第6話 オパール色の虹
……仕方がない!
こうなる可能性があることは承知の上で
毎日お祈りするだけで、美味しい物を食べたり、好きなことをしたり、散々贅沢をさせてもらった。大切な務めは、きちんと果たさなきゃ。
それに何より……
可愛くて生意気な、小さな神官様に出逢えた。
愛しくて生意気な、素敵な神官様にもね。
私が生贄になれば、レオは自由になれる。
身体だって治ったのだから、子供だって望めるじゃない。(神殿の追跡を上手く躱せればだけど)
うん! きっとこれ、奇跡みたいなタイミングなんだわ。失恋して逃げたかった時に、聖女の募集があった様に。レオを守る為に愛から逃げたかった今、生贄宣告された。もう願ったり叶ったりじゃない!
なんて……威勢の良いことを思いながらも、多分私の顔は真っ青になっている。それでも女性神官様は、眉一つ動かさずに、淡々と説明を続けた。
「儀式までの注意事項が幾つかございますので、今からご説明致します。まずお食事ですが……」
「その必要はございません」
美しい声と共に、レオが私の背後から、すっと前へ出る。高くて広い背中が、まるで私を護ってくれる壁に見えた。
「聖女様は、女神様の元へお還りになる必要はございません」
「どういうことだ」
途端に険しい目に変わる神官様達にも怯まず、レオは堂々と続ける。
「神官像を通して、私は最高神パモラウス様より、御告げを受け取りました」
「パモラウス様だと?」
神官様達は顔色を変え、視線を交わす。
“パモラウス”
それは神々の頂点に立つ最高神であり、各国の主神らから一番格下の神まで、全てを纏める最高権力者だ。もちろん、我が国の主神、女神パメラよりも格上の存在である。
「はい。この国に起きている災いを回避する為には、私をパモラウス様の化身とし、聖女様の御身体に最高神の御子を宿す様にと」
「なんと……! では!」
「はい。私の身体を通して、聖女様の御身体に、パモラウス様の御意思を注ぎました。こちらをご覧ください」
レオが私の腹部に手をかざすと、オパール色の光の玉が、ぽうっと輝きながら浮かび上がった。
「これは……!!」
「最高神パモラウス様と、女神パメラ様の御子にございます。大切に護り育てることで、この国に加護をもたらすでしょう。災いも直に終息すると」
神官様達はどよめくと、私とレオの前に一斉にひれ伏した。
「パモラウス様万歳!」
「パメラ様、御子様万歳!」
「最高神の御加護は、我が国の手に!」
おこさま……? ごかご……?
訳が分からずレオの方を見ると、含み笑いを浮かべながら、偉そうにふんぞり返っていた。
その後、何も注文していないのに、神殿の祭壇には食べ物から宝飾品まで、祝いの品が山盛り届けられた。とうとう溢れて、臨時の祭壇まで設けられた程だから、今日は自分の注文なんて何一つ出来ない。(愛読雑誌の発売日だったのに、残念)
いやいや、今はそんなことどうでもいいのよ!
レオ、じゃなくて……パモラウス様の化身? に、訊きたいことがたっくさん!
ソファーにドカッと座り、祝いの品の中から、早速お高級クッキーを取り出したレオ。一枚手に取り、口の前まで持って行った所で、サッとそれを取り上げた。
「食べる前に、話を訊かせて」
「食べさせてくれたら話してやる」
あーんと開けられた綺麗な口の中に、仕方なくクッキーを持って行けば、指ごとぱくっと咥えられる。
きゃあ!とらしからぬ声で驚いていると、膝の上にぐいと引き寄せられた。
文句を言おうと開きかけた口に、レオはしっと長い指を当て、楽しそうに話し出した。
「……ベッドの神官像を通して、元々パモとはよく会話してたんだ」
パモ……パモって、まさか最高神パモラウス様のことじゃないわよね?
私の表情から言いたいことを察したのか、レオは勝手に答えてくれる。
「そう、パモラウス。暇そうだから、遊んでやってた。こんなに波長が合って、会話出来る人間は居なかったから嬉しいとかなんとかで。あの人偉そうにしてるけど、話せばただのおっさんだし。調子いい所が、何となく父ちゃんと雰囲気似てるかも」
最高神をただのおっさん呼ばわり……おまけに“父ちゃん”……くらくらしてきた。
そういえば……レオったらあんなに怖がっていたくせに、少し経ってからは、よく神官像のベッドに本やチェスを持ち込んでゴロゴロしていたっけ。夜は怖いって言って、必ず私と一緒に女神像のベッドで寝ていたけど。
ん!? ということは……もう子供の頃からとっくのとうに、神官像なんか怖くなかったんじゃないの! 騙された……
「で、国に災いが起こることも、大分前から聞いていた。人間に与える苦難は周期で定められている。これも神の仕事だ、許せって」
「何で……何で知ってたのに言わなかったの!?」
「言った所で、パモの意思は変わらないんだから、どうにもならないだろ。むしろ混乱を招くだけだ。それよりも……その災いとやらのせいで、フィオナが生贄になることの方が問題だ」
ふんと鼻息を荒くするレオ。
「問題って……私は生贄になる為に、神殿で待機している様なものなのよ? お仕事なんだから、仕方ないじゃない」
「強がるな。あんなに青い顔していたくせに」
優しい手で頬を撫でられ、涙と一緒につい本音が飛び出してしまいそうになる。どちらもぐっと堪え、話題を変えた。
「ねえ……実際の所、どうなの? 聖女が生贄になれば、災いは終息するの?」
少しの間の後、レオはキッパリと答えた。
「いや、生贄だの何だのは人間が勝手に決めたことだから。たとえ聖女の命をもらっても、定められた苦難は取り下げられないって言ってた」
「そう……なの? それじゃ私の命を捧げても、無駄になってしまうってこと?」
「ああ。馬鹿馬鹿しいだろ?」
そうだったの……
肩の荷が下りた様な……複雑な気持ちだ。
ああ、ほら……我慢していたのに。
温かい指で目の下をつつかれ、涙が零れてしまう。それをつと拭いながら、レオは思わぬことを口にした。
「……だから、取引してやることにした」
「取引?」
「フィオナが生贄にならなくても済む様に、パモと取引したんだ」
最高神と取引……背筋がゾクリとする。
か弱い女の子なら卒倒していたかもしれないけど、つい前のめりで耳を傾けてしまう自分が悲しい。
「パモは前からずっと、俺の治癒魔法に興味を持っていて。最近腰痛が酷いから、半分魔力を分けて欲しいと言われていたんだ」
「神様なのに……腰痛? 自分で治せないの?」
「無理らしいぜ。最高神のくせにな。だから交換条件を出してやることにした」
交換条件……
「半分魔力を分けてやる代わりに、災いの残りを何百年か後に延期しろと。そうすれば、本来は後二年続く予定だった苦難を、数ヶ月で収められる」
「パモ……ラウス様は了承したの?」
「ああ。それなら少し周期をいじるだけだから問題ないらしい。とにかく腰痛が限界らしいから、早く魔力が欲しいって」
自分の腰痛の為に災いの周期をいじっちゃうなんて……レオの言う通り、ただのおっさんなのかもしれない。
「だから、生贄なんかにならなくても、すぐに終息するから安心しろ。何をする訳でもないのに、未知の病が一斉に治るんだ。神官らも国民らも、俺達……最高神と女神の化身を一層崇めるだろう。その子供もな」
子供……そう、子供!!
「ねえ、子供ってどういうこと? 私のお腹に見えた、オパール色の光は何?」
「俺達の子供。この間つくっただろ? 狙い通り一回で出来るなんて……さすがの魔力だな。毎晩ちゃんと検診もしているし、元気に育ってるから、心配するな」
そう言いながら、レオはまた私のお腹に手をかざす。オパール色の光の玉をよく見ると、それは小さな胎児らしき姿をしていた。
どうしよう……全然理解が追い付かない。この間つくったって……あのレオの誕生日の、雷の夜のこと? それしかないわよね?
「今まで神殿に閉じ込められて、散々言いなりに働いて来たんだ。これからはこっちが主導権を握ってやる。パモラウスの化身とその子供には、誰も逆らえないだろ」
ちょっと待って……理解の前に、何かが大いに引っかかる。
「ねえ……主導権を握る為に子供が欲しくて、その為に私を抱いたの?」
あの一回で子供が出来たから、もう用済みだから、触れなくなったの?
確かにあの夜は、彼の愛を感じたのに。自分が彼を愛しているから、彼もそうだと錯覚していただけなの?
冷水を浴びせられた様に、胸が冷たくなる。
今、自分はどんな顔をしているのかな。
……少なくとも笑ってはいないと思う。
レオは私を膝から下ろし隣へ座らせると、真剣な顔で手を握った。
「神の子を身籠っていれば、もしその場で生贄になれって言われても、フィオナを護れると思ったんだ。ただパモの御告げだの化身だのって言うより、一発で神官らを納得させられるだろ。胎内を見せるあの派手なパフォーマンスで、俺の魔力もパモから授かった神聖なものだと勝手に思い込んだらしいし。好都合だった」
私を護る為……? でも、でも……
「何で話してくれなかったの?」
「あの誕生日の夜、フィオナにちゃんと説明して……想いも伝えてから、抱くつもりだった。なのに別々に寝るって言われて、ショックだったから。……無理矢理ごめん」
「ショック?」
「好きな女から避けられたんだ。抱いた後も大嫌いなんて言われて……ショックに決まってるだろう。お腹の子供の為にも、ずっと我慢して距離を置いてた」
美しい唇を尖らせそっぽを向く。
“好きな女って……私のこと?”
なんて恋愛小説の台詞みたいなことは訊かない。だってレオの傍には、私しか居ないんだもの。
私ったら現金ね。さっきまで冷たかった胸が……もうこんなに熱い。
その熱の中で、ずっと燻っていることを、思いきって尋ねてみた。
「……レオ、もし私と
レオは一瞬きょとんとすると、うんうんと何かに頷き、そして笑った。
「女って、本当に“もし”が好きなんだな。恋愛小説とやらに書いてあった通りだ」
「恋愛……小説! あんた、まさか私の本勝手に読んだの?」
「知識を得る為に、本は何でも読めって言ったの、フィオナだろ?」
「それはっ……小さい頃の話よ! やだあもう!」
年齢指定バリバリの、際どいやつもあるのに!
顔がボンと噴火する。
「おかげで色々と役に立った。……な?」
妖艶な顔でまたペロッと舌なんか出されて、もうアレコレ思い出しては何も言えなくなってしまう。
「まあとにかく、“もし”とか“もしも”なんてのは、俺から言わせたらくだらねえ。んなん、考え出したらキリがないだろ」
「でも……もし他の
駄目だ……自分で言って泣きそうになる。
「それはない」
啜る間もなく垂れてきた汚い鼻水まで、レオは指で優しく拭ってくれた。
もう……どこまで私のことが好きなのよ。
「“運命”だって考えればいいだろ? 聖女と神官……見えない糸で
運命…………
「“運命“なんだから、フィオナだって俺のことが好きな筈だ。“男”として」
そうよ、好きよ、大好きよ。
運命じゃなくなって、偶然の産物だって、神様の悪戯だって、何だって好き!
「順番はぐちゃぐちゃになったけど……」
レオはソファーから降りると、床の上に跪く。
「フィオナ嬢、私と結婚していただけませんか? 貴女のことも、子供も、私が一生お護り致します」
歓喜に震える私の手を取ると、何処からかスッと取り出したオパールの指輪を薬指へ嵌め、その上に敬意の唇を落とされる。
ああ……どうしよう。レオが王子様に見える。
あの可愛かった子が、今は恋愛小説に出てくるどんなスパダリよりもカッコいいなんて。
返事はもちろん……! でも待って。
まだ一つ引っかかることが……
「あの……お腹の子って、パモ様の子なの?」
「……は?」
つるつるの白い眉間に、深い皺が刻まれる。
これはレオが最高に不機嫌な時の表情だ。
「だってレオはパモ様の化身なんでしょ? 私の身体を通して何たらって言ってたじゃない」
「あれは……! 神官達を納得させる為にそう言っただけだ! 確かにパモとは気が合うし、取引した時点で化身もどきなんだろうけど、フィオナの中に……胎内にまで介入を許した覚えはない!」
中にって……さらっと言わないでよ!
もうまともに顔を見れない。
「この子は間違いなく、俺とフィオナの子供だ。それにあの夜は、絶対覗くなって言っておいたし」
覗くなって……あっ!!
頭上の神官像を思い出し、サッと血の気が引く。
「やだ! もし覗かれてたらどうするのよ! パモが嘘吐いてるかもしれないでしょ!」
「あの人、嘘吐くの下手だからすぐに分かる。ゲームもめちゃくちゃ弱いし。……もしフィオナの裸を覗いていたら、俺がぶっ飛ばしてやるから安心しろ」
最高神をぶっ飛ばす……レオならやりかねない……
「……で? 返事は?」
「返事?」
「プロポーズの返事だよ」
跪いていた長い足を崩すと、床に胡座をかき、ムスッと腕を組む。
やっぱり……王子様もどきじゃないの。
「背も高い、顔も良い、賢くて家事も万能、おまけに最高神の化身だ。こんな高スペックな男、何処を探しても居ない。文句あるか?」
私はソファーから降りると、レオに目線を合わせ、尖った唇にチュッと触れた。
「ないわ、ちっとも。貴方が好き、大好きよ。天使でも王子様でもないけど、ただの一人の男性として大好き」
目尻の上がった彼のオパール色の瞳が、みるみる丸くなり、宝石みたいに輝き出す。
「フィオナ……」
そのまま抱き寄せられ、顔中に余す所なくキスの雨が降ってきた。
さすがお高級クッキー……上品な甘さね。
口内に幸せな余韻を残したままレオの唇は離れ、最後に火山頭に優しく落とされた。
「レオ……あんた、私のどこを好きになったの?」
甘いついでに、小説みたいなベタな質問をしてみる。すると彼は、やっぱり天使……いえ、王子様? と腰が砕けてしまいそうになる程の、麗しい笑みを顔中に浮かべて言った。
「強烈に可愛いところ」
◇
その後、レオは最高神パモラウスの御告げと称し、神殿に幾つかの待遇改善を要求した。
① 全国に祈りを捧げる為、化身達を神殿から解放し、外出の自由を認めること。
② 化身達、及びその子供の人権を尊重し、婚姻や教育の機会を認めること。
他にも色々あるけれど、大きなのはこの二つかしら。御告げなんて、勝手に決めていいの? って訊いたけど、何も問題ないって。
実際パモさんは、腰痛が治った!って大喜びで、張り切って国中に加護やら祝福やらをくれた。
子供に恵まれず、お世継ぎが懸念されていた王室には、なんと十数年ぶりに王妃様がご懐妊!
それだけじゃない。ウン百年前に閉鎖された鉱山跡地から金が大量に発掘されたり、思わぬ場所から石油が湧いたりもう色々!
私達が祈りを捧げた場所には、丁寧に季節外れの花まで咲かせてくれる粋な演出ぶりだ。
神官も国民も誰一人として私達を疑うことなく、神の化身だと崇め、大切にしてくれた。
お腹の子も順調に育ち安定期に入った頃、少し離れた私の故郷まで、祈りを捧げにやって来た。
レオと二人、王室から贈られた豪華なオープン型の馬車から手を振れば、パレードさながらの歓迎ぶりだ。
レオを初めて見る人は、この圧倒的な美しさに驚き、さすが最高神様の化身だと息を呑む。
そしてそんな彼と結ばれた私の赤毛は、今や幸福の象徴として、もてはやされる様になっていた。雑誌情報によると、最近では真似してわざわざ赤に染めたり、コテで縮れさせる女性も居るんですって。嘘みたいだけど……そう言われれば最近、同じ髪型の女性が増えた様な?
観察しながらも、聖女らしく手を振っていると、熱い息を耳元に感じた。
「フィオナ……子供も落ち着いたし、
それって……ただの“寝る”じゃないわよね。
意味が分かり噴火しそうになるも、ここは国民の前。微笑みながら、何とか冷静に囁き返した。
「……嫌。パモさんに見られるかもしれないから」
「神官像に目隠しすればいいだろ? それか女神像のベッドでもいい」
「どっちも嫌。目隠ししても嫌」
「仕方ないな……そう言うと思って、キングサイズのベッドを注文しておいた。帰ったら届いていると思う」
相変わらず手回しが良いのね……私の夫は。
額をくっ付け、くすりと笑い合う。
「フィオナ!」
「フィオナ様ー!」
“聖女様”ではなく、私を名前で呼ぶ声が。
見れば、懐かしい男女が沿道から手を振っていた。
少し痩せて笑い皺の深くなったジェフと、大分恰幅は良くなったけど、愛らしさはそのままのミナリー。
周りには二人によく似た、沢山の子供達も居た。
もう、失恋の痛みは何処にもない。
ただ幸せそうな二人に会えたことが嬉しく、大切な想い出に手を振り返した。
でも……
パッとその手を掴まれ、膨らんだ腰を引き寄せられる。
「“ジェフ”に魅せつけてやろうぜ。神聖な儀式を」
辺りから、キャーっと悲鳴と歓声が沸き起こる。
────それはただのキス。だけど、唇から全身へ広がる甘い祝福。
絡み合う赤毛と銀髪の上には、オパール色の小さな虹が輝いていた。
~完~
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