やっと言葉が絞り出された。


「あんた……あんた、まさか……」

。……魔力で」


 ああ、どうしよう……怯える彼女を見ても、熱は収まるどころか高まるばかりだ。

 すぐ傍で轟く雷鳴が熱情を煽り、彼女の芯へ向かい一気に加速した。





 ────まだ温かい波に揺られている様だった。心地好いのに、目が冴えて全然眠れない。


 冷徹皇太子の手順なんて、どこかへ消え去ってしまった。フィオナの身体はどこもかしこも愛しくて……ただ夢中で触れては、唇を落とした。


 気を失った様に眠るフィオナの腹部に手をかざし、オパール色の光を放つ。彼女の背中の傷を治したあの日から年々強さを増していた魔力。治癒だけでなく、身体を内から整えることが出来るのではないかと……使ったことはなくても、感覚的に成功する自信があった。

 慎重に受精を促し、二人の小さな絆を確認すると、ホッと安堵が押し寄せる。

 彼女がよくつまんでは、ため息を吐いている腹。ぷにぷにした可愛くて温かい腹。これからはもっと愛しく感じるのだろうと、両手で優しく包み込んだ。



 目が覚めたか……

 眩しい朝日の中で、うっうっと嗚咽を漏らすフィオナに手を伸ばし、赤毛をそっと撫でた。


「大丈夫? 辛い?」

「……辛いに決まってるでしょ」

「このこと、言いつける?」


 絶対にそんなことしない。分かりきっているのに、フィオナの反応が見たくて、しゅんと目を伏せてみる。


「言いつける訳ないでしょ!」


 布団の中でわあっと声を上げるフィオナ。何も説明しない内にこんなことになってしまったのだから、不安になって当たり前だ。きっとこの涙も、魔力を使い聖女を穢してしまった俺を案じてのものなのだろう。


 だけど……一つになってみて分かった。

 彼女は、俺を男として愛していてくれていることを。

 唇にも深く応えてくれたし、抱き締めれば肌を求めてくれた。自分が送る熱い波に、流されるのではなく、一緒に乗ってくれたから。


 きちんと説明しなければ……夕べのことは、決して過ちなどではないことを。彼女を護る為に必要不可欠だったということを。


 そう決意した自分より少し早く、フィオナが口を開く。


「……レオなんか嫌いよ。大嫌い」

「フィオナ」

「もう私の可愛いレオじゃない。仕事の時以外は近寄らないで、話しかけないで」

「嘘つき。可愛くなくたって、好きなんだろ? 俺のこと」

「嘘なんか吐いてない。“男”のあんたは大嫌い」


“大嫌い”

 八年以上を共に暮らして、初めて言われた言葉だった。

 本心じゃないと分かっていても、胸が抉られる。

 愛してくれていると思ったのは勘違いだったのだろうか、熱に浮かされ、見たいものを見ていたのだろうか。

 ……その答えは、きっとフィオナの瞳にある。


 必死に握りしめている布団を剥がし、彼女をひょいと仰向けにすれば、自分を見つめる細いオパール色は、熱の中で切なげに潤んでいる。ずっと向けて欲しかった瞳が、確かにそこにあった。

 嬉しさのあまり、ほろりと裸の言葉がこぼれる。


「……俺は好きだ。デカくて頼もしかった時のフィオナも、小さくて頼りなくなった今のフィオナも」


 彼女はごしっと涙を拭い、強いオパール色を返す。


「好きとか嫌いは関係ない。私は聖女で貴方は神官。聖女は女神。神官は女神の遣い。それ以上でも、それ以下でもないわ」

「……だから? 俺と距離を置くって?」

「そうよ。こんなことしたら……国に災いが起きるかもしれないわよ」

「災いねえ」


 勘がいいなと可笑しくなり、ふっと笑ってしまう。

「そうだな……フィオナの言う通りだ。こんなことをしていたら、近々災いが起きるかもしれない」



 俺はふと、パモの言葉を思い出した。


『坊や、聖女ちゃんみたいなはね、押せ押せじゃ駄目な時もあるよん。たまには引いてみるといいかもっ』


 続いて、腹黒騎士の台詞を思い出した。


『素直じゃない女は、引いて待つ。恋愛の鉄則だ。……ほら、その間貴女は、俺のことが一秒たりとも頭から離れなかったはずだ。もう気付いただろう? 自分の気持ちに』


 二人のアドバイスを、今こそ実行する時だ。



「いいよ、そうしよう。仕事以外は近寄らない、会話は必要最低限。それで文句ないか? どうせ俺も、当分フィオナには触れる気なかったし」

「うっ……うん……」


 何を考えたのか、急にくんくんと身体を嗅ぎ出すフィオナ。

 相変わらず面白くて……可愛いな。

 緩みそうな頬に力を入れ引き締める。


「何してるんだ?」

「なっ、何でもないわ……」

「ふーん、じゃあ意見は一致ってことで」


 ベッドから降りるとフィオナを抱き上げ、パーテーションの向こうの女神像のベッドへ寝かせた。


「あっちのシーツ、洗濯するから此処で寝てろ。朝食も作って持ってくるから」


 あれこれ想像したのか、みるみる赤くなる彼女の顔。眉を寄せ、きゅっと唇を結び抑えようとしているが、今にも煙が出そうだ。

 どうしよう……やっぱり……


「強烈だな」


 これ以上傍に居たら、また襲いかかってしまう。

 彼女に背を向け神官像のベッドへ戻ると、結ばれた証と温もりの残るシーツを素早く剥がし、部屋を後にした。




 こんな形でなくとも、元々距離は置く予定だった。フィオナと子供にとって、今は大切な時期なのだから。

 身体を治して以来、魔力でこまめに欲望を抑えてはいるものの、フィオナの本当の温もりを知ってしまった今となっては、いつ暴走するか分からない。


 触れたら抱き締めたくなるし、話したら愛を囁きたくなる。何もせずに一緒に寝るなんて、もう絶対に無理だろう。


「おやすみ」


 フィオナの寂しげな表情かおに手を伸ばしかけるも、何とか耐えそれぞれのベッドに向かう。布団の中で燻る身体に手をかざせば、急激に冷えぶるりと震えた。


 ……きちんと説明をしなかったのは、少し意地悪をしたかったから。俺のことを避けて大嫌いなんて言った彼女の頭を、俺で一杯にしてみせたくなったから。そんな子供じみた理由だった。


 長い時間の後、パーテーションの向こうでやっと寝息が聞こえると、足音を立てぬ様に彼女の元へ向かう。

 腹部に手をかざし、順調に育っているのを、こうして毎晩ひっそりと確認していた。




 そうして二ヶ月後、ついにその時は来た。


「災いを鎮める為に、聖女様には一週間後の聖還せいかんの儀式にて、女神様の元へお還りいただきます」


「その必要はございません」


 きっと真っ青になっているだろうフィオナを背中へ隠し、憎らしい女性神官達の前へ立つ。

 落ち着け……堂々としろ。自分は最高神パモラウスの化身なのだから。


 フィオナの腹部に手をかざせば、オパール色に光る可愛い胎児が浮かび上がる。


 ……パフォーマンスは、無事に上手くいった。

 後は頼んだぜ、パモ。




 ソファーに座った途端、緊張から解放された手足が震えていることに気付く。落ち着かせる為に、祝いの品からクッキーを一枚取り出すと、フィオナにさっと取り上げられた。


「食べる前に、話を訊かせて」

「食べさせてくれたら話してやる」


 口に近付いたクッキーを、指ごとぱくっと咥えれば、きゃあ! と驚く。その反応に満足すると、彼女を膝の上にぐいと引き寄せた。

 久しぶりだな……フィオナの温もり。クッキーよりも、こっちの方がずっと落ち着く。


 不満気に開きかけた薄い唇に、しっと指を当てる。パモのこと、災いのこと、取引のこと……順を追って話し出した。


 だけど……その中で一つだけ、俺はフィオナに嘘を吐いた。


「ねえ……実際の所、どうなの? 聖女が生贄になれば、災いは終息するの?」

「いや、生贄だの何だのは人間が勝手に決めたことだから。たとえ聖女の命をもらっても、定められた苦難は取り下げられないって言ってた」

「そう……なの? それじゃ私の命を捧げても、無駄になってしまうってこと?」

「ああ。馬鹿馬鹿しいだろ?」


 細い目の下をつつけば、簡単に涙が零れる。

 ……やっぱり嘘を吐いて良かった。


 お腹の子供の話をすると、複雑な顔をされる。きっと何か誤解をしているのだろう。

 彼女を膝から下ろし隣へ座らせ、しっかりと手を握った。


「神の子を身籠っていれば、もしその場で生贄になれって言われても、フィオナを護れると思ったんだ。ただパモの御告げだの化身だのって言うより、一発で神官らを納得させられるだろ。胎内を見せるあの派手なパフォーマンスで、俺の魔力もパモから授かった神聖なものだと勝手に思い込んだらしいし。好都合だった」


「何で話してくれなかったの?」


「あの誕生日の夜、フィオナにちゃんと説明して……想いも伝えてから、抱くつもりだった。なのに別々に寝るって言われて、ショックだったから。……無理矢理ごめん」

「ショック?」

「好きな女から避けられたんだ。抱いた後も大嫌いなんて言われて……ショックに決まってるだろう。お腹の子供の為にも、ずっと我慢して距離を置いてた」


 つんとそっぽを向く自分が、幼なすぎて笑えてくる。

 ……本当に学習しないな。


「……レオ、もし私と神殿ここで二人で暮らしていなければ、貴方は私を好きになっていなかったかもしれないわ。ずっと一緒に居たから……ただの依存かもって、そう考えたことはない?」


“もし”…………


『もし、どちらかに先に出逢っていたら、二人を同時に愛することなどなかったかもしれないわ』


 あのヒロインと同じだな。

 うんうんと頷き、そして笑った。


「女って、本当に“もし”が好きなんだな。恋愛小説とやらに書いてあった通りだ」

「恋愛……小説! あんた、まさか私の本勝手に読んだの?」

「知識を得る為に、本は何でも読めって言ったの、フィオナだろ?」

「それはっ……小さい頃の話よ! やだあもう!」

「おかげで色々と役に立った。……な?」


 ボンと噴火する彼女をからかいたくなり、わざと目を細め、舌を出してみる。コレ、弱いだろ?


「まあとにかく、“もし”とか“もしも”なんてのは、俺から言わせたらくだらねえ。んなん、考え出したらキリがないだろ」

「でも……もし他のが聖女だったら、そのを好きになっていたかもよ? もし神殿ここから出て自由になったら、色んな出逢いがあるのよ?」


「それはない」


 涙交じりの、彼女の綺麗な鼻水を指で拭う。


 親子の情も、友情も、そして恋愛も……愛なんて、所詮は依存だ。

 フィオナの傍に居たい、誰より大事にしたい。依存だろうがなんだろうが、俺はその想いだけで構わない。

 けど、それじゃ彼女は納得しないだろう。他にもっといい言葉が…………そうだ。


「“運命”だって考えればいいだろ? 聖女と神官……見えない糸で神殿ここに手繰り寄せられ、年月ときを経て愛を育んだ。“運命”の前には、“もし”も、“もしも”も敵わないんだよ」


 おっ、その顔……冷徹皇太子の口癖が刺さったな。


「“運命“なんだから、フィオナだって俺のことが好きな筈だ。“男”として」


 そうよ、大好きよ!

 フィオナの単純な顔がそう言っている。よし、畳み掛けるぞ。


 俺はソファーから降り、床の上に跪いた。


「順番はぐちゃぐちゃになったけど……フィオナ嬢、私と結婚していただけませんか? 貴女のことも、子供も、私が一生お護り致します」


 震えるフィオナの手を取り、ポケットから取り出したオパールの指輪を薬指へ嵌め、その上に唇を落とした。

 ふふん……どうだ? 冷徹皇太子の必殺技だ。痺れるだろ?


「あの……お腹の子って、パモ様の子なの?」

「……は?」

「だってレオはパモ様の化身なんでしょ? 私の身体を通して何たらって言ってたじゃない」

「あれは……! 神官達を納得させる為にそう言っただけだ! 確かにパモとは気が合うし、取引した時点で化身もどきなんだろうけど、フィオナの中に……胎内にまで介入を許した覚えはない!」


 思わぬ発言でムードをぶち壊したフィオナに、怒りさえ覚える。散々シミュレーションして、準備したのに!


「この子は間違いなく、俺とフィオナの子供だ。それにあの夜は、絶対覗くなって言っておいたし」

「やだ! もし覗かれてたらどうするのよ! パモが嘘吐いてるかもしれないでしょ!」

「あの人、嘘吐くの下手だからすぐに分かる。ゲームもめちゃくちゃ弱いし。……もしフィオナの裸を覗いていたら、俺がぶっ飛ばしてやるから安心しろ」


 そこはかなりパモに念を押した。万一覗いたら、魔力は絶対にやらないし、二度と遊んでやらないと。


「……で? 返事は?」

「返事?」

「プロポーズの返事だよ」


 結局いつもの雰囲気になり、気の抜けた俺は、床に胡座をかきムスッと腕を組む。


「背も高い、顔も良い、賢くて家事も万能、おまけに最高神の化身だ。こんな高スペックな男、何処を探しても居ない。文句あるか?」


 冷徹皇太子よりも腹黒騎士よりも上等だろ。文句なんか言ったら、思いきり抱き締めてやる。


 フィオナはソファーから降りると、目線を合わせ、薄い唇をチュッと俺に重ねた。


「ないわ、ちっとも。貴方が好き、大好きよ。天使でも王子様でもないけど、ただの一人の男性として大好き」


 ”大好き”

“ただの一人の男性として大好き”


「フィオナ……」


 夢じゃないかな……

 嬉しくて、幸せで、嬉しくて、やっぱり幸せで。


 そのまま抱き寄せ、フィオナの顔中に余す所なくキスの雨を降らせる。

 ……クッキーよりも甘いな。腹ペコだった子供の頃に夢見た、砂糖の塊みたいだ。

 口内を存分に堪能した後、唇を赤毛へと滑らせ、もじゃもじゃの中に顔を埋めた。


「レオ……あんた、私のどこを好きになったの?」


 そんなの決まってるじゃないか。


「強烈に可愛いところ」


 今まで言えなかった分、これからは好きなだけ言ってやる。

 もう、冗談だなんて思わないよな?





 ◇


 その後、パモは約束通り、すぐに災いを終息してくれた。俺も約束通り、魔力を半分渡したところ……なんと、二百年後に延期した残りの災いを、全て鎮めることに成功したらしい。


「腰が治ったらめっちゃ調子良くてさ! 生贄なしでも出来ちゃったよ! 坊や、魔力をありがとねっ」

「こちらこそ、助けてくれてありがとな」

「いいんだよん! 儂ら、神友でしょ」

「いや、化身だろ?」


「ぐふふっ、どっちでもいいよん。災いは綺麗サッパリ消えて、死者は最小限に抑えられた。坊やと聖女ちゃんは心が通じて夫婦になり、お腹には可愛い天使。おまけに自由もゲット! これでみいんな、本当にハッピーだねっ」


「そうだな……幸せすぎて怖いくらいだ。油断していたら、失うんじゃないかと」

「それでいいんだよん。幸せと恐怖は表裏一体。恐怖があるから幸せを護れるの。この辺りでもう何年も戦争が起きないのも、恐怖を知っている人が多いからだし」

「へえ……たまには神様っぽいことも言うんだな」

「当たり前でしょっ! 儂、これでも最高神よ?」

「……最高神。なあ、最高神は、“神の眼”で何でも見えるんだよな? 嘘も邪智も」

「おうっ!」


 俺は神官像にずいと近付き、目の奥を覗き込む。


「俺も最高神パモラウスの化身なんだから、見えるかもしれないなあ……あんたの嘘が」

「えっ! なっ……何言ってるの!」

「覗いてないよな? あの雷の夜を」

「覗いてない覗いてない! ぜっっったいに覗いてないよ!」

「もしフィオナの裸を見たら、最高神だろうと何だろうとぶっ飛ばすからな」

「見ない見ない! これからも絶対に見ない! 最高神だって命は惜しいもん!」


 神は死なないだろと内心ツッコミながらも、嘘は吐いていないことは分かった。何せもう八年の付き合いだからな。


「フィオナの信頼を裏切らなければ、三人でゲームが出来るかもしれないぞ。あっ……その内人数が増えたら、トーナメント戦も出来るな」

「うほーっ! 儂、その日を楽しみに、お仕事張り切っちゃうからねっ。さっ、今日は何処に加護をプレゼントしちゃおうかなあ」


 神官像の向こうで響く、パキパキと腕を鳴らす音。

 こんなところも父ちゃんに似ているな。……そうだ、安定期に入ったら、互いの家に里帰りしよう。アイツにも会わなきゃならないし。


 俺もパキッと腕を鳴らした。




 それから数ヵ月後、祈りを捧げる名目で、フィオナの故郷に里帰りした。

 フィオナと共にオープン型の馬車から手を振れば、あちこちから歓声が上がる。騒がしいのは嫌いだが……二人なら、こういうのも悪くない。“幸せ”って、強力な魔力みたいだな。


 聖女らしく懸命に手を振る彼女をこちらへ向かせたくなり、可愛い弱点に唇を寄せた。


「フィオナ……子供も落ち着いたし、神殿いえに帰ったらまた一緒に寝ないか?」


 顔を赤く染めながらも、余所行きの顔でなんとか微笑む彼女が可愛い。本当に可愛い。


「……嫌。パモさんに見られるかもしれないから」

「神官像に目隠しすればいいだろ? それか女神像のベッドでもいい」

「どっちも嫌。目隠ししても嫌」

「仕方ないな……そう言うと思って、キングサイズのベッドを注文しておいた。帰ったら届いていると思う」


 文句ないだろ?

 額をくっ付け、くすりと笑い合う。


「フィオナ!」

「フィオナ様ー!」


 人の妻を、図々しく名前で呼ぶ声が。

 見れば、ニタニタのっぺり顔の男と、ぽっちゃり女が沿道から手を振っていた。


 ……アイツか。写真よりも痩けているが、間違いない。


 隣を見れば、フィオナが奴らに笑顔で手を振っている。憂いなんて何処にもない。今日の空みたいな、カラッと晴れやかな笑顔で。

 でも、それすら面白くない。


 パッとその手を掴み、膨らんだ愛しい腰を引き寄せた。


「“ジェフ”に魅せつけてやろうぜ。神聖な儀式を」



 ────これはただのキスじゃない。唇から全身へ広がる鮮やかな幸福。


 パモ、最高の演出を頼むぜ。


『おっけー♪ いつもより余計に架けておりまーす』




 ~おまけ・完~

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失恋して聖女になった私と、少年神官との淡い幸せ 木山花名美 @eisi0922

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