第15話 あり得ない数の悪魔
今日初めて会った人から、ルーカス様に私から離婚を切り出すべきでは? と言われました。
……どうしましょう。
なんと返事をするべきか迷っていると、テルマさんから追撃を受けてしまう。
「図星だから何も言わないの?」
こちらを見下しながらニヤリと笑われ、良い気はしない。
「テルマさん。言い過ぎでは?」
「なぜ? みんなそう思ってるでしょ?」
「私たちは別に……」
他の方が彼女の発言を止めようとしたが、返り討ちにあってしまい黙ってしまった。
それはつまり、ここにいる全員、私がルーカス様に相応しくないと思っているということだろう。
「悪く思わないでくださいね、メリナさん。テルマさんは以前までルーカス様の夫人の座を狙っていたので、あなたに嫉妬しているんですよ」
「ちょっと!?」
ふと、落ち着き払った夫人の一人が、ふふふと微笑みながら私に教えてくれた。
……なるほど。彼女の欲しいものをいきなり現れた私が奪ってしまったのね。それはご機嫌斜めになっても仕方ないと思う。
本当の事を言えるなら、あと半年もすればこの場所は明け渡せると教えてあげたいけれど、今は言えないのがもどかしい。
でも考えてみれば、ルーカス様は社交界で人気だったようだから、テルマさん以外にも同じように私を良く思ってない人はたくさんいるわけで。
そういう人たちには、とても申し訳ないことをしているのだ。
今の今まで、ルーカス様とばかり一緒にいたからそこまで気が回っていなかった。
なんとなく、じっとテルマさんを見つめ返す。
申し訳なさを目で訴えつつ、何も言えないから口は閉じたまま。
「……何よその顔」
テルマさんには嫌そうな顔をされたけど仕方ない。
下手なことを言って攻撃されても困るから、これで押し通したい。
そう思った時だった。
まだ夫人や令嬢方とも話し切れてないのに、パーティー会場で異変が起きた。
「? 外が騒がしいわね?」
「何かあったのかしら?」
「大変です! 皆さま会場の方にお集まりください!」
廊下をばたばたと大勢の走る足音が部屋の中まで響いてきて、不審に思っているとどこかの侍従が私たちの部屋に声を掛けに来た。
何が起きたかは分からないけれど、私たちは急ぎ会場へ戻ることにした。
***
会場へ戻ると、中央に公爵様たち大人が集まっていた。そこにはルーカス様もいる。
……険しい表情だわ。何があったの?
「正確な数字が欲しい。できるか?」
「はい。少々お待ちください」
公爵様に急かされながら、招待客の一人が異能を使っているようだ。
「……分かりました。中級だけで三十、小物は五十前後。それがこの国のあちこちに出現しています」
「…………計、八十か」
大人たちがざわついた。
何が起きたのか聞いていない私でも、その会話だけで理解した。
今の話は、悪魔が出現したという情報。
しかも八十体という、あり得ない数。
それが今、国中に出現したというのだ。
「場所は?」
「四方八方あらゆる場所に。いちばん遠くて南の森の方ですが、馬を走らせても一時間半はかかる場所です」
大人たちの会話を聞いて、ふと令嬢の誰かがこう言った。
「南の森? それって……テルマさんのご実家の近くでは?」
私も含めて夫人方は一気にテルマさんに視線を向ける。
テルマさんは少し驚いた様子を見せるが、気丈にも笑顔を見せた。
「だから何だと言うのです? どうせ祓魔師が悪魔を祓うのですから、何の問題もありません」
しかし、その言い分には穴がある。
「たしかにいつもならそうでしょうけど……」
「何が言いたいのです?」
「今日はこの会場に一族が揃っています。つまり、ここから遠方であればあるほど、祓魔師の数が足りないかもしれません」
……そう。
祓魔師の一族であるアデナウアー。
今日はその多くがここに集まってしまっているのだ。
アデナウアー以外の祓魔師もいるが、八十という数に対応しきれるのか?
それに恐らくこの数では、目の前の悪魔から祓っていくことになり、遠方の悪魔は後に回されてしまうだろう。そうなればどうしたって、被害は出てしまうのでは?
特に遠方はその可能性が高いのだ。
「そんな……。困ります。あの地域は代々我が家が守っていて……。それに今日は……」
テルマさんがそう途切れ途切れに言うと、テルマさんにそっくりの赤髪のおじさんが公爵様に進言していた。
「公爵様! どうか自分に南の森は行かせてください! あそこはうちが守るべき場所なんです!」
「お父様……」
なるほどあれがテルマさんのお父様。
似ているわけね。
けれど、テルマさんのお父様からの切なる進言は、公爵様に却下される。
「落ち着け。全員が自分の領地に戻れば対処できるという数でもないだろう。陣形を組み――」
「そんな悠長なことを言っている間に妻が襲われてしまう!」
冷静な公爵様と相反するかのように、テルマさんのお父様は感情を爆発させた。
……妻? ということはテルマさんの……。
テルマさんに視線を向けると、苦痛な表情を浮かべている。
「今日は……、お母様は体調が悪くて家にいるの……」
それを聞いた夫人方が「そんな……」と同情の声を上げる。
私は少し気になったことがあり、近くの令嬢に小声で聞いてみた。
「あの……」
「はい?」
「テルマさんの家は守られていないんでしょうか? 防御系の異能の方がいたり、あるいは結界石の類が設置してあったり……」
「そんな鉄壁の防御が組めるのは本家くらいよ。分家によってはそこまで資金もないし。それに悪魔は王都に近い方が多く出るから、王都から離れたところに住む分家はそこまで防御を固める必要がないのよ」
「そうなんですね……」
襲われると決まったわけではないが、今の状況はかなり最悪なようだ。
「今ここにいる祓魔師の名簿はあるか?」
「こちらに」
「……七十人か」
公爵様に言われてパッと名簿を差し出したのは長兄のヨナス様。
引退した者や、夫人や子供を抜けば、今いる二百人のうち現役祓魔師は七十人らしい。
この前ルーカス様から、後継選任戦に参加しているのは二十九人だと聞いたばかり。その人たちは間違いなくA級以上の異能を持っていることになるが、他の四十人ほどのレベルは定かではない。
アデナウアーだからある程度は強いだろうけれど。あとはその人たちを、どう配置するか。
テルマさんのお父様のように、皆自分たちの領地を守りたいはずだ。けれど悪魔は四方八方に出現していて、中級の悪魔には数名で挑む必要もあるため、圧倒的にこちらの数が足りない。
どこから祓いに行くか決めることは、即ち犠牲になる地を決めるということ。
公爵様にとっては苦渋の決断になるだろうし、周りの皆も公爵様の決断を待っている。
……けれど、そんな必要はない。
私には切り札があるのだから。
「私と息子たち三人でそれぞれ小隊を組み、各方角の悪魔を――」
「公爵様」
公爵様の発言を遮るなんて無礼に当たる行為だが、謝罪なら後でいくらでもする。
「お話が、ございます」
私は今、あのことを公爵様に話さなければいけないのだから。
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