第15話 鳥肌もんだっつーの!!


 駅地下のファミレス。ドリアがうまい、あの店の中。


「「「「乾杯!」」」」


 ドリンクバーのソフトドリンクで乾杯をあげる。

 グラスは四つ。声も四つ。


「なんで、お前らもいるんだよ……」


 俺が辟易とした顔で2人を見ると、揃いも揃ってとぼけたことを言い出した。


「当たり前だろう。遥輝がいるのに、俺がいなくていい理由が見当たらん」


「あら? 当然でしょう。私たちのお付き合い記念なのだから」


「違ぇよ!! 相談解決祝いだ! しかも誘ったのはそこの残念女だけなんだよ!!」


 こいつらまでくるなんて想定外だ。おまけにイケメンの方は何やら不穏なことを口にしている。

 認めないぞ。及川とくっついたくせに、まだ俺から離れようとしないなんて。俺はやだからな!


「あら、じゃあ倉本くんは青山さんと2人がよかったということかしら?」


 イタズラな笑みを浮かべる及川。こいつの本性を知った今、お淑やかなんて言葉は結びつかないし、遠慮する気もさらさらなかった。


「変態女とチョロイケメンが一緒なよりはマシかもなぁ?」


「へっ……!?」


「ちょろっ……!?」


 後ろにのけ反る仕草を見せた2人には、まだどこか華がある。俳優の演技みたいな。なんか腹立つな。顔か? 顔なのか?


 心の中で毒づくが、今度はグラスを傾けていた青山が視線を向けてきた。


「だめだよ、倉本くん。私を狙おうだなんて。もっと相応しい人がいるはずだよ、私には」


「はなから狙ってねぇよ!! あと最後の慰めはなんだ!? 誰を慰めてるんだ!?」


 そこまで言い切って、大きく息を吸って吐く。


 ったく……こいつらいると疲れる……夏もまだだってのに、室内で汗かいちまったよ。


 額の汗を拭っていると、及川の視線が俺と青山を行き来しているのが目に入った。


「今度はどうした……」


 どうせろくでもない事だ。知ってる。


「……あなた達……付き合ってるんじゃなかったの?」


「「……あ」」


 2人声が重なった。背筋を、さっきとは違う種類の汗が流れ落ちるのを感じた。


 そうだ。及川の前で、俺は青山の彼氏さんなのだった。でないと、恋愛マスター(笑)青山の面目が––––


「……彼氏、だよ……?」


 視線を窓の外にずらしながら、青山は最後の足掻きを見せる。


 ……が、


「青山さん……あなた……!!」


 及川は青山の肩を力強く掴み、逃す気はないようだ。


 だが……なにか様子が変だ。なんていうか……青山を問い詰める感じじゃない。

 目はきらきらと輝いているし、美人に似合わず鼻から激しい吐息を漏らし続けている。


 俺は……この風景を見たことが……いや、感じたことがある……!! それも、真新しい記憶だ……!!


「彼氏でもない男性をそばに置き続ける、素晴らしい独占欲の持ち主なのね!? そうなのね!?」


「えっ? いや、ちがっ……!! お、及川さん!? ち、違うよ!! 違うからね!?」


 俺は、頭を抱えるしかなかった。この年で、リアルに頭を抱える状況に直面するなんてな……虚しいぜ。


「遥輝!! どうした!? 頭が痛いのか!? 俺がさすってやろ––––ぶぅっふぇっ!?」


「てめぇは黙ってろぉぉぉぉ!!!!」


 テーブルから身を乗り出してうぜぇことを口にしたイケメンに渾身のアッパーを喰らわせる。


「てかお前、さりげなく名前で呼んでんじゃねぇよ!! 鳥肌もんだっつーの!!」


 肩で息を吸いながら、イケメンに文句をぶちまける。名前くらいで騒ぐもんじゃないかもしれないが、半分は八つ当たりだから仕方ない。


 だがこのイケメン、全く反省したそぶりも見せない。それどころか、腫れた顎をさすりながら、目を輝かせる始末だ。


「そうか……遥輝もぞくぞくしてきたか……!」


「してねぇよ! その言い方だとおまえはぞくぞくしてそうだが……これ以上はやめておこう……」


 あぁ……なんでこんなに残念なんだ……


 女2人を見ても、いちゃいちゃと突っつきあっている。主に及川だが。


 お前、そこのイケメンと付き合い始めたんじゃねぇの? なんで今、男と女で分かれてんの?


 ……いや、でも及川とイケメンをくっつけたら、失恋大魔王青山と一対一になるのか……それもキツイな……


「……俺のキャンパスライフは、何でこんなに濁っているんだ……!!」


 結局、俺には頭を抱えることしかできないのか……!!


 遠くへ行った夢のキャンパスライフを届かない手で触ろうと試みていたら、残念三人衆が口々に喋り出した。


「あら、理想はあくまで理想なのよ?」


「そうだよ倉本くん! 夢のキャンパスライフ……恋人のいるキャンパスライフなんて、幻なんだよ?」


「遥輝、キャンパスライフなんて現実で初めて聞いたぞ? 少し夢を見過ぎなんじゃないか?」


「…………」


 くっそぉぉ……!! 普通の大学生活を送りたかった……っ!! そんな俺のささやかな望みをも踏み躙るというのか……っ!!


「あ、あれ? く、倉本くん泣かないで!? 言いすぎたから! 私たちもちょっと大人がなかったよね? ごめんね?」


「あら……強面の倉本くんが涙をこぼす姿……なかなかいいわね。あ、もちろん辰くんが1番よ。辰くん、今度私の前で泣いて。約束よ」


「さよりさんが言うなら! ほら遥輝、俺も一緒に泣いてやるから、もう顔を上げろ。な?」


「お前らせめて慰めろよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」


 きっとこれからも、こんな賑やかで飽きない大学生活が続いていくんだろう。


 ……まったく、嬉しくないぜ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋愛マスター(笑)青山さんは、彼氏募集中! おんたけ @ontake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ