第14話 一族のパーティーへ

『わあ、主様きれーい!』

『すごーい!』


 ブラウとロルフに褒められたのは、私がドレスアップしたから。

 ルーカス様が用意してくれた緑色のドレスが、私をより綺麗に見せてくれているのだ。


「ありがとう二人とも。今日はちょっと、パーティーがあってね」


 今日は、本家主催でアデナウアーの一族の人間がたくさん集まるパーティの日。

 後継選任戦が始まって半年経つので、参加者の激励もかねて、一族の人間が王都に大集合するらしい。


 ルーカス様の妻となってから、彼が参加しなければならないパーティーには私も一緒に参加してきた。

 けれど彼自身があまりパーティーを好きではないので、参加した数は少なく、また、行ったところであまり長居はしたことがない。


 だが今日のパーティーは本家が主催するもの。

 さすがのルーカス様もすぐには帰れないだろうから、きっと長丁場になるだろう。


『いいなあパーティー。僕も行ってみたい』

「ごめんねブラウ。あなた達にはいつも留守番させてしまって」

『ううん。今の僕にはロルフもいるからね! 主様は楽しんできて』

「ありがとう。行ってきます」


 聞き分けの良いブラウに救われながら、私はルーカス様と会場に向かった。


***


 大勢で集まれる会場が必要なので、いつも行くところよりかなり大きな会場が用意されていた。

 大広間には豪華なシャンデリアが吊り下げられていて圧巻だ。


「うわぁ。広いですね」

「人ごみは好きじゃないんだがな」

「ここにいる皆さん、アデナウアーの方々なんですよね? すごい数……」


 アデナウアーの血を引くものがこれほどまでにいるとは。

 多いとは知っていたが、この目で実際に見ると圧巻である。


「今日来るのは二百くらいだったはずだ」

「それはすごい……」

「しかも、後継選任戦の今のトップは俺だからな。次期公爵になる可能性が一番高いから、挨拶に来る数も尋常じゃないだろうな。……面倒だが」


 最後の言葉はとても小さかった。

 間違って他の人には聞かれないようにしつつ、私にだけ弱音を吐いたのだ。


「ふふ。私も頑張りますね」

「ああ、頼む」


 その後すぐ、公爵様の乾杯の音頭によってパーティーは華々しくスタートした。

 そして読み通り、私たちは大勢から囲まれることになる。


「ルーカス様。どうしたら祓魔ポイントをあんなに稼げるのですか?」

「何か秘策が?」

「我が孫の師になってくれませんか?」


 わらわらと群がり出来上がる人だかり。

 四方八方から話しかけられて、ルーカス様はしっかりと答えていく。


 ……内心うんざりしてそうだなあ。


 私は隣に立っているだけなので、横目でルーカス様の凛々しい笑顔を見つめながらそんなことを思う。


 するとルーカス様に話しかけてきた方の夫人やご令嬢方が、私に向かって話しかけてきた。


「メリナさんには初めてお目にかかれますね」

「どうでしょう? どこか別の場所で女同士座ってお話ししませんか?」


 まさか話しかけられるとは思わず、私は答えに困る。

 チラッとルーカス様を見て助けを求めると、彼は「行ってくるといい」と言って頷いた。


「さぁさ。行きましょう」

「ルーカス様がこんなに可愛らしい方と結婚されるだなんて。いろいろ聞かせてくださいな」


 ルーカス様の許諾を得たことで、夫人方はきゃっきゃと私の腕を引っ張っていく。


「いろいろって……」


 何を聞かれるのかと怖くなりつつ、私は夫人方に連れられるままソファが並べられた部屋に行った。


***


「それで? ルーカス様は家ではどんな感じなの?」

「やっぱり愛する奥様には優しいのかしら?」


 ソファの真ん中に座らされ、両隣や向かいの席には名前も知らないご夫人やご令嬢方がずらり。

 いやまあ、一族のどなたかなので「アデナウアー」ではあると思いますけども。

 結婚式の時も夫人方とはあまり挨拶していないので、初めましてのはず。


 ……これは、私がこの方々の名前を知らない方がおかしいのかな?


 改めて名前を聞くのも失礼に当たりそうで下手に聞けないまま、会話は進む。


「で? どうなのかしら?」


 ……で? と言われましても。


 何からどう答えればいいのか困ってしまうのだが、とりあえずは愛し合ってる夫婦と思ってもらえるように答えないと。


「えっと……。ルーカス様はお優しいです」

「きゃー! やっぱり?」

「良いわねえ。具体的にはどんなところが?」

「具体的……」


 ルーカス様の優しいエピソード……。

 どうしましょう。

 残念ながら、ふと浮かんだのは脅されたり圧をかけられたりした怖い場面なのですが……。

 何しろこの結婚自体が期間限定で、私を【囮】にするためのものですし。


 ……とは言えないので、私はどうにか皆さんに羨ましがってもらえるような彼の優しい一面を思い出す。


「そうですね。ルーカス様は私をいろんなところに連れて行ってくれるんです。夜景とか、劇場とか……。あと実は私、絵を描くことが好きなのですが、先日は街で一番の画材屋さんに連れて行ってもらえまして。そのときも画材を好きなだけ買ってもらえました」

「まあ素敵ね!」

「そう言えばよく聞きますね。ルーカス様はメリナさんと常に一緒にいて仲睦まじいようだと」

「私も聞いたことがあります。こう言ってはなんですが、ルーカス様がそんなにも一途で妻への愛溢れる方だとは思っていませんでしたよね」

「そうですね。どんな令嬢が話しかけても靡かない硬派なところが彼の魅力でしたから。結婚したらそんなにも変わるのかと、私たちの中で好感度がまた上がっているんですよ。メリナさんは知らないでしょうけど」


 ルーカス様はここにいる方々にも人気なようで。

 そして、結婚してさらに好感度が上がっていると。

 私の旦那様は本当にすごい人ですね。


「それで? お二人の出会いはどんな感じでしたか?」

「出会いは……悪魔に襲われた私をルーカス様が助けてくれたんです」

「すてき! 運命的な出会いですね」


 半年以上前、ルーカス様の家族へ紹介されるときに考えた馴れ初め話を思い出して答えてみると、特にまだ若いご令嬢方が、きゃーと湧いた。

 助けられて恋に落ちたという話は、女子受けが良いらしい。


 ところがそこへ、水を差す女性が現れた。


「あーうるさい。アデナウアー家の女子がそんな風に声をあげるなんてはしたない。あなたも、無能なくせにもてはやされて、良い気にならないことね」

「ちょっとテルマさん……」

「何よ? 間違ったことは言ってないでしょう?」


 令嬢の一人がテルマさん、と呼んで嗜めるも、彼女は意に介さない様子だ。

 年齢は私と同じくらいか少し上に見える。

 初対面でこんなことを言ってくるなんて、気が強い女性のようだ。



「ルーカス様は優しすぎるだけよ。結婚してしまった手前、あなたが無能だと知っても離婚できずにいるのだから」


 ……なるほど。この方達は私がルーカス様を騙したと思っているのね。

 私が無能であることを知った上での結婚という考えは、次期公爵である彼ならあり得ない、と最初から除外しているようだ。


「だから、あなたから離婚を切り出すべきじゃない?」


 テルマさんは真っ直ぐに私の方を見て、そう切り出してきた。

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