【ストレイ島のティア村にて】
ストレイ島のティア村にて-01
* * * * * * * * *
「本当にいいのかい」
「おれとジェイソンは認めた。正しき者なら島のひとも是非と言ってる。だから住む権利がある」
季節は夏になっていた。
冬の間に82歳のダイサの母と、75歳のダイサの兄が立て続けに亡くなり、72歳の夫婦は息子を頼って島を出ていく事になった。
レオンはストレイ島に遅い春が訪れた頃、夫婦の護衛として3日をかけ内陸の町へ向かった。そして老夫婦と息子夫婦の感動の再会を成し遂げた後、レオンはついでに仕事もこなした。
突然現れた獣人族の青年に、町を牛耳っていた悪党も汚職まみれの町長も震え上がったのは言うまでもない。春先というと、今から2か月前の話だ。
「おまえより強い奴なんかいっぱいいる。世界は広い。そんなに俺は強いんだぞって威張って、実際は別に強くないなんて恥ずかしいと思わないのか」
「な……なんだと? ふ、ふざけやがって!」
「おれはふざけてない。仕事でふざける事はない」
「ああ?」
「本当に強い奴はわざわざ威張らない。必要がないから」
レオンの挑発に、町のならず者は顔を真っ赤にする。恥ずかしさと怒りのせいだ。
「てめえ……ルウォイのウォンを知らねえようだな」
「うん」
「なっ……」
『どうした、さっきまで小娘を脅しておったではないか。吾輩とレオンの前では出来ぬか?』
ならず者のウォンは、ジェイソンの言葉に一瞬怯んだ。
無理もない、他所の大陸ではクロヒョウとも言われている大型の猫……型の魔物相手に、恐れない理由がないからだ。
それでもこの町の中で威張り、力で支配してきたウォンとその仲間達は引く事が出来なかった。
いや、正しく事実を述べるとすると、一度は引いた。「覚えてやがれ!」や「タダで済むと思うなよ」などのありきたりな言葉を吐き、レオンの前から退散を試みた。
だが、そんな事でレオンが許すはずもない。いや、レオンにはそもそも許す権利がない。
逃げるウォンを精魂尽き果てるほど執拗に追い回し、17人の仲間全員がジェイソンに襲われ、春と言えど気温6度の芝生の上に全裸で転がされた。
「ゆ、許してく、下さい! す、すみませんでした!」
「お前らが謝る相手はおれじゃない。お前が今までいじめた全員に許しを乞い、償え」
『全員だぞ。1人でも抜けておれば貴様らには誠意がないと見做す。1人でも許さないと告げられたら、貴様らに未来はない。1人でも償いが足りなければ……』
「そんな、無茶な……」
レオンはウォン達を手下として動かしていた町長へとニッコリ微笑み、町内放送を流させた。
ウォン一味に苦しめられた事がある者は、全員芝生広場に来いと。
集まったのは町の人口の半数にも及ぶ5000人。ウォン達はさすがに誰に何を詫びればよいのか、覚えているはずもない。
「おい、どうする。お前は全員に謝って許して貰えるだけの償いをするんだよな?」
レオンの問いかけに、仲間を全員無力にさせられたウォンは成す術もない。だが、ここでどう行動しても結果は一緒だ。
ウォンは抗う事に決めた。
「悪党なら悪党らしく、育ちの悪さを見せつけてやるよ! 謝れ? はっ、バーカ。悪いなんて思ってねえよ」
「そっか。じゃあ、仕方ないね」
レオンは背負っていた宝物の山形鋼を手に構え、いつでも来いと挑発する。
ウォンはその間合いに怯み、一瞬目が泳いだ。幅も厚みも鋼材としてさほど大きくないとはいえ、武器には違いない。
「ひ、卑怯だぞ、ぶ、武器を使って正々堂々って言えんのか!」
「お前は正々堂々と生きてきたのか。お前は何か正しいのか。いつも卑怯なお前が自分の不利な状況だけ文句を言って、情けないと思わないのか」
戦う前に言葉で殴られてしまい、ウォンの心は折れかけている。自分より強い者がいない狭い世界で威張って生きてきたせいで、自分より強いであろう者に免疫がないのだ。
「そっちは魔族と武器、おれは丸腰で1人、そりゃねえだろ」
「じゃあおれが山形鋼を置いて、ジェイソンが見てるだけの状態で、お前の育ちの悪さを見せつけて貰うって事か」
『情けない奴だ。少しでも相手の戦力を削がなければ向かい立つ事も出来ぬとはな』
「ジェイソン、どうする?」
『このような小者、吾輩が相手をすれば、うっかり首を刎ね飛ばしてしまいそうだ。この者の無様な様子を眺めるだけにしておいてやろう』
「分かった。良かったね、ジェイソンは見てるだけにするってさ。おれも宝物は使わないであげる。お前は武器を使いたければ使えばいい」
レオンの戦力を削ぎ、ウォンは咄嗟に俯いて笑顔を隠した。
「じゃあ……お言葉に甘えるとするわ」
ウォンは内ポケットからリボルバーを取り出し、銃口をレオンに向けた。肌寒い昼下がりに、野次馬の短い悲鳴が響く。
「言っただろう、育ちの悪さを見せつけてやるってなァ!」
ウォンがレオンの心臓めがけて発砲した。その距離、僅か10メルテだ。さすがのレオンも反応は出来ない。
……ジェイソンがウォンの真意を読んでいなければ。
レオンは瞬時に左へと避け、白金の髪が僅かに銃弾に触れた。ウォンの目と銃口は、その動きについて来れない。
「なっ……ふぐぅ!?」
まるで風のような動きで背後に回り込まれ、次の瞬間、ウォンは後頭部に脳が揺れる程の衝撃を受けた。
レオンのハイキックが命中したからだ。
「お前みたいな奴、いっぱいおる。銃撃つ時、指が動く前に必ず腕の動きを止める。そして衝撃を逃がすために撃った後で腕を曲げ、銃口を上に向ける」
「そ……の、動作を、読んで……」
「だから横の動きをされると必ず遅れる。どうせカッコ悪いんだから撃ち方にいちいちカッコつけなくていいのに、みーんな同じ事する」
顔面から地面に倒れ、ウォンは鼻と口からダラダラと血を流す。上の前歯が折れたようだ。
『よくぞこんなにも弱いくせに、今まで強がって来れたものだ。正しき者ももう少し強くなるべきではないか? 力なき正しさなどいつ使うのだ』
ウォンの敗北に歓声が上がるものの、ジェイソンの一言で一気に静まりかえる。
「約束やけ、こいつは貰っていくね。言うほどじゃないけど顔はまあ悪くはないし、歯が折れとるけん、ちょうどいい。歯を全部抜いて、男娼館に売る」
レオンの言葉に、町の者が小刻みに首を縦に振った。レオンが仕事をしたのは、ストレイ島のため、少しでも金を稼ぎたかったからだ。
「ねえ、町長のひとは全員に償える?」
「は、えっ……」
「償えんみたいやけ、こいつも連れて行くね。穴さえあれば男娼館で使い捨てるくらいは出来る」
何の情もないレオンの発言に町長が悲鳴を上げて命乞いをする。勿論、レオンは聞き入れない。畜生の鳴き声を言葉とは認識していないからだ。
「それで、ストレイ島に移住したい人いませんかー」
土地は使い放題、耕作地あり、熊や狼の生息なし。温泉あり。大陸で数少ない港も浜もあり、海産物を幾らでも手に入れられる。
閉ざされたストレイ島の住民ではなく、他所の知識を持ち込んだなら、ストレイ島には十分に持ち直せるポテンシャルがある。
レオンがそうやって移住希望者を募ると、なんと手を上げる者が現れた。
ウォン達に虐げられ全財産を失い、奴隷として働かされていた者達だ。
「じゃあ、おれこのヒトモドキをアンガウラまで連れて行って、紹介所に売ってくるけん。男娼館が駄目でも船に乗せて慰みものにするくらいの価値はあるし」
「た、たすけ……」
『無駄に人の言葉を知っておると、耳障りで敵わん。喉でも掻き切るか』
「その間に、移住希望の人は支度を整えとって。支度金は渡す。ジェイソンが1匹残るけん、移住する気がないのに受け取ったらどうなるか、分かるよね」
そうして島の人口は一度レオンを含め3人になった後、夏には24人にまで増えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます