第13話 小鳥の次は、子犬。
「画材屋に行くか?」
「はい。ぜひ」
カフェを出た後、ルーカス様の案内で画材屋を訪れる。
「わ……こんなにいっぱい。これ全部画材ですか?」
街で一番の画材屋らしい。
棚がたくさん並んでいて、絵筆一つとっても何十種類あるのか分からないくらいだ。
「そうだ。欲しいものがあれば何でも買っていいぞ」
さすがアデナウアー家。
お金に糸目は付けないらしい。
あるいはこれも、私への愛情を周りに見せるためなのか……。
「……いろいろ見てみますね」
「ああ。好きにしろ」
私は一旦そう言って、ルーカス様から離れて一人で店の中を見てまわった。
大半が見たことのない画材たちで、心が躍る。
この絵の具や紙を使ったらどんな絵が描けるのか。
この絵筆の書きごこちはどうなのか。
「次に描きたいものは何かあるのか?」
ふと気づくとルーカス様が隣に立っていた。
彼から聞かれたことを、思案してみる。
「そうですねえ……。最近はブラウが少し寂しそうなので友達を描いてあげられたらと」
「じゃあ鳥か?」
「どうしましょう。なんとなく違う動物も描いてみたい気もしていて。……たとえば、犬とか」
家で留守番しているブラウにも、友達がいれば寂しくなくなるだろう。
異能で生まれた生物はその存在が不可思議すぎて、なんとなくあれ以来生物を描けていなかった。けれどブラウは一向に消える気配もなく元気で過ごしてくれているため、自分の異能への恐怖心も少しばかし減ってきたのだ。
ブラウと同じ鳥類を描いてあげるのもいいが、せっかくなら別の生物も生み出してみたい。
その上でブラウと仲良くしてくれそうな動物を考えたとき、頭の中に犬が浮かんだのだ。
……まあ、今日街で散歩しているのを見て可愛いと思ったばかりだからというのもあるが。
「子犬か?」
「はい。私でも抱っこできる大きさが良いですね」
「ふぅん。良いんじゃないか?」
ルーカス様が承諾してくれたので、描きたい犬を想像する。
「では、この色の絵の具と……あとこの紙を……」
「よし」
「え」
棚から手に取った画材たちをひょいっとルーカス様に取られてしまった。
取り返す間も無く、ルーカス様はそれを店員さんのいるカウンターまで持って行き会計していた。
「ほら。買ってきたぞ」
「ありがとうございます」
ニッと笑うルーカス様にお礼を言って、私は新しい画材を手に入れたのだった。
***
帰宅後、私は早速子犬を描いた。
『なになに!? 犬!?』
描いている途中から、ブラウは興味津々だ。
「ええ。あなたに友達を作ってあげられたらと思って」
『僕の友達!?』
バサバサと飛び回りながら、喜びを露わにしてくれる。
「ただ、あなたが絵から出てきたときみたいに、うまくいくか……」
私は一旦絵筆を置き、待ってみる。
すると、ポウッと絵が光り始め、そしてビュンッと天井目掛けて飛び出してきたのは――。
『キャン!』
『いぬだー!』
絵から飛び出た子犬は、しっかり床に着地して可愛い鳴き声をあげたのだ。
それを見たブラウは一瞬で興奮状態になった。
『主様すごーい! ほんとに犬だー!』
「お、落ち着いてブラウ」
『キャン!』
ぐるぐると飛び回るブラウを見て、なぜか子犬も私の周りをぐるぐると回り始めてしまった。
絵から生まれたとは思えないほどもふもふで、つぶらな目をした可愛い子犬。
「え、え?」
『キャン! キャン!』
キャンキャンと鳴き、ハッハッと呼吸をして。
まるで私と遊んでいるかのようで、人懐っこい犬のようだ。
「待って待って! そんなに回られたら目が回っちゃう……!」
『キャウウーン!』
子犬につられてこちらも体を回していると、ぐるぐると目が回る。
そのせいで足がふらつき、バランスを崩してしまった。
「あ……」
『主様!』
『キャン!』
そのまま背中から床へ倒れかけた瞬間、腰をぐっと支えられた。
「……これはどういう状況だ?」
ちょうど部屋に入ってきたルーカス様が、間一髪私を助けてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます……」
私はふらふらになりながらなんとかお礼を言う。
とはいえ彼からすれば、部屋の中にはブラウと見知らぬ子犬に、目を回して倒れかけている私。
……うん。意味わからない状況だ。
『ごめんなさいご主人様』
きゅううん、と可愛く鳴きつつ足元にすり寄って来たのは、先ほど私が作り出した子犬だった。
「……なるほど、理解した」
いきなり部屋に子犬がいるのは意味が分からないが、その子犬が言葉を話したことで、ルーカス様は事の次第を理解してくれたようだ。
さすがルーカス様です。
『動き回れることがうれしくてついはしゃいじゃった……』
『僕もごめんなさい。一緒になって飛び回っちゃった……』
先ほどまでの元気がどこへ行ったのか、子犬さんとブラウがしょげている。
何となくのイメージで言うと、ブラウは七歳くらいの男の子で、子犬さんは五歳くらいの男の子。
一人っ子なので味わったことがないが、幼い兄弟がいるとこんな感じなのだろうか。
……なんてことを頭の中で考える。
ルーカス様のたくましい腕から離れて一人で立ち、子犬さんとブラウの前でしゃがみ、答える。
「元気なのは良いことよ。でも、やりすぎは禁物。次からは私が注意したら止まってくれると嬉しいわ。ね?」
そう言いながら、私は子犬さんとブラウの鼻をちょん、と押した。
『はい……』
『気を付けるね』
「じゃあまずは、子犬さんに名前を付けてもいいかしら?」
『え!?』
俯いていた子犬さんが、一気に顔を上げてキラキラと目を輝かせる。
『じゃあかっこいいやつ! うんとかっこいいやつがいいな!』
「かっこいいやつ? うーんそうねえ。……あ、ルーカス様も何か案があれば教えてください」
ブラウのときは、青い鳥だったから青という意味の「ブラウ」と名付けた。我ながら安直だけど、ブラウ自身は気に入ってくれている。
さて、小さなライオンのような見た目をしている子犬さんには何て名前が良いだろう?
突然ルーカス様に話を振ってしまったけれど、彼は真剣に考えてくれた。
「そうだな。じゃあ『ロルフ』なんてどうだ?」
『ロルフ!』
「意味は『名高い狼』」
『何それさいこー!』
キャンキャンと激しく喜ぶ姿を見たら、決めざるを得ない。
「ありがとうございますルーカス様。じゃあこれから子犬さんのことは『ロルフ』と呼びますね」
『わーい! ありがとう! ……えっと?』
「ルーカス様よ。私の旦那様」
『だんな様! かっこいい名前をありがとう!』
「ああ。お安い御用だ」
こうしてまた一匹、楽しい友達が増えたのだった。
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