第14話 こいつも、残念なクチか……
駅前のカラオケチェーン店。
来たる週末。俺はイケメンを連れて、店の前まで来ていた。
「……それで、俺はこのカラオケ屋に入ればいいのか?」
「そうだ。……中に、女が1人来る予定だ。お前に気持ちを伝えたいそうだ。でも安心しろ。俺はすぐ外で待機してるし、何かあったらすぐに助けてやる」
結局、騙すのはやめた。よく考えれば、変に恨まれるのも厄介そうだ。
「そうか……なら、今回は言う通りにするとしよう。……お前には、世話になったしな」
やめろ。そんなときめいた目で俺を見るな。
……だが、それも今日までだ。この告白、何としても成功させる。
「……だが、俺は女と付き合う気はないぞ? それでもいいのか?」
……必ず、成功させる……!!
俺は静かに頷いて、イケメンを中へと誘導した。
◆◇◆◇
イケメンの入った部屋とは隣になるこの部屋。
合流した青山と共に、成り行きを見守ることにしているのだ。
「ど、どうなるかな? やっぱり厳しい……?」
「どうだろうな。だが、無理なら次はお前が告白しろ」
俺は、ドリンクバーのオレンジジュースをちゅうちゅう吸いながら青山に応える。
「なんで!?」
後ろにのけぞって大袈裟に驚く青山。あまり下がると椅子から落ちると言うのに。
「……俺にも、運命の分かれ道ってのがあるんだ。救世主は……お前かもしれない」
「だからなんで!?」
その瞬間、青山は椅子から転げ落ちるようにひっくり返った。
「……スカート、見えてるぞ」
「だからなんでそう言うこと言うの……? てか見ないで……」
2人用の部屋なんて、狭いんだからよ。あんまり騒ぐもんじゃねぇぜ。
……っと、それよりそろそろ始まるみたいだ。
及川から、カラオケに着いたとの連絡が入った。
コミュニケーションを円滑にするため、最近は俺も入れたグループラインで会話しているのだ。
これから、運命の分かれ道が決まる––––
俺は壁に耳をつけ、感覚を研ぎ澄ます。防音されてるとはいえ、一切音楽を流していなければ、隣の部屋の音くらいなら聞こえる。
習うように、青山も耳を寄せてくる。
「……近いな」
「え? 何が?」
「……なんでもねぇ」
◆◇◆◇
カツカツと外を歩く音の後、隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。
そして、すぐさま会話が始まる。
「いきなりごめんなさい。辰くん」
「……それは構わない。だが……いや、何でもない」
あいつなりに、及川を傷つけまいとしているのだろうか。早々に結論を出すのは躊躇われたようだ。
「……私は、及川さよりって言うの。隣……は嫌よね」
どこか暗い声色からは、本当に策があるのか不安になってくる。
おそらくイケメンとは離れて座ったであろう及川は、早速切り出した。
「私……辰くんのことが好きなの。そのために、今回は倉本くんにお願いして来てもらったわ。どうかしら? 私と付き合ってはくれない?」
決して明るい声音ではないが、それでもはっきりとした、気持ちのこもった言葉だった。
及川らしい、自信に満ちた声にも聞こえた。
さて、イケメンの反応は……
「……すまない。俺は、君とは付き合えない」
あぁ……やっぱりそうなるのか……。ここ最近で2回目の失恋現場だ。……慣れねぇな……
横を見ると、青山も何か言いたげに俯いていた。
「……」
……きっと、こいつには思うところがあるんだろうな。
好きな人と……一緒にいたいと思った人と、どれだけ願ってもそれが叶わないと知った瞬間。理解したくない現実を突きつけられる感覚。
きっと、それは経験した奴にしか分かんねぇ。
「……」
後で、及川も連れて3人でなんか食いにでも行くか、なんて思っていたら凛と澄んだ声が聞こえてきた。
「……それは、あなたのトラウマが原因かしら?」
及川だ。その声は、諦念の一切ない……はっきりとした自信の感じられるものだった。
「ごめんなさい。倉本くんから教えてもらったわ。……彼は、あなたのことをバカにはしていなかったし、皆までは口にしなかったわ。問いただしたのは私だから、彼は恨まないであげて」
「あぁ、分かっている。あいつはそんな奴じゃない」
なんだ……? ……むず痒いな。2人して、俺を庇うようなことを……
僅かに耳が熱くなるのを感じる。青山に言われるのは癪だが、1人でいることの多い俺にとっては、なかなか感じたことのない気持ちだった。
「そのトラウマのせいで、女性に苦手意識があるのよね?」
「あぁ……思い出すのも苦々しい、消し去りたい記憶だ」
悔しそうなイケメンの声から、どれだけあいつが悩んできたのかが窺える。ここまで引きずっているのだから、日を増すごとにその記憶は色濃く残っていったのかもしれない。
「でもそれは、女性に対してよね?」
「? そうだが……」
「女性が事あるごとにあなたに近寄くるのが嫌なのよね?」
「あ、あぁ。そうだ」
捲し立てるように話す及川に圧倒されているのか、少し気後れした返事になった。
「ならそれは、私を受け入れない理由にはならないわ」
「だ、だが……」
きっとイケメンは、お前も女だろう、と言いたかったんだと思う。でもイケメンは、最後まで口にすることはできなかった。
「私は、辰くんを他の女性に近づけたりはしないわ。いや、絶対に近づかせない」
「そ、そうは言うが……やはり、信用できない。これは、俺のトラウマが原因だ」
遠回しに、及川の人間性を信用できないのではないと伝えてくる。
そんな気遣いは耳に入っていないのか、及川は荒くなった息を漏らしながら続ける。
「だって私……」
一瞬の間。及川は僅かな溜めを作った。そして、それを解放する––––
「独占欲がもの凄く強いの!!!!」
……あ。
「他の女に近づけるなんてあり得ないわ!! 辰くんには私から離れてほしくないもの!! トラウマを忘れさせるくらい、私に夢中にっ……! わ、私がいなきゃダメな子にしてあげるんだから……っ!! はぁ……はぁ……!!」
……あぁ。
「そ、それはつまり……?」
「私と付き合えば、辰くんに近寄る女はいなくなるわ!! 私が泥棒猫たちから辰くんを守るわ!! それだけは、私の中に眠る熱い独占欲に誓うわ!!!!」
……あぁ、そうか。
こいつも、残念なクチか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます