もどきのきもち ~真実と愛~
「……災い?」
「おう! 今から一年後に起きるよん。ちょうど周期にぶつかっちゃったの。悪いこともないと、自然の摂理が歪んじゃう。これも神様のお仕事だから許してねっ」
嫌な予感に胸が騒ぎ、シャッフルしていたカードが手から滑り落ちた。
「どんな……どの程度の災いだ?」
「そうだねえ。詳しくは言えないけど、何もしないでいたら、国の人口が半分位に減っちゃうかも」
“何もしないでいたら”
その言葉に、全身が冷たくなる。
「……何もって?」
「もう! そんなこと儂の口から言わせないでよ! 聖女ちゃんの“お仕事”って言ったら分かる?」
万一天変地異や戦争が起こった場合は、災いを鎮める為に、聖女の命を女神に捧げなげればいけない。
『聖女』と言う名の『生贄』。
俺達は……フィオナはその為に、
「そんな……駄目だ。生贄なんて、絶対に駄目だ。どうせそんなの、迷信みたいなものだろ?」
「迷信なんかじゃないよ! 聖女ちゃんの命は、神様の世界ではすっごく貴いんだから。“生贄”なんて言い方はしたくないけど、神力を補給してくれる貴重な宝石みたいなもの。だから儂達もそのお礼に、もらった神力で災いを鎮めてあげることが出来るの。聖女ちゃんのおかげで、沢山の人が助かるんだよ?」
握り締めた拳が、ミシミシと音を立てた。
「……沢山助かる? そんなの知ったことか。フィオナを失う位なら、何人死のうが構わない」
「こらっ! 神官なのにそんなこと言っちゃ駄目じゃん」
「うるさい! アイツは貴重な宝石なんかじゃない! アイツはもじゃもじゃで、うるさくて、よく食べて、よく寝て、毎日楽しそうで、だけどたまに切ない顔をする時もあって……優しくて、抱き締めると温かくて……すごく可愛い。笑顔も、怒った顔も、全部真っ直ぐで……かわっ……いい」
喉にしょっぱいものが流れて、上手く喋れない。
「……アイツは俺のものだ。神の世界になんかやらない。どうしても奪おうとするなら、アイツを連れて地獄の果てまで逃げてやる。離れるよりずっとマシだ」
「うほーっ! 情熱的い! でも、肝心の聖女ちゃんの気持ちはどうなのさ? そんなことしちゃったら、生贄になるより苦しむんじゃない? 国民を見殺しにして、坊やまで不幸にしちゃったって」
「それは……」
「聖女ちゃんの優しさは、坊やが一番分かってるでしょ? 苦しめちゃ駄目だよ」
「そんなこと……だって……じゃあどうすれば? 好きな女を、見殺しにしろって言うのか!?」
「大丈夫だよ! 肉体は滅んでも、命は儂らの元に生きるから。聖女ちゃんは儂らが大切にお預かりする。坊やは自由の身となって、家族の元に帰れる。災いは終息し、余計な死者を出すこともない。ねっ、これでみいんなハッピーじゃないの」
……ハッピーだと?
「ふざけるな……最高神だかなんだか知らねえけど、人を見下ろして、弄びやがって。フィオナを見殺しにして自由になったって、俺が幸せになれる訳ないだろ。いいぜ……それならフィオナを生贄に出来なくしてやる」
「ええっ! そんなこと出来るの?」
「純潔を奪ってやるよ。どうせ死ぬなら、二人仲良く死刑になってやる」
「だって……坊やは……その……奪えないじゃない?」
「……どうだろうな。やってみなきゃ分からないだろ。早速今夜、試してやろうか」
興奮し神官像を睨みつけるも、次第に冷静さを取り戻していった。
……ここまで言ってしまったら、幾ら友好的な関係を築いてきたパモとはいえ、どんな行動に出るか分からない。
聖女を護り、神の元へ還さなければいけない立場の神官が、聖女を穢し、神を冒涜しようとしているのだから。
最悪今、俺は此処で始末される可能性も……そうしたら、一人残ったフィオナは結局生贄にされてしまう。
馬鹿だな、俺。逃げるにしても、純潔を奪うにしても、もっとよく考えて上手くやればよかった。よりによって最高神相手に、怒りと焦りをぶつけて。だから俺はいつまで経っても、フィオナに子供扱いされたままなんだ。
神官像の目が険しく吊り上がり、カッと見開く。
……終わりだ。
覚悟を決め、目を瞑る。…………が、
「かあっこいい!!!」
パモの叫び声と共に、ファンファーレが鳴り響く。同時に目から、過去最高の大量の花びらが降ってきた。
「儂、坊やのその言葉を待ってたの! 聖女ちゃんの純潔を奪っちゃうなんて……きゃっ! 最高神をも恐れぬ情熱! これぞラヴよねえ、ラヴ! そこまでの覚悟があるなら、儂も応援しちゃうよん」
「……はあ」
何がどうなってるんだ……とりあえず殺されはしないってことか?
「最高神が個人的な理由で応援なんかしちゃ駄目なのかもしれないけどさ。ほら、坊やの淡い恋をずっと見守ってきた立場としては、背中を押してあげたくなっちゃうじゃない? ぐふっ」
「はあ」
「それに坊やが神官辞めて家に帰っちゃったら、儂つまらないもん! 誰が儂とお喋りしてくれるの? 誰がゲームしてくれるの? 折角逢えた神友なのに……寂しくて泣いちゃうっ。だったら聖女ちゃんと一緒に
ずっとフィオナと暮らす……
そんな淡い幸せを、護ることが出来るのだろうか。
「ねえねえ! ところで坊やはさ、自分で身体を治せるんでしょ? 治癒魔法で」
魔法……使えること気付いていたのか。
「あっ、驚いた顔して! もちろん気付いているに決まってるじゃん! 坊やの身体から、めっちゃ強力な魔力がいつも駄々漏れだよん」
「気付いていたのに、何で咎めなかったんだ? 神様は魔法が嫌いなんだろ?」
「全っ然! それこそ迷信だよ! パワーバランスが崩れない様に、国が魔力持ちの人間を管理して押さえつけてるだけでしょ。魔法、便利でいいじゃん!」
こんなに必死に隠し続けていたのに、まさか迷信だったとは。だけど国は、魔力持ちの神官を赦さないだろうな。欺いていたのは事実だし。
「ねえ、相談なんだけどさ、坊やのその魔力を半分儂に分けてくれない? 最近腰痛が酷くて酷くて。本当はずっと気になってたのよね、その魔力」
「……最高神なのに自分で治せないのかよ」
「それ言っちゃう!? だから言いたくなかったのよ。神様は意外と、自分達のことには力を使えないもんなのっ」
魔力…………そうだ……
「……いいぜ、半分なら。但しダダではやらない」
「えっ、儂、一文無しよ?」
「金なんかいらない。その代わり、あんたの力で災いが起こらない様に抑えろ。フィオナの命じゃなく、俺の魔力と引き換えに。それが交換条件だ」
するとパモは、珍しく渋い声で答えた。
「うーん、災いを完全に抑えるってのは無理なんだよね。周期は決まっているからさ。ちゃんと一年後に起こしてあげないと、自然の摂理に大きな歪みが生じて、もっと大きな災いが起こっちゃう。定期的に、溜まった負のエネルギーを解放してあげないと爆発しちゃうって言えば分かる? 一旦災いを起こして鎮めるにしても、やっぱ生贄の神力がなくちゃ困難かな」
「じゃあ、災いを少しだけ起こして、残りを俺達が寿命を全うした後……たとえば、何百年か後に延期することは? 鎮めるんじゃなく一部延期。それなら生贄なしでも可能か?」
「うーん、無理! って言いたいとこだけど……出来ちゃう! それなら一旦負のエネルギーを解放することが出来るから、大きな歪みは生じないし。残りの分の周期をちょっとだけいじって、ズラせばいいんだもん。そうしたら、本来は二年ちょっと続く予定の災いを、今回は数ヶ月で収めることが出来る。それでいいなら、腰の為に喜んで交換条件呑んじゃうよん。 やったー! まりょくっ、まっりょくっ♪」
意外にもすんなり許可され、ホッと胸を撫で下ろす。
よかった……でも……
「でもさ、最低でも数ヶ月は災いが起こるけど。その間に聖女ちゃんを生贄にって話になったら、坊やはどうやって護るの?」
そこなんだよな。
「穢しちゃいましたって言う? でも、いざって時に聖女ちゃんを生贄に出来ないことが発覚したら……ひゃっ、怖い。生易しい刑じゃすまないかもっ。どうするどうする? 難しいねえ」
穢した……穢す…………
そうだ。穢すどころか、既成事実を作ってしまえばいい。俺には、きっとその力がある。
手には自然と、オパール色の光が輝いていた。
「パモ、あんた、俺と神友なんだよな?」
「おう! そうだよ! 唯一無二の神友だよん」
「だったら俺は、あんたの化身も同然だよな?」
「化身かあ。なんか大げさだけど、呼び方は何でもいいよっ。……なになに? なんかいい考え思いついちゃった?」
「まあな。まだ教えてやらないけど。魔力を利用すれば、きっと上手くいく」
「ええっ、気になるなあ。まあ上手くいくならいいや! さ、取引成立ってことで、早く魔力ちょうだいっ」
「取引……か」
俺は散らばったカードを、一枚ずつ拾い集めながら淡々と言う。
「魔力はまだやれない」
「ええっ! なんで!?」
「一年後に本当に災いが起こって、数ヶ月で終息するのを確認してからだ。魔力だけ取られて、後で心変わりされるかもしれないだろ。最高神の方が立場が強いんだから、まずはこっちの約束から履行してもらう」
「そんなあ! 儂、そんな卑怯なことしないのに。信じてよお」
「フィオナの命がかかってるんだ。慎重にいく。それに、自分の身体を治すのにどれだけ魔力が必要か分からないから、大切にとっておきたい」
「えっ! 今すぐに治して奪っちゃえばいいじゃん!」
「……そんなの嫌だ。身体だけじゃなくて、ちゃんと心も繋がりたい」
きちんと想いを交わしてから、フィオナと一つになりたい。
その為にはまず、神官でも、同居人でも、弟の様な存在でもなく……“男”だと認めてもらわなければ。
「坊やのそういう誠実なとこ、儂大好きなんだけどさ。でも……でもっ……腰が……うわああああん! もう限界なのにい!」
「神様にとっては、一年なんてあっという間だろ? あとちょっとだけ我慢しろ。……俺にとっては、大事な一年なんだから」
一年……あと、たったの一年。
成人した俺を、フィオナは大人の男として受け入れてくれるだろうか。
◇
それからは俺は一年後に備えて、“大人”に近づく為の努力をした。
女にきゃあきゃあ騒がれるのは大の苦手だが、上手くなった営業スマイルで、週一の儀式もそつなくこなした。
一層筋トレにも励み、出来るだけフィオナに身支度を手伝わせる。俺の身体に触れて、男だということを意識してもらいたかった。
もちろん俺からも、今まで以上にスキンシップを図る。フィオナの恋愛小説を参考に、女が好きらしいシチュエーションや、甘い言葉付きで。
18歳の誕生日が近づいた頃、パモに協力してもらい、こっそり指輪を用意した。
(いつもの神殿配達だと、フィオナにバレるからな)
身体も治して、予行練習もバッチリだ。経験はないが……冷徹皇太子と同じ手順で進めれば問題ないだろう。どうせフィオナも経験がないのだから、後はぶっつけ本番。互いの波に委ねるしかない。
『フィオナ嬢、私と結婚していただけませんか? 貴女のことは、私が一生お護り致します』
大切な言葉を、頭でシミュレーションする度に、彼女の驚愕する顔が浮かぶ。
間もなく起こる災いのこと、フィオナを護る為に身体を重ねる必要があることも説明して、了承を得なければならない。……上手くいくのだろうか。
……大丈夫。きっと大丈夫だ。
一年間、あれだけ努力してきたじゃないか。男女としての距離も充分縮まったはずだ。
自分を奮い立たせながら迎えた誕生日。……不安は的中してしまう。
それは、俺の為に作ってくれたバースデーケーキを食べている幸せな時だった。
「ねえ、レオ。貴方に話があります」
改まった物言いに、嫌な予感がした。聞きたくないけど、聞かなきゃいけない。
「……何だよ」
「今日で、貴方は成人になったわ。つまりね、私達、もう二人とも大人なの」
「……だから?」
「今夜から別々に寝ましょう。血の繋がりのない大人の男女が、同じベッドでくっついて寝るなんて、よくないわ」
「何がよくないんだよ」
「それは……世間一般的に。大人なんだから、もう分かるでしょう?」
「全っ然分かんねえ!」
クリームで汚れた顔を拭いて欲しかったのに……自分でやれとばかりに、素っ気なく渡されたハンカチを、バンとテーブルに置く。
「此処は世間一般とはかけ離れた世界だろ。俺とフィオナの二人きり。誰も居ない、誰も見ていない。何を気にする必要があるんだよ、馬鹿馬鹿しい」
違う。こんなことを言いたいんじゃなくて……
俺の言葉が癪に障ったのか、フィオナも両手をバンと置く。
「誰も居なくても、誰も見ていなくても、私が気にするの! いい? 幾らデカくたって老けてたって強烈だって、私は一応女性なのよ? あんたは大型犬を触ってる感覚でしかないんだろうけど、何の血の繋がりもない若い男にくっつかれる身にもなってよ! 少しは気を遣いなさい!」
若い“男”…………と認めてもらえてはいる。けど、その上で距離を置きたいということは……そういうことか。
俺は一年間、何をやっていたんだろう。下手に男女であることを意識させてしまったせいで、逆にフィオナが俺から離れようとしている。
子供のまま、傍に居た方がマシだった。そうしたら……こんな風に彼女の気持ちを知って、こんな風に傷付くこともなかったのに。
「……分かった」
口から勝手に言葉が出る。
「分かったよ。別々に寝る。それでいいんだろ」
何も考えられない。今はただ、その場から立ち去りたかった。
「もう寝る」
一人寝室に入ると、子供の頃の様に、部屋の隅で膝を抱いた。溢れそうなものを飲み込み、無意識に口元を拭えば、その手には白いクリームが付いている。
身体は大人になっても、やっぱり俺はまだ子供なんだな。男として愛してもらえなくて当然だ。
昼間だって、フィオナのしつこいファンが髪の毛一本持って行こうとしただけで、ふてくされてしまった。
どうしてもっと大人な対応が出来ないんだろう……余裕のない自分が情けない。
……結局シミュレーション通りにはいかなかったな。
ポケットの上から、指輪の小箱を探る。
フィオナの心はもらえない。だけどフィオナを護る為には、一方通行のまま身体を重ねなければならない。こんなに辛いことがあるだろうか。
「……どうしたの?」
心配そうに尋ねるフィオナを見上げて、自分が泣いていることに初めて気付いた。
……いいさ。もう取り繕ったって仕方ない。情けなかろうが、幼かろうが、自分の気持ちを全部ぶつけてやる。
鼻を啜ると、低い声で言い捨てた。
「嘘つき……」
「え?」
「フィオナの嘘つき」
初めて一緒に寝た日……ずっと一緒に寝てやるって言ったら、ありがとうって答えたくせに。別々に寝ようとするだなんて、嘘つきだ。だからずっと離れない。
そう訴えるも、別々に寝ないなら他の神官らに言いつけるとまで叫ぶフィオナ。
言い終わり、ふうと彼女が息を吐いたと同時に、凄まじい雷鳴が轟いた。
「……ひっ!」
耳を抜ける弱々しい悲鳴に、全身が喜びに湧く。
ああ……なんという幸運だろう。
これで堂々と彼女を抱き締めることが出来るじゃないか。
点滅する光が照らす暗い室内。それを見た瞬間、自分は、子供から男に変わった。
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