「ー2ー」
「……行くか」
カルメンが左に寄る。中央にある障害物から抜け出す仕草を見せる。
タンクの砲塔のみが自動的に旋回する。僅かに。
一つ深呼吸をして呼吸を止める……アクセルを踏み込んで、カルメンが障害物から飛び出した!
次の瞬間、機関砲の銃口が火を噴き、カルメンに襲い掛かる!
数発が被弾するが意に介さない、さらにアクセルを踏み込んで斜め前に高速移動、見る間に迫るコンクリート壁!
(ここだ……!)
一瞬だけジャンプを入力して機体を浮かせる。
慣性に流されて、カルメンは壁に向かう──
……と、見せかけて次にはアクセルを離してブレーキを強く踏み込み、強引に着地させて機体に
カルメンが突っ切り、その後を追っていた火線は一瞬で追い越してコンクリート壁に多数の銃弾を浴びせ、穴開きマントを
すかさず、機関砲による射撃を切り上げて再度ロックオン、射撃を再開するまでに要した時間は1秒足らずだろうか。
……では、その1秒足らずのうちに、カルメンはどれほど距離を稼ぐのか?
相対距離は現時点で80、倍以上の距離を走り回った割に大して進んでいないのは被弾を最小限に食い止める為である。最短距離を進もうとすれば、それだけ正面から弾を受ける事になる。直撃もするだろう。自明の理だ。
──タンクのパイロットは些細なミスをした。
カルメンは勢いそのまま、壁を蹴って切り返すと予想した。
先読みして射線を置き、機関砲の火力を集中させたのがその証拠だ。
カルメンは右手のマウス型デバイス、左クリックに「アクション」を割り振られている。これを入力すると、
しかし、ここは相手の安直な読みを外す為にも敢えて賭けに出たのだ。
戦場で一瞬でも立ち止まれば
これで分かった。相手の中身は素人ではない。素人なら今頃、敗着していた。
玄人でもない。判断がもたついている。こちらに勝機は十分にある。
距離60──機関砲はまだ、火を噴かない。
『I have control.』
──カルメンが宣言する。事前に「任せる」と言った言葉が嘘にならないように、
そして、カルメンの動きがドラスティックに変化する!
そこからの機動は到底、人間が独力で捉え切れるものではなかった、真正面に立つカルメンはまるで挑発するかのように高速で左右にステップを刻み、機関砲の乱射に
パイロットの混乱と恐慌が目に見えるようだ──
攻撃にしろ防御にしろ、人間は良くも悪くも相手の動きを読み、銃口の位置を予測して偏差気味に行動する※(故に
機械は動きを読まない、銃口の位置など予測しない。多角的視点で観測して弾道を正確に計算するからだ。
これが経験豊富なパイロットなら機械と人間の癖を即時判断して対応してくるが、その点、相手はまだまだ未熟。
ついてこれない──というより、明らかに面食らっている。
高速機動の緩急、「機械のアシスト」とは別に人と機械の融合だけではなく、時として人と機械、その性質を分離して使い分ける事も含む。この勉強代は高くついた事だろう。
距離30──!
機関砲は火を噴き続けているが、カルメンは止まらない! だがまだ仕掛けない、トリガーは指をかけたまま、まだ引かない……!
ウエポンセレクタであるマウスホイールには触れる気配すらない、
タンクのパイロットは
直に機関砲の適性外、連射を続けた銃身の過熱も限界に近かった。この切り替えは当然だろう、故に予備動作から簡単に見切られてしまう。機体に散弾は一発も当たらなかった、一発も。マントの端を辛うじて撃ち抜いただけで──
「間合が遠い」
相手の焦りがよく分かる。例え武装一体型といえども散弾銃特有の排莢動作、撃ち終わった後の隙からは逃れられない。
かといって、淀みなく次に持ち出すであろう火炎放射器は身に纏った難燃性の耐火マントで対策済だ、穴開きだろうが効果はある。
自動散弾銃の
カルメンがステップを踏むように、高速でタンクの後ろへ回り込もうとする!
そうはさせじと火炎放射しながら超信地旋回で追いすがる! だが、身軽さで勝るカルメンは追いかける炎を振り切りながら(右手でマウス操作、頭ではなくその横、後ろ、肩口の機関砲と背部予備弾倉の接続部、そのカバーに向けて照準を動かすと、右クリックでフォーカスを指示)、ロックオンする!
──そして、20ミリ短機関銃が火を噴いた!
狙いが分かるや火炎放射を切り、泡を食って散弾銃で応戦する!
「……チッ!」
タンクの履帯が唸りを上げて全速の後退を始めた!
背に腹は代えられない、威嚇するように散弾銃を突き出しながら、接近だけを阻止する動き、装填する
(ここが
──ならば、こちらは死に物狂いで突き進むしかないだろう。
当たりどころが悪ければ即死、分かり易くていいじゃないか。
それから数発の自動散弾銃の発砲音はまるで悲鳴のようだった。懸命に下がろうとするタンクと、何が何でも食らいつこうとするカルメン! 顔を掠め、肩に被弾し、それでも離されずに
『アドバンテージを獲得』
足を止めて短機関銃を敵機の頭に突き付け、相手も自動散弾銃を腹に押し付け──
互いに引き金は引いた筈だ。だが、どちらも弾は出なかった。
両者、開始位置へ──
システムが介入する。仕切り直しである。
*
アドバンテージ、ディスアドバンテージとは要はスポーツで採用されているそれとほぼ同じ。ポジティブなプレイヤーには有利に、ネガティブなプレイヤーには不利になる、というルールである。
具体的にはアドバンテージを得たプレイヤーは以後数秒間、「プロットアーマー」により守られる。これは一度だけ相手の致命的な一打を無かった事にする効果を持ち※(臆病者に引き金は引けない)、発動すると審判であるシステムが強制介入して先のように試合を中断させるのだ。
※(加えて、プレイヤーに対する厳重な警告の意味合いもあり、二度目は問答無用の退場、厳罰付きの不戦敗となる)
*
……この移動中に出来る事は少ない。マウスホイールを回す。
ウエポンセレクタが起動し、パイルバンカーを選択して確定する。
それと現在までのダメージをチェック……意外な事に重度の損傷はない。機関砲の弾雨をそれなりに浴びたはずだが──
「……ふむ」
胴体と胸部に無視出来ない被弾箇所はある。致命的と言うほどではない。
身に纏った耐火マントはアラミド繊維だったので、どうやらこれが機関砲の威力を減衰させていたらしい。
だが、至近距離から受けた散弾銃の直撃まではどうにも出来なかったようだ。
右肩の動作に支障が出ている。
具体的には上方に肩が回せない。良くて水平──水平以下、か。
……アドバンテージと引き換えにこの結果なら悪くない。
むしろ、これで済んでいるなら上等だ。
「──そういえば、向こうの損傷はどうなっている?」
『目立った損傷は無し』
「……機関砲は?」
『不明瞭』
「無傷ではないだろう?」
『無傷ではありません』
「運を天に任せるしかない、か……」
損傷があろうがなかろうが、ここまできたらやる事は変わらない。
焦って詰めを
「仕上げだ。次はパイルバンカーを使う。こちらのジャンプ入力と同時に機体操作を明け渡す。最後に、お前の合図に従って引き金を引く」
『I copy.』
「さぁ、勝負といこう。勝てば天国、負ければ地獄だ」
<続く>
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