bloomin' 知らぬが花
石衣くもん
✿
あ、もしもし? ごめんね、こんな遅くに。今大丈夫かしら?
この間の、返事をしたくて。メッセージで送ろうかと思ったけど、書いては消してを繰り返してしまって、結局、話がまとまらなくて電話したの。
本当は会って言うべきだと思ったけど、どうしても会って伝えるのは勇気が出なくて。
ごめんなさい。うん、そう、この前の告白の返事。
でも、その前に、どうしても聞いてほしいことが、ううん、知ってほしいことがあるの。
少し長くなるけど、聞いてくれる?
✿✿✿
私、心の中で花を育てているの。黒い花びらに、鋭い棘を持った、その名も「知らぬが花」。
この花は、私が何か、言いたいことを我慢した時や、誰にも言えないと思うことを知った時に育っていくの。
そして、誰にも見せることもなく、ひっそりと育っていく。
なんで誰にも見せないかって? 誰かに見せてしまうと、その鋭い棘でその人を傷付けてしまうかもしれないから。
この花を育てているのは、きっと私だけじゃない。人それぞれ、心の中で「知らぬが花」を育てているはずだわ。
でも、それを隠すか、見せるか、それは個人の自由だから。
そして、それを受け取っても、「綺麗だね」と喜ぶ人もいれば、棘に触れて大きな傷を負う人もいるのよ。
なぁんてね。
少し、詩的過ぎたかしら。妄想、と言われるのは不服だけど、まあそんなところ。
けれど、私がこんな風に痛々しい妄想をずっとしていたとしても、こうやって口に出さない限り誰にも知られることはないでしょう。
まさに、「知らぬが花」というわけ。
そもそも「知らぬが花」なんて言葉自体、正式な諺でもないのよ、知っていた?
「知らぬが仏」と「言わぬが花」をごっちゃにしてしまった誤用だったらしいわ。
けれど、仏よりも花の方がなんとなく素敵じゃない?
少し話が逸れてしまったけど。「知らぬが花」の意味って、わかる? そう、大体そういう意味で使われるのよ。
堅い言葉で言うなら「知らない方が差し障りがないこと」だけど、つまりは知らなかったら幸せ、知ったら不幸せってこと。
私、小さい頃から、ことごとく「知る」ことで傷付いてきたから、とっても共感できるの。
あれは小学生の頃。子供たちの夢の国、誰もが行きたいと願うテーマパーク。
私も連れてってほしくて、何度も何度も両親にお願いしたわ。そんな念願が叶って三年生の時に連れて行ってもらったの。
「ああ、憧れの夢の国に行ける!」
って、前日からワクワクして眠れなくって。着いた時は夢見心地で、本当に嬉しかった。
けれど、乗り物に乗るには毎回一時間二時間並ぶのは当たり前。
小学生にはよくわからなかったけれど、全体的に物価が高く、ご飯を食べるのもどこにするかで揉める両親。
そして、極めつけは大好きなキャラクターの着ぐるみを追いかけて行った時だった。
スタッフオンリーと書かれた部屋に入っていったキャラクターがどうしても見たくて、こっそりと扉の隙間から覗いたの。
そこに広がっていた光景は、自分の好きなキャラクターの頭が床に転がり、身体は着ぐるみ、頭はおじさんという、奇妙な生物がペットボトルの水を飲んでいたわ。
本当に驚いた時って、声もでないものなのね。
その時、大きく花開いた「知らぬが花」を、私は見せるのではなく、隠すことを選んだわ。
この花を見せて、私のように傷付く人がいるんじゃないかって、そう思うと誰にも話せなかった。
あとは、サンタクロースは本当はいないと知った時も、仲良しな美香ちゃんが、本当は私の悪口を言ってたと知った時も。
今思えば、どれも他愛ないことばかり。
けれど、確かにその当時の私は酷く傷付いて、「知りたくなかった」と思っていたわ。
大小様々な花が咲いて、しかもこの花、枯れることがないの。私がその事実を忘れない限り、咲いたまま心にあり続けるのよ。
中学生になっても、高校生になっても、大学生、そして社会人になっても。
頑張って努力しても、報われるのは一握りの人だということ。けれど、努力をしない人は何に置いても断罪されること。「好き」という気持ちだけではどうにもならない事ばかりだということ。あちらを立てればこちらが立たぬこと。
たくさん「知らぬが花」を育ててしまって、私は段々、物事を深く知らないようにすることを覚えたの。
これ以上、私が傷付かないために。
そうすると自然に、自分を知ってもらうということも恐ろしくなってきて。
だって、そうでしょう。私の本心を「知らぬが花」な人達はたくさんいるから。
どんなに人を傷付けたくないって思っても、他人に対して怒ったり、嫌いになったりすることが、まったくない人はいないわ。
残念ながら、私は聖人君子ではないし、嫌いな人も一人や二人じゃないもの。
でも、私の抱える花を見て、誰かが不用意に傷付くなんて耐えられない。知ることで傷付いてきた、幼い私がそのことを拒絶するのよ。
結果、誰といても当たり障りのない会話しかできなくなってしまった。
「いい天気ですね」とか、「今日は暑いですね」とか。こちらが踏み込まなければ、相手も踏み込んで来ない。
大人になるって、そういうことなのかもしれない、ってこの時は思ってた。
だから、恋人はおろか、友達だっていやしなかったわ。
当たり前よね、私が誰にも心を開かないのに、誰かが私に心を開くわけないんだから。
挙げ句の果てに、親にだって自分の本心を隠すようになって、いつだって孤独だった。
一人じゃなくても、独りだと感じるようになったの。
そんな時に、私の本心を聞き出そうとしてきた人がいたわ。
そう、あなたよ。
「悲しそうだね、何かあったの」とか「これ美味しいよ、美味しいもの食べると楽しくならない?」とか。
初めはそんなあなたに対しても、「そんなことないですよ」とか「そうですか?」とか曖昧な返事しかできなかった。
だって自分を知られたくなかったから。それでもあなたは、なんて言うか、しつこかったのね。
段々と悲しかったこととか、嬉しかったこととか、今まで隠してきたものをあなたに伝えられるようになった。
私の育てた花を、あなたに見てもらえるのが嬉しくなった。私以外の人に見てもらえるのが嬉しかったの。
だから、私は、あなたのことを好きになったんだわ。
でも、あなたを好きだと自覚した瞬間から、またあなたに本心を知られたくないと思うようになってしまった。
だって、悲しいとか苦しいとか、他人の負の感情なんて、知って良い気持ちになる人なんていないでしょう。
悲しいことがあった時、一番に話を聞いてくれたあなたが好き。
けれど、そんなあなたに嫌われたくなくて、悲しいことがあった時、上手く話せなくなったの。
あなたはとても目敏いから、私のそんな素振りにすぐに気付いたのね。
「僕は君に僕のことを知ってほしいし、僕がいくら君を知りたいと思っても、君はそうじゃないんだね」
って言われた時、まさにその通りだった。あなたのことを知りたくなかったし、私を知ってほしくなかった。
怖かったの、あなたに自分を知られて、嫌われてしまうこと。
それから、あなたの本心を知って、また幼い頃のように傷付いてしまうんじゃないかということ。
それすら、そんなことすら私はあなたに話せなかったのに。もしかしたらあなたは読心術でも心得てるのかしら。
「君は、本当のことを知るのを恐れているんだろう、傷付きたくないから。本当のことを知る時、傷付く覚悟は確かに必要だ。誰だって傷付きたくなんてないさ。けれど、傷付くのを避け続けることなんてできやしない。
それなら、少しずつで良いから傷の治し方を学んでいけばいいんじゃないか。
子供の頃は傷付くことしかできなかったんだとしても、これから、傷の手当ての仕方を一緒に覚えていこう。
それが、大人になるってことじゃないかな」
なんて、私が何に怯えているかまで理解してるなんて。
それでも、やっぱり怖かった。本当に傷を治すことなんて私にできるのか、不安だったの。
それに、治すことができるとしても、傷付くのは嫌だと思ったし。
けれど、あなたを、私に手を差し伸べてくれたあなたのことを、諦めるのはもっと嫌だったから。
ごめんね、面白くもなんともない話を長々として。え? そんなことない? いいのよ、そんな無理して合わせてくれなくたって。
もう、言わなくてもわかっていると思うけれど、こんな臆病な私を
「好きだ」
と言ってくれてありがとう。
私もあなたが好きよ。きっと、これからたくさん傷付けてしまうし、あなたの知らないところで傷付くと思う。
でも、もう傷付くのを怖がるのはやめる。一緒に、傷の治し方を覚えていくから。
あなたの抱える「知らぬが花」を、一緒に受け止めていける、大人な女になるから。
bloomin' 知らぬが花 石衣くもん @sekikumon
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