第12話 カフェでのひととき
――後継選任戦が開幕し、私の囮生活が始まってから、早いもので半年が経過した。
この生活も残り半年と考えると、時の流れが早く感じる。
「選任戦は今、どういう状況なんですか?」
「気になるか?」
「少しだけ」
今日はルーカス様と街へ買い物に来ている。
通りで見つけたおしゃれなカフェが気になったところ、ルーカス様が「お茶でもして行くか?」と言ってくれて、意気揚々とカフェに入ったのだ。
ちなみに、以前私が絵から生み出した小鳥さんのブラウ(私が名付けました)は、その後も消えることなく元気に部屋の中を飛び回っている。
さすがに外を連れて歩くのは怖いので、いつもお留守番をしてもらっているが。
席に着いて紅茶を飲んだところで、私はふと後継選任戦の現状が気になり聞いてみたら、ルーカス様がさらりと答えてくれた。
「参加者は二十九人いて、俺がトップ独走中だ。二番手にヨナス兄上がいて、その下に分家の奴らが上がってきていたな」
「トップ独走……」
「一昨日見たときは、俺とヨナス兄上で二千ポイントくらい差が開いていたかな」
その差が大き過ぎて、ヒュッと喉がなった。
「小物であれば最低十ポイントだが、大物を祓ったら一体で千を超えることもある。二千開いていても余裕があるわけじゃないぞ?」
「そうなんですか……」
「それにまだ半年残ってるんだ。これからは他の参加者たちが本気で一位を取りに来るから油断大敵。……特に」
チラッと見られて、ルーカス様の言いたいことが分かった。
……私の体質と異能がバレたら、形勢が変わる恐れは十分にある。
カフェだから口にすることは避けたのだろう。
「……気をつけます」
「ああ。そうしてくれると助かる」
私に意図が伝わったことで、ルーカス様はふっと微笑んだ。
……自分に創造系の異能があると判明した後、私は異能測定を受けないことにした。
もし本当にルーカス様の読み通り異能測定で良い結果が出た場合に、外に出られる回数が減るのは嫌だったからだ。
せっかく外へ出られるようになったのに、また家に閉じこもる生活には戻りたくなかった。
それに、幸いにもルーカス様は私が無能でも気にしないと言ってくれたので、彼の言葉に甘えた結果だ。
でも最近は、ルーカス様の結婚した女が「無能」だったと世間に知れ渡ってきたことで、彼に対して少し申し訳ないと思うことが増えてきた。
「ねえ、聞いた? アデナウアー家の後継選任戦。本家の三男坊が第一候補らしいわよ」
「ルーカス・アデナウアー様でしょ? 三男なのにすごいわよねえ」
カフェの中、私の後方、少し離れたところに座っているご令嬢たちの会話が聞こえてきた。
……まただ。
「でも残念なことに奥さんがねえ」
「ああ、噂の“無能ちゃん”?」
「そうそう。ハーゼ伯爵のご令嬢らしくて、それまで一度もパーティーに参加したことがなかったのにいきなりルーカス様が見初めてきたって。でも蓋を開けたら無能だったんでしょう?」
「彼も気の毒よねえ。もし公爵になれても夫人が“無能ちゃん”だなんて、一族の笑い者になるわ」
くすくす、と私を嘲るような笑い声も耳に入ってくる。
……正直、私はいくら笑われても構わない。
嘲りを含めて陰で“無能ちゃん”と呼ばれても、気にしない。
だって、彼女たちが言っていることは本当なのだ。
私が悪魔を引き寄せる体質を持ってるから一時的にルーカス様の妻になっているだけで、あと半年もすれば離婚する予定だから。
自分が彼に相応しくないことは、私が一番知っている。
けれど、私のせいでルーカス様まで笑われるのは違う。
彼は三男として生まれながら、己の実力を磨いて後継者争いで奮闘しているのだ。
お兄様方に嫌われようとも、父である公爵様の期待に応え、アデナウアー家の頂点に立とうと努力しているのに。私のせいで……。
私は、しゅん、と俯いてしまった。
するとルーカス様はおもむろに立ち上がり、私の隣を通って歩き始めた。
「? ルーカス様、どちらに――あ」
私が振り向いて声をかけようとしたときにはもう遅かった。
彼は今さっき私たちを嘲笑していた令嬢たちの近くに立っていた。
「あ、アデナウアー様なぜここに……」
「面白い話が聞こえた気がしたんだが、よく聞こえなかったんだ。もう一度言ってくれるか?」
令嬢たちは一瞬で顔面蒼白になった。
ルーカス様が、笑顔だけど背後に殺気を纏っているからだろう。
こんなところにいるはずのない彼。
彼に聞かれているなんてゆめにも思わなかっただろう。
しかし、どこの誰が、公爵家の子息に面と向かって悪口を言えるだろうか。
「い、いえ……。アデナウアー様に聞かせるようなお話では――」
「そうか? 我が妻の話をしていたと思ったんだが」
ふむ、とルーカス様は分かっていながらとぼけた顔をする。
「それは……その……」
「妻を“無能ちゃん”と呼び、そんな妻を娶った俺を愚弄していたように聞こえたが、気のせいだったか?」
「!」
その一言を受け、令嬢たちは即座に床へ膝をつき、頭を下げた。
「も、申し訳ございません!」
「私たちはただその、社交界でそう呼ばれているのを聞いてつい……」
「決してアデナウアー様を愚弄するつもりは――」
謝罪の嵐。
大きな物音を立ててしまったので、カフェ中のお客さんの視線が令嬢たちに向く。
しかし、そんな嵐さえも分断して、ルーカス様は令嬢たちに更なる圧をかける。
「つもりはなくても、こちらはそう受け取ってしまったからなあ」
……にやりと笑う顔が怖いです、ルーカス様。
自分が有無を言わさず結婚を迫られたときを思い出す。
あのときは殺気なんてなかったけれど、笑顔で圧をかけてくる感じは同じだ。
「ど、どうかお許しを……」
「名は?」
「アデナウアー様……私たちは――」
「名前は、と聞いている」
名前を言わされるということはつまり、家門に影響が及ぶということ。
令嬢たちの謝罪なんかでは済まさず、彼女たちの家門に対して何かしらをするつもりなのだろう。
……もしアデナウアー家の支援を受けている家門なら、支援を打ち切るとかね。
富においては、貴族の中で最も多く抱えているのがアデナウアーの本家だ。支援を受けている貴族家門も少なくない。
令嬢たちが、もし本家の支援で成り立っている家門のご令嬢の場合……その家門は終わったも同然だろう。
だが、それを理解した上で、名前を聞かれているのに名乗らない訳にもいかない地獄。
令嬢たちは消え入るような小さな声で名乗ったようだが、その目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
席に座ったままその様子を見届けていると、話を終えたルーカス様がこちらに戻ってきた。
「すまない。不快な思いをさせたな」
頬に手を添えられ、悲しげな表情でこちらを見下ろすルーカス様を見て、私は理解した。
……ああ。ここにいる人たちへ、ルーカス様が私を想っていることを見せたいのね。
愛される妻を演じるのも、この半年で板についてきた。
私は彼の手に自分の手を重ね、微笑みを返す。
「いいえ。ルーカス様がいてくださるだけで、私は幸せですから」
ルーカス様と私は、周りに仲睦まじさを見せつけながら、カフェを後にしたのだった。
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