俺のある日

 壱号室が反社、弐号室が空き部屋、参号室が引きこもり、上の階の奴らは知らない。多分ろくな奴らじゃない。

 職場の近い所に安い部屋ないかって適当に探して住んだら、こんなメンバーしかいなかった。軽く後悔しているが、今日も映画が面白いからどうでもいいか。

 隣で眠る小僧に視線をやる。死んでんのかってくらい静かで動かない。起きている時もそうならいいのに。

 幸せそうに眠るこいつは知らない。

「銀幕さーん、いらっしゃいますかー?」

 あそこまで殺意ガンガンの囁き声、俺は他に知らないし知りたくなかった。小僧が来ると必ず聴くことになる。

 確か、八歳だったか。まだ小さいの部類に入る小僧を抱き抱え、玄関に向かう。

「銀幕さーん、返すもん返そうねー」

「返しますよ」

 玄関を開けながら答える。赤いソフトモヒカンは下卑た笑みを浮かべていた。

「困るんですよー。うちの坊っちゃん、日の出ている内に返していただかないとー」

「帰るように俺も言ってます」

「あ?」

 面倒だ。

 反社の隣人も、反社が属している組の長の妾がやってるアパートに住むことも、隠し子に好かれることも。

 全部全部面倒だ。

 捨てるように、でも落とさないように引き渡そうとして──小僧に手を掴まれる。

「ぎ、んま、くさ」

 寝惚けた声、寝足りない目、全部俺に向けられたもの。

「つぎ、こわくな、いのが、いい」

「……分かった」

 掴まれた手をやんわりと引き剥がしながら答えれば、ふにゃりと嬉しそうに小僧は笑う。

 家主の息子だから断れない、それだけ、それだけだ。

「……何か?」

「ぢぇっ!」

 ソフトモヒカンは舌打ちを残し、小僧を運ぶ。その後ろ姿を見ながら、いつ聴いても下手くそな舌打ちだよな、とぼんやり思った。

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熱々のポップコーンが怖い 黒本聖南 @black_book

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