第10話 まさかの異能が発現しました

 昨夜見た景色は、本当に素敵だった。

 高台から見えた大きくて美しい街並みが、今でも瞼の裏に焼き付いている。


 そんな景色を思い出しながら、ルーカス様との(強制参加かつ、やる前からこちらの負けが確定していた)賭けに負けたこともあり、私は久々に絵を描いていた。


 ……まあ、賭けに負けてなくてもあの景色を絵に残そうとは思っていたけど。


 スケッチブックに鉛筆で線を描き、絵の具で色を入れていく。

 夜景なので全面を黒で塗りつつも、しかしその中に映える街の明るさはしっかりと表現して。そして、上方には月や星の輝きも散りばめて。


「ふう……」


 絵を描くのは楽しい。

 時間も忘れて描いてしまう。


 朝起きてから描き始めて、気づけばもうお昼の時間はとうに過ぎてしまっている。

 でも不思議と、絵を描いているときは集中しているからかお腹も空かないのだ。


「奥様」


 部屋の外から侍女に呼ばれ、返事をする。


「はい」

「お食事はいかがいたしますか?」

「あ……。軽く食べられるものをお願いできますか?」

「承知いたしました」


 もしかしたら彼女は何度か声を掛けてくれていたのかもしれない。ただ私が絵を描くことに集中し過ぎて応答していなかったのかも。

 何度目かでようやく私が応答したので、食事の話を振ってくれたのだろう。

 とはいえこの時間にたくさん食べてしまうと夕食が食べられなくなるため、軽めのご飯をお願いした。


 侍女が戻ってくるまでの間に、私は椅子から立ち上がって体を伸ばす。

 両腕を天井に向けてグーッと伸ばすと、凝り固まっていたところがほぐれて気持ち良い。


 ふと窓の外に目を向けると、青い小鳥が飛んでいくのが見えた。


 ……あ、かわいい。


 そう思ったらピンと来て、私は再び着席し、鉛筆を持っていた。


 鳥は、森の一軒家に住んでいた頃に一番描いていた被写体だから描くのは得意だ。

 きっと侍女が戻るまでの間に描くにはちょうど良い。


 今目の前を飛んでいった小鳥は、空のように美しい青の羽を纏っていた。全長は十五〜二十センチくらいだろう。

 シャッシャッと小鳥が羽ばたいていく様を描いていく。


「……うん。可愛く描けたかな」


 私は、衝動的に描き始めた小鳥の出来に満足する。


「あとで夜景の絵と一緒に、ルーカス様に見せようかな?」


 今日は祓魔師協会に行くと言って出掛けたが、そろそろ帰って来る頃だろうか?

 帰ってきたら絵を見せたい。

 ……どんな反応をされるかは少し怖いけど、でも誰かに見せると思うと少しそわそわしてしまう。


 すると、手に持っていた小鳥の絵に、異変が起こった。


「………………え?」


 部屋の中なのに風に吹かれたようにスケッチブックの紙がなびき、そこに描かれた小鳥が発光し始めた。


「え、え!? なに!?」


 突然の出来事に驚いた私が手に持っていたスケッチブックを投げ捨てると、それが床に着く寸前。

 スケッチブックから何かが飛び出した。


『ピーーー』


「……へ?」


 飛び出した何かは部屋の中を旋回し始めた。

 よく見ればそれは、先ほど私がスケッチブックに描いた青い鳥では?

 不思議に思って床に落ちたスケッチブックへ視線を落とせば、青い鳥が消えてまっさらな紙に戻ってしまっている。


 ……どういうこと?


 絵に描いたはずの鳥が、スケッチブックから飛び出して部屋の中を飛んでいるだなんて、私は夢でも見ているのだろうか。

 私が言葉を失い呆然としていると、天井を旋回していた鳥が近くまで下りてきて、テーブルの上に止まった。


『ピイ』


 可愛い鳴き声を出して首を傾げる小鳥さん。

 存在に驚いてはいるものの、近くで見るととても可愛い。


 ……これはもしかして、指に止まってくれたり……?


 初めての経験にドキドキしながらも、私はゆっくりと指を差し出していく。


「こ、小鳥さん……。こっちに……」

主様ぬしさま?』


 ……ん?

 今のは聞き間違い?


 額に若干の冷や汗をかきながら、私は再度話しかけてみる。


「こ、小鳥……さん?」

『こんにちは、主様。僕を作ってくれてありがとう』


 ……あ、聞き間違えじゃなかった。

 この小鳥さん。話してるね? ……鳥なのに?


「き」

『き?』

「きゃああああ!」


 私は思わず悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった。

 私の声は、お屋敷中に聞こえたと思う。


 すると、すぐそこまで来ていたらしいルーカス様が、バンッと音を立てて部屋に入ってきた。


「どうしたメリナ!」

「ルーカス様……」


 ルーカス様は私の元へ駆け寄り、肩に手を置いてくれた。

 目の前に彼が来てくれたことで、私は少しだけ安心できた。


「あの、鳥が……」

「鳥?」


 私はテーブルの上にいる青い鳥を指さした。


「なんでこんなところに鳥が? 窓から入ってきたのか?」

「いえあの……その鳥なんですが……」


『ピイ。主様、僕のこと嫌い?』


 小鳥さんは困った表情をして、目を潤ませている。

 それと同時に、ルーカス様も固まった。


「この鳥……今喋ったのか?」

「やっぱり、ルーカス様にも聞こえますか?」


 聞き間違いでも、私の耳がおかしくなったわけでもなくて良かった。


「何なんだこの鳥は?」

「それが……私にもよく分からないのですが……」


『僕は主様が作ってくれたんだよ。主様のおかげで、人間の言葉も分かるよ』


 小鳥さんが説明してくれたので、ルーカス様は臨戦態勢を取りながら小鳥さんとの会話を試みる。


「主様というのはメリナか?」

『そうだよ』

「……メリナ。どういうことだ?」


 と思ったら、すぐさま私に返ってきてしまった。

 どういうことかと聞かれても……。


「私はただ窓から見えた小鳥の絵を描いたんです。そしたらいきなり絵が光って、スケッチブックから小鳥さんが飛び出してきて……」


 自分でも何を言っているのかと思う。

 けれどこの状況では、あったことをそのまま話す他ない。


「小鳥の絵を描いたら、その小鳥が実体となって現れたと?」

「……そうです」


 意味が分からない話のはずなのに、ルーカス様の目は輝き始めた。

 好奇心旺盛な子供が新しいおもちゃをもらったときに見せるような笑顔をしているルーカス様。


 なぜそんな顔をしたのかは、ルーカス様の口からすぐに出てきた。


「すごいぞメリナ」

「え?」

「きっとこれがお前の異能なんだ。描いた絵に命を吹き込む異能なんて聞いたことがないが、異能以外では説明がつかない。恐らくこれは、創造系の異能だろう」

「…………え」


 ――無能だと思っていた私に、どうやら異能が発現したようです。

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