熱々のポップコーンが怖い

黒本聖南

僕のある日

 肆号室の銀幕さんは社会人。ふりーたーというやつみたいで、灰色の似たような柄のパーカーをいつも着ていて、真っ黒なポシェットを肩に掛けて出勤している。

 朝、登校する時に一緒に出てきたらお仕事、出てこなかったらお休み。今日は出てこなかったから遊びに行こう。

 壱号室の何故か小指がない舎弟さん風に言うなら、かちこみだ。


「ぎーんまーくさーん! あーけーてー!」


 少し待つと扉は開いた。銀幕さんはほんのり白い毛の混じった黒髪を掻きながら、怒ったような顔で僕を見下ろしている。

「家賃なら払いました」

「取り立てじゃないよー。お母さんに頼まれてないもん。そんなことより中に入れて」

「……」

 銀幕さんは動かない。僕をしばらく見下ろして、溜め息を溢したら中に入れてくれる。今日もいつも通りだ。

 お邪魔しますと言って中に入る。全体的に真っ暗だけど、少しだけ明るい所もある。

「今日は何の映画?」

 小さな台所を抜けて、六畳のど真ん中に置かれたソファーに座ると、目の前のテーブルに置かれている、何だっけ、ぽーたぶるぷれいやーを見た。画面には、銃を両手に構える女の人が動かずこっちを見ている。

「何だろうな」

 いつも通りの銀幕さんに戻った。大人の人なんだから敬語使わなくていいのに。舎弟さんだけでいいんだよそういうのは。

 銀幕さんは僕の元まで来ると、あっという間に画面を消して、ディスクを取り出しちゃった。何で何でと文句を言えば、刺激が強いのは大家さんから禁止令出ているからって。お母さんめ。

「魔法使いが出るのと、青い猫が出るの、どれがいい?」

「何でその二択なの? 世の中にはいっぱい楽しい映画があるのに」

「……この前仕入れたのがホラーだったんだよ」

「ほらー。それでいいよ」

「怖いやつだぞ」

「それでいいもん!」

 良くなかった。

 中学生くらいのお兄さん達が、見えない何かに酷いことされるやつで、その、たまに見せる姿が、その……すっごい「ぎゃああああああああ!」怖い。

 銀幕さんにしがみつくと、おい、とか言われたけど、退かされなかったから大丈夫。またディスク取り出そうとしてくれたけど、それはそれなんだよ銀幕さん。

「観たい」

 舌打ちされた。いいな、僕できないんだよね、舌打ち。銀幕さんの舌打ちは綺麗で好き。舎弟さんが下手くそだから余計に。

 そのまま銀幕さんにしがみついて最後まで観る。斧ってすごい! でも、どうしてあんな所にあったんだろう。

 文字が流れていくのを眺めていたら、大事なことを思い出した。舎弟さんに必ずこう言うんだよって、教えてもらっていたのに!

「銀幕さん!」

「その呼び方やめね?」


「熱々のポップコーンが熱いの忘れてた!」


「……ん?」

 あ、言い間違えた。

「怖い、怖いだよ銀幕さん。ポップコーン」

「……」

 僕を見つめる銀幕さんの目が細くなっていき……。


 綺麗な舌打ちをして、美味しいポップコーンを作ってくれた。

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