三角関係になりたかった

石衣くもん

 それは、執着に近い憧憬だった。

 痛くて、苦しくて、恥ずかしい自分の姿を、未だ忘れられずにいるくらい、折に触れて思い出させる強い記憶、手強い台詞。

 

「私ははっきりと選り好みをしている。あなたを選んでいる」

 

 どうして、そんなに酷い呪いを私にかけたのですか。以降、私は「選ばれている」という妄執にとりつかれている。

 嫌なことがあったり、辛いことがあったりすると、その言葉を支えに立ち上がろうとする。

 そして、その後、憧れの人には選ばれなかった悲しい現実を思い出して、立ち上がった分、ひどく落ちてしまうのだった。



「あなた、高屋さんのことが好きなんでしょう」


 疑問ではなく断定に近い問いかけに、

 

「どうしてそんなことを南さんに答えないといけないんですか」


と反論してしまった。

 事実、私は、高屋さんに憧れていた。同性からみても格好よくて、頭がよくて、溌剌として美しいのにどこか陰のある彼女を好きにならずにはいられなかった。

 それが憧れだけだったのか、恋だったのか。数年経って冷静になっているはずの今でも確信が持てずにいる。


 そんなあやふやな好意に対して、モラトリアムを謳歌していた大学生の自分が結論を出せるわけもなく、ほとほと困っているところにそう問われたのが、癪に障ったのだった。


「怒ることもないと思うけれど。それに彼女と仲がよい私を利用すればいいじゃない」

「いいんです、私は憧れているだけなので。遠くから見ていたいんです」


 南さんは、確かに高屋さんの親友であった。二人の間には、誰も立ち入れない世界があるように思えるほど。

 あの時、私は南さんに嫉妬していたのかもしれない。遠くから見ていたいだけだと言いながら、私には目もくれない高屋さんの視線を独り占めしている南さんを、妬んでいたのだろう。

 

「ふぅん。私は好きなものは遠くでなく近くで見ていたいけれどね」


 そして、そんなことを言いながら笑う、南さんにも、こっそりと憧れていたのだった。


 正しく言えば、高屋さんと話す南さんと、南さんと話す高屋さんが、好きだったのかもしれない。二人にはいつも仲良くいてほしい。それを誰にも邪魔してほしくない。

 もちろん、その誰にも、には自分自身も入っていた。


 高屋さんは、みんなに優しく接していたが、本当に心を許しているのは南さんにだけだった。南さんは、自身が気に入った人としか付き合わないと公言しており、現にほとんど高屋さんと一緒にいた。

 けれど、高屋さんを慕っているからという理由で、私も気に入ったのだと。

 

「私ははっきりと選り好みをしている。あなたを選んでいる」


 面と向かってそんなことを、こっそりと憧れている人物から言われて、それを忘れることができる人がいれば是非お会いしたい。

 そして、忘れる方法をご教授願いたいものだ。

 

 この台詞は、南さんと私と、そして高屋さんがいる時に告げられたものだった。

 嬉しくて、嬉しくて、そのことを高屋さんも受け入れてくれれば、この上ない幸せなことであった。

 だから、つい、高屋さんの方を盗み見てしまったのだ。


「そうなの」


 ポツリと呟くような、溢れたような台詞は、深い悲しみを表すものであった。

 その瞬間、理解した。理解せざるを得なかった。

 高屋さんは、南さんといるために、私が間に入ることを良しとしないという現実を。


「や、めてください! 私はそんなこと言われても嬉しくないですから!」

 

 絞り出した拒絶の台詞に、今度は南さんが傷ついた表情になった。それが、いたたまれなくなって、私はその場を逃げ出した。

 それっきりだ。

 

 それっきりの付き合いだったのに、いまだにその時の二人の表情が、鮮烈な記憶として頭の中の引き出しに眠り続けている。

 初恋というわけでもなく、ましてや仲良くなることすら叶わなかった、そんな関係性なのに女々しくも忘れられない。


 そして折に触れて、私の心を甘く締め付けて、苛むのであった。

 

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