Carmen ーカルメンー

てぃ

・本編

「ー1ー」

*現在地>>>「地下駐機場」


 静音も節電もまるで考えていない風量だけが取り柄の旧型空調機サーキュレーターが今日も休まず働いている。


 双肩から胸元まで緩くカーブを描いて切り込んでいるレールに、カーテンのように吊るされたアラミド繊維の耐火マント。それは機体の中央で縦に分割にされており、使い捨てながらもなるべく行動の邪魔をしないように、と考えられていた。

 そのマントは左右共に後部は肩までで、背中は覆っていない。


 ……待機中、空調機サーキュレーターの風に煽られてアラミド繊維の耐火マントがひるがえり、華奢なボディが露わになっていた。


 その機械の巨人は全高10メートルに満たず、手足はすらっとして長い。

 ボデイは流線形で丸みを帯び、まさに女性のようだ。技術者も開き直って、頭部を乙女のようにデザインしている。


 元は宇宙用の量産型準巨人型汎用機械で、名称は<カルメン>。


 彼女の手足が細いのには理由があった。

 その前腕部と上腕部、大腿部と下腿部は従来型の金属フレームではなく超硬強靭性チューブ多数と、ケーブル化した特殊靭性チューブを混ぜて束ねて使用していたからである。

 さらに、防護を兼ねてアームカバーやタイツ※(関節部を除く)のようなセーフティネットで部位ごとに縛り上げており、それらと関節部を結合、中継して末端に繋げてある。

 機体の軽量化の為、金属の代替として一部に採用したのだが成果はあったようだ。


 そして、規格品と違い、戦場に立つ彼女のシルエットは勇ましく変わっている。


 ──腕部はセーフティネットが被さる部分に対し、簡易的なハードポイントとなるプロテクターを装備している。大腿部分のパーツ、奥深くに少量の液体燃料タンクを内蔵。それに伴って太腿も少し膨らんでいた。足元も特殊用途の規格品、足裏中央に小型スラスターを備え付けたハイヒール型に換装されている。


 最後に、カルメンの背中には戦闘専用のランドセル型スラスターを装着しており、それは高機動型でも高耐久型でもなく、大容量型を選択していた。また、前述の耐火マントはスラスターと極力干渉しないように取り付けられている。




*移動>>>「地下闘機場 ー戦闘配置ー」 




「……敵のデータは?」


 カルメンの武装は三つ。

 腰部、背中側にマウントしたヒートナイフと右手には20ミリ短機関銃サブマシンガン

 左腕にはスマートタイプの携行杭打機パイルバンカーを装着していた。前腕下部装甲、簡易ハードポイントに吸着するボックスタイプの武装で、炸薬を用いて金属製の杭を高速で撃ち出す使い捨ての武器である。

 また、その装備状態のままでは左右のバランスが崩れるので、カウンターウェイトとして予備弾倉を右前腕下部に装着──短機関銃の弾倉と連結させている。


『登録時データ、搬入時データ、入場時データ。いずれも変更ありません』


 敵機は下半身が戦車のような履帯型、上半身が人型といういびつ機人戦車タンク

 肩に35ミリ機関砲1門ずつ計2門、背部予備弾倉兼追加装甲板装備。

 右腕左腕共に武装一体型に換装済。右腕=火炎放射器。左腕=自動散弾銃。

 通常なら対戦相手の決定から機体の搬入までが一週間。搬入から闘機場コロシアム入場までが約24時間。入場間際まで武装変更は自由に可能なレギュレーションである。

 しかし、武装一体型は着脱がいちいち面倒な為、一貫して変更がない場合が多い。

 変更するにも時間と金はかかるのだ。しょうがない。


「データ通り、素体が<キッド>ならスマートタイプでも撃ち抜けるな?」

『可能です』


 準巨人型汎用機械<キッド>──宇宙開拓用に開発され、市場に投入された最初の機体であり、その数は最も多い。

 当然、ジャンクとなって再利用された物も最多である。今回の対戦相手のように。


 戦闘開始30秒前──


『システムとのデータリンク、正常終了。ロックオンマーカー、表示。クリティカルボックス位置同期──』


 赤い菱形のマーキングが障害物越しに表示される。

 機人戦車は全高が低い分、通常より下に位置しているが、おそらく上半身胸部。

 素体の場所から特にいじられてはいないだろう。


『パイルバンカー及びSMG、セーフティロック解除』


 操縦コントロール筐体ボックス内の音響、効果音で分かり易く戦闘用意の状態を知らせてくれる。


『You have control.』


 操縦桿スティックのロックが解除される。操作は左手の操縦桿と上部ボタンにトリガー。

 左右のフットペダル、補助として右手デバイスを使用する。

 ここにあるのは基本的なマウス型デバイスだが、操作環境は人によって千差万別。

 キーボードだったり、操縦桿のみだったり、よく分からない専用のコントローラを持ち出す者もいるという。


 操縦桿を倒し、ディスプレイ上のカルメンが動作するかテストする。

 ──作動良好、問題なし。


 カウントダウン、スタート──5.4.3.2.1……

 ──Good luck.


 ライブモニターには文字表記が、闘機場と筐体内には目覚まし以上のボリュームで開始を告げるブザーが鳴る。

 闘機場中央にて山型に積まれている障害物コンテナを挟んで2機は睨み合うが、ロックオンマーカーの視覚的効果でお互いの位置は把握している。


 まずは牽制行動。機体を左右に振る。合わせて敵機も反応するが、動きはにぶい。

 これは機体の特性差か、動きに動揺は見られない。緊張もない。この程度では釣りにもならない。


 操縦桿のボタンは垂直機動。ボタンのみでは単なるだが、フットペダルの右、アクセルと組み合わせてより高く跳ぶ「ハイジャンプ」や、ボタンとアクセルを長く入力し続ける事で短時間の「滞空」やロケーションに応じて「滑空」──また、高所からの落下で左フットペダル、ブレーキを強く踏み続ける事で「急降下」というアクションも可能である。


 ここではジャンプして障害物のコンテナ、その一段目に乗ると相手は露骨に警戒の反応を見せた。後ずさりしている。


(だろうな……)


 左右からの回り込みに加え、上方からの奇襲。三次元的な機動力で劣る機人戦車はどうしても受け身になる。

 その上、主兵装である機関砲は威力は圧倒的だが射角や旋回、射程に制限がある。

 有体ありていに言えば、至近距離に適性が無いのだ。踏み込まれたら終わりである。


 それを補う為のサイドアーム、両腕の銃火器なのだろうが……正直、カルメン相手には心許なかった。

 それは画面の向こうで観戦しているほとんどの人間が抱いた、第一印象だろう。


 ──彼女カルメンが動いた!


 コンテナ上で小ジャンプして上から行くと見せかけて、物陰から飛び出す! 

 戦闘開始から数秒、細々こまごました位置取りからの駆け引きにカルメンは業を煮やし、まずは距離60で互いを視認した!


 宙に浮くカルメン、引き金を引いたのはほぼ同時、火を噴く短機関銃と機関砲!


 マントの一部に穴が空き、カルメンの下腿部にもヒット、機人戦車も多数の弾丸を浴びるが全て弾き返し、カルメンは空中に浮いたまま、即座に反対方向に切り返して物陰へ! 曳光弾えいこうだんが彼女の影を追うが後追いの弾はまともに当たらず、機体が隠れた障害物の裏で地に足が着いたのだろう──そこで、初回の攻防は終わった。


「いい反応だったな。読まれたか?」

先行入力フライングはなし。反射神経は同等。常人の範囲内です』

「ヨーイドン、か。……ダメージは?」

『脚部プロテクターに被弾。機体に損傷なし。戦闘続行に問題なし』

「相手は?」

『問題なし』


「重装甲という訳でもないんだがな、相手は……となると、距離か」


『距離15以内なら頭部への射撃は有効です』

「……部位破壊は?」

『精度に保証がありません』

「当たれば壊れるか?」

『幸運があれば』

「そいつは望み薄だな……」


 機関砲並びに両腕の破壊は選択肢から外す。

 相対距離は障害物を挟んで距離120。結構な遠距離の間合。


 このあいだに、システムから警告が来るギリギリまでタンクは離れていた。

 それだけ機関砲に信頼を置いているのか。それとも──


(それ以外に信頼をおけないか……か)

 

 ──この戦場にはルールがある。

 機械がどのようなアシストをしようとも、引き金は人間が引くのだ。


 例え自動で標的を追跡しようが、

 それ故に予備動作が起こり、常に最適、最速ではない。

 人間が介在し、そこにタイムラグが生じるからこそ全てに必中は無く、回避行動も成立する。


「機関砲の発射レートは?」


『35ミリ機関砲は毎分200発と推測されます。機械制御された二門の機関砲は同時に発砲せず、交互に撃った場合の理論値は毎分400発ですが実測値はおよそ360発から380発と推定されます』


「……つまり、秒間6だか7発の弾丸をくぐって行かなければならない訳か」


 遮蔽物はない。都度つど、射線を切りながら近付くという事は出来ない。高さを絡めた三次元的機動か、緩急に切り返しを伴った斜線的なダイアゴナル移動・ラン──で、被弾を減らしながら詰め寄るしかない。


「いいだろう。距離60からお前の距離だ。任せる」

『I copy.』


 作戦は決まった。後は、相手が手慣れたベテランでない事を祈るのみだ──




<続く>


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