第9話 メリナが無能な理由 ※ルーカス視点

 メリナの第一印象は、変わった女。

 賊に攫われていたところを助けたが、なかなかに面白い反応をする女だ。


 たまに参加するパーティーで媚びてくる女たちとはどこか違う。

 ……そもそも、俺を知らない時点で他の女とは違う。


 アデナウアー家と言えば、名門中の名門。

 しかも本家である公爵家の人間のことは、おそらく国中の貴族が知っている。


 そんな中で、俺のことを知らない女に会うというのは不思議な感覚だった。


「やあ、るっくん」

「フィデリオ」

「昨日は五体祓ったんだって? 絶好調だねえ」

「別に。弱い奴らばっかり集まってただけだ」


 俺のことを“るっくん”なんてふざけた名前で呼ぶのは、祓魔師協会の中央センターで受付をやっているフィデリオだ。

 学園時代の同級生で、いつの間にか変なあだ名で呼ばれ始めていた。


 フィデリオは眼鏡をかけ、長い銀髪を肩ぐらいで一つに結んでいて知的な印象を与える見た目をしている。あと悔しいが、背は俺よりも高い。


 祓魔師協会では、男で受付というのも珍しい。

 だが、フィデリオが持つ異能は祓魔師たちに人気があり、意外と上手く馴染めているらしい。


「それで、今日はどんな用だい?」


 受付カウンターの向かい側から、フィデリオがにこやかに聞いてきた。


 祓魔師協会の中央センターでは、祓魔師たちが貯めた祓魔ポイントの集計や、それに伴う精算、それからポイントを貯めるための祓魔具の支給などを行っている。また、祓魔師認定試験も定期的に行なっており、祓魔師になりたい人間がここに試験を受けにきたりもする。


 そんな場所に俺が来る理由は、主に祓魔具に不具合が起きた時の修繕依頼と、もう一点――。


「この石の『鑑別かんべつ』をしてほしい」


 フィデリオの異能――『鑑別』の依頼だ。


 俺が布に包んだ石を受付カウンターの上に置くと、フィデリオはメガネをクイッと上げて興味深そうに、布の隙間から少しだけ見えた石見つめる。


「この石は何?」

「ある一軒家を守っていた結界石だ」

「結界石? それが分かっているなら僕の鑑別なんていらないんじゃ――」

「それ以外の効力が働いてないかが知りたい」

「……なるほどね」


 この石は、メリナが住んでいた家に設置されていた結界石だ。

 メリナ曰く、叔父であるハーゼ伯爵が用意してくれたようだが、なんとなくただの結界石ではない感じがしている。


 ……まあ、ただの勘だが。


 根拠は何もないが、期間限定とは言え妻にする女のことは調べておくに越したことはない。

 誰かに任せられることでもないので、わざわざ自分の足でフィデリオの元に持ち込んだというわけだ。


 俺の意図を理解したフィデリオは立ち上がり、カウンターの中から出てきてくれた。


「そういうことなら、場所を変えようか」


 他の受付の人に離席することを伝えたフィデリオと共に、二人きりで話せる応接室に向かった。


***


 応接室では扉に鍵をかけ、誰も入ってこられないようにした。

 その上で、改めてテーブルの上に物を置き、包んでいた布を開く。


「一軒家って、知り合いの家?」

「知り合いというか、妻が住んでいた家だな」

「つま……」


 結婚したことは伝えているので、隠し立てすることもなく正直に答える。


「結婚前に妻が住んでいた家をこの結界石が囲っていたんだ。妻はもううちに引っ越してきているから、一軒家の方は結界石で守っておく必要がなくなってな。一応再利用できると思って石を回収したんだが、持ったときになんとなく不思議な感じがしたんだ」


 俺は、石を怪しく思った経緯を伝えフィデリオに伝える。


「それから妻は、無能らしい」

「無能……。え、異能を持ってないって?」

「本人曰くな。育った環境が特殊だったから、異能測定自体を受けたことがないらしい」

「そんなことあるの? それに、測定を受けてなくても何かしら異能が発現してれば気づくと思うけどねえ」

「『魅了』や『無効』あたりの人や異能に対して発現する異能なら、今まで発現してなくてもおかしくないだろ? ただもしかしたら、この石が何らかの影響を及ぼしていた可能性もあると思ってな」

「なるほど。だから僕が鑑別して、この石に結界以外の効力が混ざってないかを調べてほしいってことね」

「……ああ」


 フィデリオは信頼のおける人物だ。

 初めはおっとりとして掴めない性格が好きになれなかったが、奴の祓魔師に対する強い想いを聞いてから気が変わった。


 鑑別という、祓魔師には向かない異能を発現させたフィデリオは結局祓魔師にはならず、祓魔師協会で受付として働き始めた。

 そうまでして祓魔師に関わろうとする熱意を俺は認めているのだ。

 それに、学園時代からの奴を見ていれば口が堅いことは知っている。だから俺はフィデリオに、この石の話を持ってきた。


 フィデリオが鑑別を始めると、奴が手をかざした石たちが光を放つ。その光から何かを感じるらしいが、何なのかが分かるのは鑑別を行っている本人だけ。


「…………るっくん、ビンゴだね」


 すごく言葉をためて、フィデリオは言った。


「この石には内側の力を抑える効力も付与されてるよ。外からの侵入を防ぐだけでなく、中の存在を消すような……。音や匂い、空気の類まで外側には漏れないようになってたみたい。もしこの石が作った結界の中にいたら、たとえ異能を持ってるとしても発現できなかったと思うよ」


 想定はしていたが、それが確信に変わった瞬間だった。


「そうか……。ありがとうフィデリオ。助かった」

「いやいやこれくらい。なんてことないさ」

「また今度奢る」

「ほんと? 期待してるね」


 俺はフィデリオにお礼を伝え、馬車に飛び乗ってアデナウアーの屋敷まで急ぎ帰ったのだった。


***


「メリナはどうしている?」


 屋敷に到着した俺は、メリナの部屋に向かいながら侍従に話を聞いた。


「今日は一日部屋で過ごされています」

「そうか」


 報告は一言で済んだ。


 フィデリオの鑑別結果を聞いたせいで、なんとなく足早になってしまう。

 無能だと思っていたが、それはおかしな石に発現を阻まれていたから。

 阻むものがなくなった今は、いつメリナが異能を発現してもおかしくない状況ということ。


 ……まあ、うちに来てからもう一ヶ月近く経つがそんな片鱗はなかったし、今日いきなり発現することもないだろうけどな。


 ただ、なぜかメリナの部屋に向かう歩調は早くなっていた。

 そしてすぐ、俺が抱いた危機感は正しかったと判明する。


 廊下を進んであと数メートルで目的地のメリナがいる部屋というところで、突然悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああああ!」

「!」


 あれは間違いなくメリナの声だ。

 俺は急いで、彼女の部屋の扉を開けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る