ストレイ島のティア村にて-02



 * * * * * * * * *




「ほんとだ、本当に芽が出た……」


「へえ~、この島で農業が出来るとはの。島の掟をいよいよ守れなくなったと思ったら、むしろ掟を破る事で島が発展する事になった」


「寒さに強い野菜を、更に寒さに強い品種に改良して、こうしてビニール小屋の中で栽培すればいいんです」


「温泉の近くであれば、ビニル小屋の二重構造のビニールの間に暖気を送り込めます。空気も循環し、冬でもしっかりと室内の温度が上がりますよ」


 ストレイ島では、小さくみすぼらしい芋以外の作物の栽培が始まっていた。


 老人ばかりで入りに行く事すら億劫になり、放置されたままだった温泉も活用が始まった。


 レオンがせっせと悪人を懲らしめては売り飛ばしたおかげで、ついには新しい漁船が2隻、本土との行き来に使う船を1隻買う事も出来た。


 船はどちらも新しく、更にアンガウラからは船の整備士も移住しているから抜かりがない。


 ウォンに扱き使われていた奴隷もストレイ島を気に入りよく働いた。

 誰も住まなくなり痛み始めた家を補修した後、朽ちた家からも使える板を選び出し、2か月で3軒の新築家屋が誕生したほど。


 自由になったというのに、指示されずとも自分が役に立ち、感謝される環境が嬉しいのだという。今では元々あった家と合わせ、人が住める家も20棟になった。


 人口はまた少し増え、34人。ランド大陸にはこれよりも人口が少ない集落も珍しくない。


「村長! どうですかね、だいぶ人の暮らしがある集落になって来たかと」


「みんな凄いよ、もう立派な村になっちゃった。来週にはまた材木商の船が来るはず、加工に必要な機工具も一式持ってきてくれる」


「さすが!」


 元々岩盤の硬い土地なうえ、冷たく強い風のせいで、島のほぼ全域で木が育たない。その代わり牧草は刈っても刈っても生えてくる。


 羊を20頭ほど放ってみたが、島全体を覆う程生えている牧草を見るに、彼らの餌には困らない。


 東西に4キロメルテ、南北に2キロメルテ。4平方キロメルテ超の小さな島は確実に生き返っていた。


「温泉を引くのも、塩化ビニルの配管にして正解でしたわ。この気候と潮風じゃ、鉄なんてすぐ錆びちまうし」


「土を掘っていくのは大変だったけど、配管が軽いから作業はやりやすかった」


「あとはどうやって定期的な交易をするか」


「船の燃料に使う油もだな。製油施設が古過ぎるし、海底油田の残骸から取って来て使うのは危ない。その辺もどうにか解決出来りゃ暮らしやすくなる」


 島の外で必要な物資を調達するのはレオンの仕事だ。島民は1から村を築き上げていく過程を心から楽しんでいる。


 ダイサは新しくなった船で漁をし、島民の食料をせっせと確保している。もう1隻はレージの弟子となった3人の若い男が乗り、漁を教わっている所だ。


 農業に光が見えたとしても、現状はまだまだ海産物が主食。3人の成長に島民の命が懸かっていると言ってもいい。


「羊の毛を使って服を作れるし、村長が機織り機も用意してくれたからもう何でも作れる気分!」


「何もない寂れた島だったのに、やろうと思ったら何でも出来るのね。さ、私は子供達の勉強を見てあげないと」


 島の子供は今のところ5人。移住者の子供が3人、レオンが連れてきた孤児が2人。


 孤児の保護者はレオンだ。ティアがかつて自分を導いてくれたように、レオンも未来を失いつつある子供に手を差し伸べようと決めたのだ。


 レオンは、獣人族は人族よりも高尚で立場が上だと考えて生きてきた。しかし、もう人族を下に見るような事もなくなった。


『レオン、そろそろ良いのではないか。吾輩は今日もあの大きな魚を喰らうぞ』


「ダイサさん達がちゃんと獲ってきてくれたらね」


『陸のものならば吾輩が手に入れる。だが海の中のものとなれば、奴らに頼らねばどうしようもない……吾輩が人を頼る日が訪れるとは』


「じゃあジェイソン、お利口にしとかないとね。頼られた時にはしっかり恩返しすればいい」


 ジェイソンはまだ人族を下に見ているものの、人族などこの世に不要だなどと物騒な事は言わなくなった。

 人族のおかげで上手くいく事もあると理解し、認めているからだ。


『同意する。妾も魚を獲れぬ以上、人族を活かしておかねばならんのでな』


「ハロルドおかえり。正しい腕利きの医者おった?」


『腕利きはどいつも金に五月蠅く、威張らねば他者と話せぬ病気にかかっておる。己の欲深さを治してみよと言うと皆黙るのだ』


「というわけで、勤め先の病院で医師の不正を咎めたら辞めさせられた! という若い医者を連れてきたよ」


「ドワイトさん、お疲れ様」


 ランド大陸の小さな島に、悪党を片っ端から始末していく狐人族が住み着いている。そんな噂は海を渡り、レオンを知る者はレオンの事だと察した。


 それを同じ狐人族のドワイトが聞き漏らすはずもない。


 狐人族がいれば悪人が寄り付かない一方、過剰に警戒され、疎まれる。定住の地を求めていたドワイトは、ハロルドと共にストレイ島を訪ねた。


 狐人族が現れても、島民は特に警戒しない。ドワイトはストレイ島を気に入り、移住を決めた。


 ジェイソンが見抜いているおかげで悪人はいない。人の醜い部分を気にしなくていい。海の魚は豊富で、いつでも温泉に入れる。最高の条件だ。


 獣人族の掟により、ドワイトもハロルドも獣人族の村に入る事は出来ない。

 帰る場所がない彼らにとって、人族の反感を買わずに安心して住める場所は、案外少ないのだ。


「それで、村長。医療器具と薬を購入したところ、僕の手持ちがなくなってしまったんだ」


「そんなに高いん? おれの持ってる金も、船買う時に殆ど使ってしまった」


『だから言ったであろう。悪党を幾らか狩っておけと』


『妾は狩って金にしろと言ったのだ。ドワイトはどうにも楽観視が過ぎる』


 ドワイトは空になった財布を振って見せる。本当に持ち金を全て使ってしまったようだ。


「とりあえず、医者のひとを家に連れて行ったらゆっくり休んで下さい。来週には材木商の船が来るし、村の金は取っとかないといけんから……」


「村長! ちょっと来て下さい! 港の看板、あれでどうですかね!」


ドワイトの長旅を労っていると、若い男が駆け寄ってきた。

 レオンは急かせながら港に向かい、そこに掲げられた大きな木の立て看板を見上げる。


「うん、いいね」


「よっしゃ! ティア村の誕生だ!」


「ストレイ島のティア村ね! でも村長、ティアってどんな意味なんですか?」


 レオンはこの島を復興させる中心となっていた事で、いつしか村長と呼ばれるようになっていた。

 全世界どこを探しても、レオンより若い長はいないだろう。


「おれの一番大事なものだよ。おれがもう二度と失いたくないものに、ティアって名前を付ける事にしたんだ」


 レオンは村にティアの名前を付けた。自分の主人がいた証を、どんな形でも残しておきたかったからだ。


 この村があり続ける限り、ティアという女性がいた事も語り継がれる。レオンはティアの故郷で生き続ける事で、ティアとの絆を失わずにいられると考えていた。


「あー、村長。また優しい顔してる!」


「バーカ、村長には心に決めたいい人がいるんだよ。な? 村長」


「うん。とても心が綺麗で、歌が上手で、優しい人なんだ」


「それ、もしかしてティアさんって名前? この村、村長の好きな人の名前なんだ!」


 レオンは嬉しそうに頷く。


 ティアはレオンを大きく成長させてくれた。レオンはティアのためなら幾らでも頑張れる。


 その結果、いつの間にか安住の地までも手に入れてしまった。


 恩返しをしたいと思っているのに、何をするにもティアのおかげになってしまう。いつまでも返せない事が最近のレオンの悩みだ。


「じゃあドワイトさん、おれと交代で留守番お願いしていいですか」


「ああ、いいよ。まさか僕が探していた悪党と、君のご主人を騙した悪人が繋がっていたとはね。おかげできっちり始末できた。偶然とはいえ感謝してもしきれないよ」


 レオンはドワイトから頭をくしゃくしゃに撫でられながら、照れた顔を隠すように村民に宜しくと言い残し、急いで西へと走って行く。


「村長! どこに行くんですか?」


「温泉! すぐ戻る!」


「ほんっと温泉が好きですよね……じゃなくて! 宜しくって、温泉の後でどこに行くんですか!」


「ちょっと怨返し!」


 かつて、とある旅の女が狐人族の孤児を拾った。

 その孤児はいまや人々を導き、各地の悪を叩き潰して回る伝説の存在。


 あんなに真っすぐで手に負えない程強い男を育てたのは、どんな屈強な軍人の女なのだろうか。


 そんな噂をされている事にレオンが気付くのは、まだもう少し先の話。




【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE― 


おわり。

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【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE― 桜良 壽ノ丞 @VALON

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